48-朱々さんと私

『主殿、申し訳ございません。まだ、あちらで姉君と姉君の恋人殿とお話できましたのに、お呼びしてしまいました』


 目覚めたら、可愛い雀さん、寿右衛門さんがいた。割と慣れてきたこの起床風景。

 重厚な感じなのに重さは軽くて上質なカーテン越しに少し射し込む日差しもいい感じ。


「え、いや、寿右衛門さん、もしかして夢で本当にお姉ちゃんと先生に会わせてくれてたの? なら、むしろこっちがありがとうじゃない?」


 本当に。あれは現実だったんだ。嬉しい!二人が恋人同士って事もね!


『そう言って頂けますと肩の荷が下りる思いです。とりあえず朝のお支度を。それから朝食を召し上がられますか?』


 とりあえず、ベッドサイドに置いていたミネラルウォーターをコップに注いで飲む。

 水温はやや冷たくて、私にとっての適温なのが気になるけど今は考えない。


「えーと、支度を済ませてから考えるね。洗濯に行くのもいいかも」

『分かりました』


 確か今日は昼まで寝て、明日の旅支度をしたら大浴場、夕食の予定だった筈だ。空き時間には召喚魔法の勉強をしたいな。


『申し訳ございません。その様に進みますかどうか……』


 あれ、寿右衛門さんがお伺いなしで思考を読むの、珍しいね?

 別にいいんだけど、と思いながら朝のあれこれを済ませる。

 官舎のふわふわタオルも良かったけど、リュックさんが出してくれた前から愛用している吸水ばっちりタオルも良い。どちらも良し、って事で。


 バスルームに隣接した広い洗面所で着替えも済ませてから部屋に戻ると。


『お待ち下さい、朱色殿! 主殿は只今お召し替え中です!』


 ドアの前で寿右衛門さんが叫んでいる。

「寿右衛門さん、お客様?」


『主殿、申し訳ございません。我が師が間に合わず』

 白様? え、明日までナーハルテ様と一緒じゃないの?

 あれ、と思っていたら、ドアが開いた。一応静かに。


「初めまして、あたくしは朱々しゅしゅ。貴方はコヨミ様の末裔だから、仮名かりなを教えて差し上げるわ、感謝なさい」


 えーと。

 この豊かなウエーブのロングヘアときりっとした目が両方とも朱色で、何ていうか、その……すごいお胸をお持ちの猛烈な迫力美女さんは、もしかしたら……。


『はい、我が師に連なる血統であられる朱色の鳥の精霊獣殿にございます』


 やっぱり。

 あの、ナーハルテ様と並んだ絵がめちゃくちゃかっこいい、あの孔雀に似てる朱色の召喚獣の鳥さん!


「ふふふ、あたくしの美しさに驚いた?」

「はい、驚きました! 鳥のお姿でナーハルテ様のお側におられる時の高貴さも最高でしたが、このお姿も最! 高! です! ナーハルテ様のお隣に立たれた所が見たい! です! あ、寿右衛門さん、今隠蔽とか音声遮断とかの魔法は掛かってるのかな?」


『大丈夫にございます。先ほど朱色殿の気配を感じました時から既に』

 魔法の気配を感じられるとはさすがです主殿、としっかり私を持ち上げる。ありがとう。


「え、何この子。正直ね……。かわいいじゃないの」

 何故か朱々さんが呆気にとられている。

 もっとお話したいです。朱々さんから見たナーハルテ様のご様子とか色々!


 鼻息荒くにならないように気を付けてお願いしようとしたら、


「こら、朱色の! あれ程せめて我と共にと言うたのに!」

 さすがに慣れてきました転移陣と超イケイケ渋ボイス。


 でも……整ったお顔だちと長く美しい白髪と切り揃えられた白いお髭。

 ぴんとした背筋と細いフレームの眼鏡と赤い瞳。

 黒の光沢が美しいスーツに磨かれた黒皮靴。ネクタイは赤。タイピンが何気にシマエナガさんぽい! お茶目! 


 何ですか、全てのイケてるおじ様好きの求める姿がここに! という感じのジェントルマンは。


「し、白様? な、なんですかそのかっこよさ!」


「いや、召喚魔法の講義であの姿は違うであろう? 人型じゃよ。王立学院召喚魔法学特別講師白紅びゃくこうとは我の事よ」

「そして、あたくしが秘書の朱紅しゅべによ」


 お二人共に、学院長先生の署名入りの身分証明書をお持ちだった。


『それにしましても、我が師。何故に朱色殿はこのような真似を?』

「すまぬ。聖女候補の父殿を説得に行く為に我々が八の街に向かう事を伝えたら、この有様じゃ。面目次第もない」


「だって、ナーハルテちゃんの婚約者があのへっぽこからコヨミ様の末裔に代わったって聞いてたから、会いたかったの! ごめんなさい黒曜石ちゃん! ナーハルテちゃんにあたしの事、悪く言わないで!」


 いや、何となく分かりました。


 異世界から来た人間がまぬけへっぽこ王子よりひどかったら嫌ですよね、うん。

 あれ、でも、朱々さん、キミミチでは仕方ないわねえたまになら召喚されてあげてもよろしくてよ、みたいな感じだったけど、これって……あと、あたくしじゃなくてあたしなんですか、本当の一人称。


「そう、つんでれじゃ」

「あ、白様ひどい! 黒曜石ちゃんにばれちゃったじゃないの!」


 いや、こればれますよ。

 そう、正しくツンデレ。て言うかよく今までナーハルテ様にばれずにいらっしゃいましたよね。


「あの、朱々様」


「貴方なら朱々か朱々さんでいいわよ」

「ありがとうございます、では朱々さん。ご無理なさらずに、ナーハルテ様に対して素直になられたらいかがでしょう?」


『主殿、それができましたら』

「苦労はないぞ。朱色のものは本当に好いたものにはこうなのじゃ」


「そう、本当にあたしもどうしたらいいか分からなくて」

「いえ、だから、さっき私に言われたみたいに、あれは仮名でしたけれど、真名まなを教えてあげてもよろしくてよ、みたいな感じでもいいと思うんです。それでも多分、喜ばれますよ、ナーハルテ様。私も嬉しかったですし」


 そう、ナーハルテ様は、それでも喜んで下さると思う。そういうお方だ。

 私の場合は『キミミチ』のあの! という感じだから嬉しいのだけれど。


「え、そう、そうかしら。貴方も嬉しかったの? じゃあ、そうしてみようかな」

 美女の照れ照れもじもじ、かわいい!


「いや、とりあえず召喚魔法の講義はきちんとしておくれ。我の分身を召喚する段取り、忘れてはおるまい?」

「それは大丈夫よ! 白様の仮のお姿、白き獣、猫族の分身体を白様として召喚されるのでしょう? ナーハルテちゃんとあたしがその補助。さぞかし絵になるでしょうね!」


 確かに。

 超イケイケおじ様とスタイル抜群の激美女さんと麗しのナーハルテ様の召喚魔法。

 しかも、あのかっこいい白くて豹に似てる精霊獣さん。見学したい……。


「分かった。朝から騒がせた詫びじゃ。何とか映像水晶の写しをマトイに渡そう」

 え、本当ですか!


「その為には茶色のものよ、一緒に参れ。第三王子の学習の為とか云々、其方は弁が立つであろう」

『分かりました。主殿の御為に。主殿、朝食はリュック殿にございます。リュック殿、後は頼みましたぞ』


「よし、ゆくぞ。授業が始まってしまう! ではマトイ、また!」

「じゃあね、黒曜石ちゃん。また必ず、ナーハルテちゃんのお話しましょうね!」

『主殿、行って参ります』


 えーと。


 超イケイケおじ様の白様、転移陣使うの早すぎませんか? あと、皆さん行動素早い!


 まあ、授業の開始時刻は元大学准教授秘書としても遵守して頂きたいけど。


 もう私とリュックさんしか部屋にいないんですが。


 あれ、リュックさん、何だか少しだけ浮いてる?


 これって、行ってらっしゃい? なのかな?









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