33-転生された黒曜石の御方とわたくし

「ナーハルテ公爵令嬢、聖女候補に対する平民差別とは愚劣なる行い! ここで第三王子たる僕との婚約破棄を……」


 第三王子殿下のお声が響きます。


 もしも、その先がありますなら、わたくしはその様な行いはしておりませぬと初代国王陛下にお誓いすることでしょう。


 しかしながら、わたくしは信じてほしいと仰った殿下のお言葉と、あの御方のお姿を信じております。

 ……ただ、お待ちするのみです。


『そうじゃ、それで良い。


 いつも身につけております毛々もも様の御羽みはね。先程もお声を届けて下さいました。


『ナーハルテ様、こよみまとい、貴女の為に異世界から参りました!』


 他の方々には聞こえていないらしいこのお声。覚えております。コヨミマトイ様。


 コヨミ。それは、初代国王陛下のお名前。


 黒曜石の御方は本当に、異世界のコヨミ様の血族であられたのでしょうか。


 そして、なんということでしょう。


 貴女様は、わたくしのために異世界からいらして下さったと仰るのですか……。


「婚約破棄……する訳ないでしょう! ナーハルテ様のこの美しさ! 賢さ! 白金プラチナの髪の毛は綺羅星の如く、白金の瞳はその気高きお心を映して輝いて! そんな方と婚約できただけでも幸甚なのにお願いした立場で破棄? どこのまぬけ野郎ですかそいつは!」


 第三王子殿下のお声でありながら、違う響きを持たれたお声。

 わたくしには分かりました。


 ああ、黒曜石の御方は魂の転生をなされたのですね。そして、代わりに異世界へと旅立たれるのは。


『第三王子殿下、わたくしの婚約者であられたニッケル・フォン・ベリリウム・コヨミ様。良き旅路をお進み下さいますことを祈念申し上げます。わたくしは、貴方を信じております。ありがとうございます』


 第三王子殿下ニッケル様は、恐らく、我が国の為に魂の転生をされるのでしょう。


 婚約者であった者として誇りに存じます。どうか、良き道幸を辿られますよう。


 ……毛々様の御羽に想いを託します。どうか、殿下の御身が異世界でも健やかであられます様に。


 そして、コヨミマトイ様は斯様にわたくしをお褒め下さいました。いけません、頬が染まってしまったらどうしましょう。


 王子殿下と異世界からの転生人様が偉業をなされるのですから、わたくしも、断罪と婚約破棄というものをされかけた婚約者に相応しい態度を示さなくてはなりませんのに。


「王子殿下。先ほどのお言葉ですが、婚約破棄というのは?」


 これで宜しいでしょうか。


 ……わたくしを思って泣いて下さった、黒曜石の異世界の御方。先ほどのお言葉、はわたくしをお褒め頂いたものだけではないのに、熱を感じてしまいます。


 化粧ではない朱色が頬に見えていないと良いのですが。


「誠に申し訳なく存じます、ナーハルテ様。先程のお言葉の通り、第三王子殿下に婚約破棄のご意向などは全くございません。聖女候補セレン-コバルトが、聖教会の聖の誓いのもとに申し上げます。殿下のご指示で、このダンスパーティーを機会としまして、平民差別を行っております学院生を列挙致します為に、殿下はあの様に仰せられました次第にございます」

 聖女候補セレン-コバルト様が、聖教会の聖の誓いと共に申されました。


 ……王子殿下にはその様なお考えが。


 わたくしに事前に教えて頂けなかったのは、むしろ、皆様のご配慮であったのかも知れませんね。


「僕がご説明致します。第三王子殿下が平民差別、と仰いました際に心身に邪な動揺を持った者を全てこちらの映像水晶に記録できております。そしてこちらが、第三王子殿下のご指示で一般寮に備えておきました物でございます」


 隣で守護者のように立ってくれておりますわたくしの親友、ライオネア・フォン・ゴールド公爵令嬢。その婚約者であられるスズオミ・フォン・コッパー侯爵令息が続けられます。


 水晶の事は盟友、魔道具開発局局長令嬢から誓約付きで聞いた事がございます。


 王立学院上層部と聖教会本部からのご依頼により魔道具開発局の方々が開発された感知型探索映像水晶です。局長令嬢とその婚約者様も、技術協力者として参加していたそうです。


「ありがとうコッパー侯爵令息。対象者の控え室への護送は、任せても良いだろうか。僕も該当者は把握しているので一応挙げておこうか。異議があれば申し出よ。……ああ、映像水晶は証拠品となるので保管を」


 第三王子殿下コヨミマトイ様は該当者全員の名前と出自を述べられました。

 ……ご立派です。

 該当者には、上クラスの方もおられます。こちらは恥ずべき事に存じます。


 会場中が静寂に包まれました。


 音楽の流れる中、聞こえる声は、


 あのまぬけ……じゃなかった、第三王子が…まともになったのって本当だったのか?


 ナーハルテ筆頭公爵令嬢の足下にも及ばないどころか王族なのに中上クラスに入ることさえできなかった伝説の王子なのに……


 皆様、王立学院学院生として如何なものでしょうか。


 該当者達はコッパー侯爵令息が控え室に護送して下さいました。

 騎士団から配属された警備の方達も何人かが付き添われました。


「ナーハルテ筆頭公爵令嬢、申し訳ない。貴女に説明せずにこのような事をして。すぐに許して頂けることではなかろう。後日必ず詫びに伺う故、今はダンスに戻ってもらえまいか」


 会場が多少の落ち着きを取り戻しました頃、黒曜石の御方が仰います。


 ライオネアが楽団に合図をして、前奏が始まります。


「平民差別を許すまいとされる第三王子殿下のお心は分かりました。僭越ながらサードダンスを踊らせて頂きます。行きましょう、ナーハルテ様」


 何かを察してくれましたライオネアが、全てを把握してはいないものの、ダンスパーティーを再開しようとしてくれております。


「詫びて頂く事などございません。ありがとうございます、黒曜石の御方」


 次にお会いする時には第三王子殿下とお呼びしないといけません。


 ……今、このひとときだけ、お許し下さい。


 わたくしをお褒め下さりありがとうございます。お話したい事もたくさんございます。


 ……わたくし、次の機会にはぜひ、貴方様とダンスを踊りとうございます。

 ライオネアにも申し訳ないですが、パートナーの貴女ではなく、他の方を思うことを許して下さいね。


「わたし、あの方とお話していて、ときめいたのよ。政略結婚と呼ぶ人達もおられるでしょうけど、私は幸せだわ」


 望まれて大国に嫁ぐ予定の長姉が、以前、申しておりました。


 お姉様、この様に高揚するのは、幼き頃を除いたら初めてかもしれません。


 ……わたくしは、今、ときめいております。


 このときめきの意味を、いつか、黒曜石の御方が教えて下さるのでしょうか。

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