32-転生したら大好きな悪役令嬢を断罪する筈の王子だった私

「ねえ、精霊さん。コヨミ王国まで、あとどれくらいかな。あと、ナーハルテ様にお会いする前に心の準備とかする時間あるかなあ?」


 旅立ってからいち、にい、さん……と数を数えていたのが千になったので、なんとなく言ってみた。


『いや、その……』


 あれ? 聞いちゃいけないことだったのかな。この白い空間、空気も美味しいし、あり得ない速さでの移動も楽しいから別にいいですよ? 荷物もなぜか羽みたいに軽いしね。


『今しがた知の精霊珠殿に確認したのだが、もう始まってしまう。我としたことが、些少ではあるが、時間軸がずれておる。……よって、マトイには直接赴いて貰う。なに、伝達はできておるから安心せよ』


 精霊さん、チュン右衛門さんに体を返したから声だけになったのに、真剣な表情が見える気がした。


 そして、たぶん、頭をフワリとしたもので撫でられた。……みたいだ。


 すると。


「ナーハルテ公爵令嬢、聖女候補に対する平民差別とは愚劣なる行い! ここで第三王子たる僕との婚約破棄を……」


 テンプレートな断罪風景が見える。


 来月には終業式を迎える王立学院高等部二年次の祝賀ダンスパーティー。

 重々しい行事ではないが、だからといって断罪からの一方的な婚約破棄をしていい状況ではない。……何度見たろうこの光景。


 テンプレなまぬけ王子こと第三王子殿下ニッケル・フォン・ベリリウム・コヨミ(ナーハルテ様の色を差し色で入れてる。羨ましい)としな垂れかかってないな、手(しかも手袋の指先?)だけ触れている聖女候補セレン-コバルトさん。

 ……あれ、あの衣装、聖教会本部エンディングの白いドレスに似てない?


 いやそれよりあの方! あのお方はどこに?


 断罪される筈の筆頭公爵令嬢ナーハルテ・フォン・プラティウム様! どこにいらっしゃるの!


 あ、いた。凛々しく美しく、輝きが眩しい。眩しすぎる。

 リアルで見てしまった。さすがにゲームの画像とは違う。でも分かる。『キミミチ』のキャラクターデザインの方はすごい方だ。

 あと、私の視力がよくて本当に良かった。


 あ、第三王子色のドレスと装飾品だ。

 悔しいけどお似合い。


 ナーハルテ様、こよみまとい、貴女の為に異世界から参りました!


 ええと、私が転生する人はどこに。それらしい人、いないなあ。


 あれ、ナーハルテ様の周囲を美麗な淑女達が囲んでる。

 騎士団団長令嬢(なんと男性の礼装!)ライオネア・フォン・ゴールド公爵令嬢、医療大臣令嬢、財務大臣令嬢、魔道具開発局局長令嬢。壮観。

 お一人だけ、超絶カッコいい騎士様がおられるけどな。なんだあのライオネア様のお姿!


 そして、対する王子は継承順位最下位の第三王子。

 一応こちらにも囲む者たちはいるものの、って、騎士団副団長令息スズオミ・フォン・コッパー侯爵令息しかいないよ! 

 他の皆はイケメン令嬢様達のお側に控えてる。ちゃんと婚約者してる攻略対象者もいるんだね。


 ……あれ、スズオミ君ゲームより凛々しくないか?


 まあ、いいか。キミミチの断罪劇場とは違いありまくりだけど、とりあえず断罪やめろ! って言ってやろう。


 精霊さんからも、何もするなとは言われてないもんね。

 それに、勢いつけたら転生できるかも。

 騎士団のすご腕女性騎士かなそれとも他の誰かかな。


 キミミチと似てるところがない訳じゃないから、いきなり不敬とされたり、拘束されたりは無いはずだしこの世界。知の精霊珠殿も見守ってくれてるものね。


「婚約破棄……する訳ないでしょう! ナーハルテ様のこの美しさ! 賢さ! 白金の髪の毛は綺羅星の如く、白金の瞳はその気高きお心を映して輝いて! そんな方と婚約できただけでも幸甚なのにお願いした立場で破棄? どこのまぬけ野郎ですかそいつは!」


 しぜんと喉から出たのは我ながら美声、のイケメンボイス。

 ……あれ、ゲームの声よりイケ度が高くない?


 そう。このゲームの攻略対象者達は外見はいいんだよ。

 中身も意外に悪くないけど。ちなみに、声は外見に含まれます(個人の意見です)。


 ……て、ええ? 私、あの、まぬけ王子こと第三王子に転生? いやそれは転生了承しましたけど。

 攻略対象者だなんて聞いてませんよ。ナーハルテ様を物理的にお守りするすご腕女性騎士とかじゃなかったの。精霊さん?


 あと、現世のお姉ちゃんに何て言えばいいのよ! 

 私の体を見守って、女性騎士さんとかそういう感じで敬ってくれる異世界の誰かさんを待っててくれてるのに! 

 まぬけ王子があ、どうも、とか挨拶したりしたらお姉ちゃん気絶しちゃうかも!


『あー、すまない。俺の代わりにこれから宜しく。異世界の君の周りの方々は俺が守るから! ナーハルテを宜しく頼む。できたら俺の友人達も。この世界に来てくれてありがとう。第三王子ニッケル・フォン・ベリリウム・コヨミが礼を言う。コヨミ王国初代国王の血縁のお方』


 えーと。え、ええ? 第三王子の声!

 え、出てきて説明してよ精霊さん!


『すまぬ。実を申すと我は精霊ではなく精霊王様直参の高位精霊獣。マトイが謎展開と言うていた『乙女げーむ』の白いものじゃ。まあ、あれも仮の姿での。いずれ必ず説明する故、今は流れに沿うてくれ。そして、姉君には我が言付けをする。なるべく早くに』

 やっぱり激シブなイケボー!


 いや気付かないよ。あのめちゃくちゃカッコいい獣の精霊獣さん、仮の姿であのカッコ良さって何!  

 ゲームでもイケボだったけど、雀のチュン右衛門さんだった時、もうめちゃくちゃが過ぎるくらいのイケボだよ貴方!


 あ、ヒロインこと聖女候補セレン-コバルトさん。なんか、こっそりグッジョブ!してません?

 あ、コッパー侯爵令息に注意されてる。え、これもしかして予定通りなの?


「王子殿下。先ほどのお言葉ですが、婚約破棄というのは?」


 ナーハルテ様のお声。ぴんと張りのある、でも可愛らしさもある美声。素敵。追加ディスクと一緒、じゃない。もっといい! 勿論お姿も! リアルだもんね!


 私、鼻血出てないよね? ああ、うっとり。このまま耳をすませて見つめていたい……じゃなくて!

 あれ、ちょっとだけ頬に赤みが。そりゃお怒りにもなるよね、うん。


「誠に申し訳なく存じます、ナーハルテ・フォン・プラティウム筆頭公爵令嬢。先程のお言葉の通り、第三王子殿下に婚約破棄のご意向などは全くございません。聖女候補セレン-コバルトが、聖教会の聖の誓いのもとに申し上げます。殿下のご指示で、このダンスパーティーを機会としまして、平民差別を行っております学院生を列挙致します為に、殿下はあの様に仰せられました次第にございます」


 聖教会の聖の誓いって、かなりすごい誓約だよね? 

 あとこの聖女候補さん、すごくまともじゃない?


 ……あれ、イケメン令嬢様達大好きエンディングなのこれ? ちょっと違うか?


「僕がご説明致します。第三王子殿下が平民差別、と仰いました際に心身に邪な動揺を持った者を全てこちらの映像水晶に記録できております。そしてこちらが、第三王子殿下のご指示で一般寮に備えておきました物でございます」


 あ、これは分かるよコッパー侯爵令息さん。

 王立学院上層部と聖教会本部が依頼して魔道具開発局が開発した感知型探索映像水晶だよね。


 この水晶を学院の下級貴族と平民が多く住む学院生寮(一般寮)に内々に設置しておいたから、平民差別の真犯人はすぐに判って、まぬけ王子がナーハルテ様の断罪という激烈まぬけをかましたのがあっという間に解決しちゃうの。


 そして、まぬけ王子と仲間達と聖女候補さんは激しいお説教&反省室&ライオネア様のスパルタ教育という怒涛の展開をもらうんだよね。

 まさに自業自得。


 それでもこのあと卒業までの一年間、攻略対象とのラブラブ展開とかもプレイヤーが望めばできるんだけどね。

 まあ、このままならキミミチとは大分違う展開になりそうだけど。


「ありがとうコッパー侯爵令息。対象者の控え室への護送は任せても良いだろうか。それから、僕も該当者は把握しているので一応挙げておこうか。異議があれば申し出よ。……ああ、映像水晶は証拠品となるので保管を」


 そう言って、該当者全員の名前や出自を述べてやった。

 ……異議は出ない。出せないらしい。ざまあみろ。

 ナーハルテ様達が断罪なんかされる原因の一端はお前らにもあるんだよ! ってムカついて、覚えちゃったんだよね。


 あれ、会場中が静かになった。


 私、まぬけ王子じゃない第三王子殿下をやれてるかな。内心どきどきだよ。平民差別をしてた人達の名前・顔・爵位等は全員把握している(超豪華設定資料集万歳!)から、完璧なんだけどね。


 ただ、私、魔法とか使ったことないんですけど。それは大丈夫なんだろうか。


 静寂のあと、周囲がざわつき始めた。


 楽団さん達は、いい感じの音楽を流してくれている。


 ざわざわと聞こえる声は、


 あのまぬけ……じゃなかった、第三王子が……まともになったのって本当だったのか?


 ナーハルテ筆頭公爵令嬢の足下にも及ばないどころか王族なのに中上クラスに入ることさえできなかった伝説の王子なのに……って、聞こえてますからね。


 皆さん、貴族階級とか優秀な平民さんとか騎士クラスの学院生さん達なのにいいんですか本音漏らして。まあ全部本当のことなんだけれどね。


 あ、まぬけ王子、今は私だ。恥ずかしいなこれは。


 とりあえず、該当者達は騎士団副団長令息が控え室に送ってくれた。皆大人しく従っていた。騎士団から会場警備の為に配置された警備兵さん達も何人か一緒に連れて行く。


 確かにこの副団長令息君なら会場に戻って来て欲しいから有難い。


「ナーハルテ筆頭公爵令嬢、申し訳ない。貴女に説明せずにこのような事をして。すぐに許して頂けることではなかろう。後日必ず詫びに伺う故、今はダンスに戻ってもらえまいか」


 なんとか格好をつけたら、ライオネア様が楽団の指揮者さんに合図をして、前奏が始まった。


「平民差別を許すまいとされる第三王子殿下のお心は分かりました。僭越ながらサードダンスを踊らせて頂きます。行きましょう、ナーハルテ様」


 なんと、ナーハルテ様とライオネア様のダンス! これは嬉しい。エスコートが絵になるなあ、ファン冥利に尽きるお二方の図。

 脳裏に焼き付けよう。


「詫びて頂く事などございません。ありがとうございます、黒曜石の御方」


 ナーハルテ様が一瞬だけ、こちらに向けてそう囁かれた気がした。そして、一瞬だけ、麗しい微笑みも。


 囁きと麗しい笑顔は、ねえ。……いやまさか。


 きっと、私の幻聴。願望、それから幻だろう。


 いくらなんでも、王立学院内の平民差別解消の為とはいえ説明もせずに一方的に婚約者に断罪劇場を行ったまぬけ王子に向ける言葉や表情とは思えない。


 ……でも、どうしよう。幻なのに胸がどきどきする。


 これから私、どうなってしまうのだろう。

 最初からこんな、幻聴や幻まで素敵過ぎるなんて、ナーハルテ様の魅力に耐えられるのだろうか。


 拝啓、お姉ちゃん。


 妹は元気に転生いたしました。異世界転生生活は、かなりスリリングなようです。

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