26-不思議な雀さんと大切な妹とあたし

『話を聞いて頂けるだろうか』


 この渋い声と瞬間移動は現実だった。


 普段は健康診断の数値を気にしなくていいのなら5本は軽い缶ビール。1本呑んで、酔っぱらうくらいに恋人との旅行疲れが残っていたのかと思っていたら、そうではなかったようで。


 同居している妹は26歳には見えない童顔で、性格もかわいい子。

 ただかわいい訳ではなく、見るべきところは見ているという感じ。


 その妹が珍しく心から楽しんでいる乙女ゲーム、『君と歩む道筋』略してキミミチ。

 彼女が夢中なのは主役でも攻略対象でもなくライバル令嬢(悪役令嬢と言うらしいがこの乙女ゲームでは皆がレベル極高でイケメン令嬢と呼ばれているほど)の中で最も美しく賢く性格が良い完璧な、でも儚げな所もあってギャップも素敵(妹談)な筆頭公爵令嬢ナーハルテちゃんだ。


 その世界観の元になった異世界の精霊界から来たという精霊さん(なのか?)が、今妹と話している。


 突風を教えてくれる程賢い雀さん、チュン右衛門さん。

 あたし達姉妹に懐いてくれているなじみの雀さんの姿を借りて意識を異世界から飛ばしてる……と言われましてもなのだけれど、


『たいへんに済まぬが異世界の酒を一口頂けまいか。』

 そう言われ、醤油皿(きれいに洗ってある)にビールを垂らしてあげたら羽を使って皿を抱えてくいーと呑んだ。

 さすがにこれは夢とは言えないかも。あたしにはこんな想像力はない。


「ええと。精霊さん? でいいのかな。もしかして、私がキミミチ、特にナーハルテ様を大大大好きすぎるから来てくれたんですか?でも私ファンになりたてですよ? あの剣術大会! あれ、全然普段と違うやつ! 謎展開を見せてくれたのも貴方ですか」


『精霊さん、か。まあその呼び名でも良かろう。好いた時間は関係ない。そう、其方がナーハルテ・フォン・プラティウムを思うてくれたことも、我らが其方を選んだ理由ではある。そして『乙女げーむ』の力を借りて其方を探したのはその通りじゃ』


 愛する妹は精霊さん? よく分からないから雀さんでいいや。雀さんとしぜんに会話をしている。大物だ。


『しかしながら、真の理由はもう一つ。其方達は異世界のコヨミ王国の初代国王の血を引いておる。そしてマトイ、其方はその初代国王、コヨミに似た『気』を持っておる。それがもう一つの理由じゃ』


 そして、姉君、と突然雀さんに言われた。

 ……いきなり渋い美声を聞くと驚くよね。


「は、はい」


 雀さんに訊かれたのは、隠居の頃に旅に出て行方不明になっていて旅立ちの日のような姿で帰ってきた人を知らないかということ。

 あれ、ひいおばあちゃんに何かそんな話、訊いたかも。


 あたしと妹は歳が離れてるから(でも仲は良いよ、とても)、ひいおばあちゃんのこの話の記憶はまといには多分、ないはず。


 そういうのまで分かるの?やっぱり、この雀さん本物の精霊さん?


『本物の精霊さん、とは言えぬが言えなくもない。姉君、何かお聞き及びのようだの』

 あー、もうこれ決まり。


 何の精霊さんかまではわからないけど、この雀さん、何かの本物だ。

 バリバリの理系で国語は壊滅的だったあたしが、こんな言い回しの夢を見られる訳がない。


 いや、実は最初の台詞からあれ、これ酔っ払いの白昼夢にしては言語レベル高いな? とは思ってたんだけどね。


「あ、はい。曾祖父母の代より前の世代の人で、連れ合いを看取ったあと、旅に出て行方不明になって長い間経って、昔の姿のまま、連れ合いのお墓に座り込んで亡くなっていた人がいたとか。とても安らかな表情だったって」


『その人こそコヨミ王国初代国王じゃ。やはり、戻れたのじゃな。知ってはいたが、よかった』


 雀は普通、笑わない。でも確かにこの雀さんは笑った。とても優しく。


 昔むかしのこよみ家のどなたかをとても大切に思ってくれている雀さん。異世界のコヨミ王国という国の住人さん達も、こんな風に思ってくれているのだろうか。


 もし、そうなら。


 まといが異世界に旅立ちたい、ナーハルテちゃんを幸せにしたいと本気で願うのなら、あたしは全力でバックアップしてあげよう。そう決意した。


 ……とりあえず、会いたい人、会わないといけない人達がいる。


 休みもまだ少しはある。


 日帰りでも何でもいいから、実家に帰ろう。


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