25-婚約破棄と学院長先生と俺達

「ナーハルテ公爵令嬢、聖女候補に対する平民差別とは、我が国における最大級の愚劣なる行い!ここで第三王子たる僕との婚約破棄を……」

 なんだ、何故俺はこんなことを婚約者ナーハルテに言っているんだ?


 王立学院の二年次終了前のダンスパーティー。

 同学年しかおらず、軽いものではあるが、だからといって断罪からの一方的な婚約破棄をしていい場所ではない。

 そもそも、俺達の婚約は破棄するならば相手方からしか認められないものだ。それに、ナーハルテが平民差別とは。あり得なさすぎる。

 この、白金しろがね色の、俺らしき人物は俺以下の馬鹿なのか? 愚劣なのはお前だ。ナーハルテに筆頭、を付けていないのも無知故か?


「え、何であた、私がこんな趣味の悪いドレス着て、第三王子殿下にべたべたしてるんですか? ナーハルテ様が私に対する平民差別って何! そんな訳あるか! あと何ですかこの婚約破棄って! ナーハルテ様からなら当然だから仕方ないけど!」

「僕ら全員、聖女候補であるセレン嬢との距離が近すぎです。それに王立学院のパーティーに婚約者を同伴しないとは。正気とは思えませんね」


 第三王子たる俺ニッケル・フォン・ベリリウム・コヨミと聖女候補セレン-コバルトと騎士団副団長令息にして侯爵令息、俺の親友スズオミ・フォン・コッパー。


 本日、俺達三人は週末の休暇に学院長先生から特別講義を受けるという名目で、執務室にて異世界の『乙女げーむ』というものを知の精霊珠殿に見せて頂いている。

 しかしセレン嬢、やたら鋭いな。少し心がえぐられている気がするぞ俺は。


 異世界の高位精霊殿が、この映像を作る組織の者達に俺達の姿に似た物語を夢の中で断片的に伝えられた結果、造られたのがこの『乙女げーむ』というやつらしい。

 俺達の外見などはよく似ているが、馬鹿さ加減が、まあ、全く似ても似つかないとは言わない(言えないとも言う)ものの、それにしてもひどい。


 そして今、俺達の言動が建国の生ける英雄である学院長先生と知の精霊珠殿に対してあけすけなのは、学院長先生が俺達の言動に対して「問わずの誓い」を立てられたからだ。この誓いを行われると、失言を咎められることがない分、気を付けていても俺達は本音に近い言葉で話してしまうのだ。


「あ、セレン、ニッケルに寄り添い過ぎじゃないか? あと何で婚約したがっているんだ!」

 いや、スズオミ。俺を睨むな。あと敬称がなくなってきたな。まあいいのだが。


 俺の魔力の少なさの理由、この世界の『気』の為に異世界へと転生することになりそうだという事、王家実家とは話がついているといった説明を入室後、誓いの直後に学院長先生からして頂いた際にセレン(俺ももうこう呼んでよさそうだ)が、


「え、王子様、王子を首になるんですか?さすがにかわいそう! 私と一緒に八の街で働きますか? いくらライオネア様やナーハルテ様に比べたらイケ度がまだまだだからって言っても、田舎なら王子様、イケメンコックさんより遙かにイケメンだからモテますよ!」

 と、俺がついに王家から断絶されたかと勘違いしたらしく、故郷に連れて帰る(立場上無理だろうお互い。だが有難い)と申し出てくれた時に、

「ニッケル……王子殿下、そのようなご事情が。それにしても、セレン嬢と共に八の街に行かれるおつもりが……ございますか?」

 と、鬼気迫る表情をしていた時と変わらんぞ、お前。

 それからセレンよ、ツッコむのを忘れたが、コックさんて誰だ。


「コッパー公爵令息、落ち着け。とりあえずこの断罪劇場は確認してもらえたか?」

 さすがに、と思われたのだろう。学院長先生が助け船を出して下さった。


 断罪劇場は終了した。結局、俺(のような奴)も含めて馬鹿共(スズオミもどき達。セレンみたいな女子学院生も)は話し合いの名目でライオネア達に連行されていった。どんな説教(罰だろう)を食らうかは考えたくもない。ナーハルテが会場に残ったのは、彼女なら何とかできるからだろうな。


 ちなみに平民差別やいじめをしていた愚か者は一般寮生の下級貴族達だった。ここだけはこちらの世界と同じだ。これに関しては、スズオミとセレンが教えてくれた。


 この後、無事に(なのか?)婚約は解消され、俺とセレンは晴れて恋人同士になるらしい。

 それを学院長先生から伺った時のスズオミの顔はやっぱり怖かった。


 ただ、スズオミや他の友人達と結ばれたり、誰とも結ばれず聖教会本部に戻るという映像もあるようだ、と説明が続いたら、溜飲を下げた様だった。


「あ、はい。取り乱しました。申し訳ございません」

「スズオミ様は王子様の親友だからうろたえちゃうよね。それにしても王子様、本当に異世界に行っちゃうの? 寂しいなあ」


 有難い。有難いのだが。スズオミの顔が怖いからやめてくれセレン。ライオネアが俺達もどきを連行してた時は青くなっていた顔が、また怖くなるだろう。


「いや、むしろ俺がこの国の為にできることがあるのが誇らしい。実は、おかげで家族とも和解できたんだ」

「え、家族って女王陛下おははうえとか王配殿下おちちうえとかですよね…。すごい、王子様って本当に王子様だったんだ」

「さすがに失礼だよセレン。そもそも、ナーハルテ様を婚約者にできているんだぞ」

「あ、そう言えばそうでした。王子様、ナーハルテ様の婚約者だった」


 ……お前も十分失礼だがなスズオミ。言いたいことは分かるが。


 そう、白き高位精霊獣殿が王家と俺を繋いで下さったのだ。


「公式の記録に残せず済まない。感謝する。そして、貴方を誇りに思う」

 そう言いながら母上が頭を撫でて下さった。

 父上と双子の姉上兄上、俺と一番仲が良いもう一人の兄上は……泣いておられた。


『約束は出来ぬが、文のやり取りは可能となるように努めようぞ。……記録についても、公にはならぬが、もしかしたら』

 高位精霊獣殿が白き小鳥のお姿で仰ると、母上が最上の礼をされた。


 馬鹿でまぬけで王位継承権はほぼ持たされず、捻くれていた第三王子は、決して疎まれてはいなかった。


 俺の家族はきちんと俺を見てくれていたのだ。見ていなかったのは俺の方だったのかも知れない。


「ナーハルテと、スズオミとセレン以外の友人達に別れを言えないこと以外は、得心しております。それにつきましても高位精霊獣殿が文を検討して下さると」


 スズオミとセレンにはこの断罪劇場を演じてもらわねば。

 俺は先に白き高位精霊獣殿から『乙女げーむ』のことを聞いてはいたが、正直、異世界の末裔殿が見ておられる俺達がここまでひどいとは思ってはいなかったが。


 これでは、説得に当たられている高位精霊獣殿も苦労されているのではあるまいか。心からそう思う。


「そうか。お前をまぬけだ馬鹿だと罵った頃を思うと……。実に立派になった」

 学院長先生が優しい声音で言われた。不意打ちだ。


 泣くな、俺。第三王子らしくあれ。


 ……俺にも矜恃は存在した様だ。持ちこたえたぞ。


 ああ、これで本当に旅立てる。


 ……俺は今日この時、心からそう思った。



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