23-白き高位精霊獣殿と俺
『コヨミの血と魔力を引きし
魔力の少ない俺ですら感じる事ができる程の清浄な気配。そして、目が覚めた俺は。
「……高位精霊獣殿!」
慌てて飛び起きる。
俺こと、コヨミ王国第三王子、ニッケル・フォン・ベリリウム・コヨミは生涯で最も一心に、可能な限りの礼をした。
『よいよい。この様な時刻だ。無調法なのは我の方ぞ。楽にせよ』
確かに、時を示す魔道具、時計で確認すると、深夜ではある。
透かし模様を美しく照らす天井の室内灯に魔力を注ぎ、点灯されたのは高位精霊獣殿だろう。普段よりも室内はいっそう明るい。
俺がこの明るさを得るには、魔石を追加補充しなければならない筈だ。
ベッドの傍の簡易灯(有事の際に手にして移動出来る物。室内灯を切る際には必ずこちらを点灯する。王族または高位にある者は皆就寝時に使用する。)はきちんと消灯されていた。
第三王子が深夜に騒いでいても誰も気に留めないのは、高位精霊獣殿の結界魔法によるものだろうか。
……楽に、と言われても、愛くるしい小鳥の様なお姿ではあるが、この白くふわりとした羽毛の鳥の高位精霊獣殿は精霊王様の直参であられる。
王位継承権をほぼ持たない第三王子が直に言葉を交わさせて頂くなど、恐れ多い。
俺は、あの精霊獣召喚大会において事故召喚を引き起こした。
聖女候補セレン-コバルトの聖補助魔法に浮かれ、力量に合わぬ召喚をした為だ。
この白きお方と知の精霊珠殿と一応婚約者の筆頭公爵令嬢ナーハルテ・フォン・プラティウム。
俺は生涯、方々に対する感謝を忘れないだろう。許しを頂戴した鬼の精霊獣殿にもだ。
「構わぬ。ここからは自由に。これから我が話す事、疑いがあればいつでも問いを示せ。すべて答えようぞ」
そう言われると、高位精霊獣殿は静かに語り出された。……念話ではなく、音声で。
「俺が、私が……異世界に……」
高位精霊獣殿はうろたえる俺を咎める事をなさらない。ただ静かに、佇んでおられる。
初代国王陛下、異世界人コヨミ様が俺達の祖先に赤き石に託した己の血と魔力を下さった事は、国民であれば誰もが知る事だ。
俺はどうやら、もともと魔力を持たない異世界の血脈に引かれた存在であるらしい。
……説明をされた後、高位精霊獣殿はこうも言われた。
「『聖の魔力を借りたとはいえ、その魔力量でよく自分を召喚できたと褒めてやってほしい』とあの鬼属が申していた。お主はあの召喚大会の日に、自身を超えていたのだ。誇るが良いぞ」
……良かった、俺はあの時、何かを為す事は出来ていたのか。
子供の頃、俺は自分が本当にギリギリ魔力持ちと言える程度しか魔力を有していない事に心底落胆していた。
そして、それ故にひねくれていた。しかも魔力が足りなければ知力や体力で補える、という程には優秀な訳でもない。
まあ、座学は意外と、という程度の成績ではあるのだが。
そんな中で王立学院高等部の推薦試験後に決められた婚約者が筆頭公爵令嬢にして法務大臣令嬢、俺では不可能にも程がある選抜クラスへの首席入学予定者と言われて益々ひどい性根になったのだ。
ただ、昔から友人として親しんでいたスズオミ・フォン・コッパー侯爵令息達も同じ様に自分より優秀な婚約者を用意されたと知り、自分だけではないのだと少し安心した。
……何とも
ナーハルテ筆頭公爵令嬢の優秀な長姉殿が望まれて大国に嫁がれる事が決まっており、ナーハルテを初めとする同年代の優秀な女性人材を国元に置きたいが為の国策に近い政略と聞かされ、それが真実だと思っていた。
だが、それは誤りだった。
最近やっと考え至ったのだが、ナーハルテ達を国内に留め置きたいだけであるならば、例えば俺ではなくとも婚約者がまだいらっしゃらない
我が国は同性婚が認められているので
スズオミ達もそうだ。彼女達と婚約を結びたい同世代の若者は幾らでも存在する。
その中でも彼らが選ばれたのは、優秀な婚約者達から多少なりとも何かを学んでくれたら、という配慮だったのであろう。だから婚約破棄権は全て女性側の家々にのみ存在したのだ。
「高等部卒業までに俺達がひとかどの人材になっておりましたら」
俺は高位精霊獣殿に申し上げる。
「恐らく、
「婚約破棄ですね」
「そうじゃな。だが、今の其方らは成長を始めておる。しかし、其方だけは」
「……成長は見込まれるかも知れない。但し、これ以上魔力を増やす事は不可能……。ですね」
「そうじゃ。そして、異世界に渡るならば魂だけで渡ってもらうことになる。異世界のものの魂との合意のもとに。異世界のものには、この世界の『気』が魔力だけにならぬように、更に深めてもらいたいのだ。まだまだ『気』の余裕はあるが、良き魂同士が存在する事は、常ではない故に」
異世界への転生。
初代国王は仮死状態で転生され、こちらの世界で一度生を終えられた。そして終えられると同時に生き返られ、異世界での若き日のご自身と酷似したお姿に転生されたのだ。
こちらの世界で亡くなられた後、亡骸は異世界を旅立たれた時のお姿に戻られた。その亡骸に魂を半分残された初代国王陛下は、元の世界に帰られた。
そして、異世界での初代国王陛下の血を引く方達は、旅立たれた時と同じ姿のその亡骸を手厚く葬られたと伝え聞いている。
今回は、初代国王陛下が精霊王様と高位精霊獣殿とのお力で成された曾ての様な転生ではなく、合意の上での魂の転生だ。
「コヨミが帰った先の、先の先……コヨミの血族の体に、転生する事になる。其方らよりは年かさだが、若い女性じゃ。あと、あちらの説得はこれからじゃ」
「今の俺が在るのは貴方様方のお陰です。この世界の『気』を整えるよすがになれるのであれば、初めて俺は王家に生まれた者としての使命を果たせま……っ?」
失礼ながら、俺は言葉を切る。
「女性、はともかく、まだ未説得であられるのですか?」
「そうじゃ。だが、大丈夫であろう」
高位精霊獣殿は愛らしいお姿で胸を張られた。
……そして、そのお声は、実に威厳のあるものでいらしたのだった。
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