16-赤銅色のお守りと聖女候補セレン嬢と僕
「ペガサス郵便の葉書を下さい!」
聖女候補セレン-コバルト嬢が剣術大会に出場する僕の為に聖魔力を込めた魔石入りのお守りを渡そうとしてくれている。お守り袋は僕の髪と目の色の赤銅色。
僕ことスズオミ・フォン・コッパー侯爵令息の婚約者、女生徒の憧憬を集める存在(実は意外に男性のファンもいる。本人は全く知らないが)ライオネア・フォン・ゴールド公爵令嬢のついでの様な扱いではあるのだが、それでも嬉しい。
だが、お礼を、と言ったところこう言われた。彼女が希望した物は、ペガサス郵便の葉書。
ペガサス郵便とは、普通郵便の三倍の値段だが、倍の速度で届き、記録も残る便利な物だ。葉書の他にも、切手と箱の荷物等に用いる特急便がある。勿論、本当に
我が国に郵便という異世界の制度をもたらされた初代国王陛下に対して、感心された精霊王様が、
『幻獣王殿に許諾を頂いた。郵便というものに天馬の名を冠せよ』
と命名されたという偉大なる事業の一環である。
そう、数多の美点が存在する我が国が誇る、類い希なる制度だ。コヨミ王国の民である事に喜びを覚えるものの一つである。しかしながら。
「ええと、何枚が入り用なのかな?」
そうだ、100枚なら、まあ、聖魔力入りのお守りと同等のお返しになるかならないか、だ。
「1枚に決まってますよ! え、あたしそんなに欲張りに見えますか?やっぱり、婚約者がいる方々と仲良くしてるからかな……」
違う、そうじゃない。
しかも、君が本当に強欲だったら、仲良くしている婚約者持ち達の内の一人である僕にその本性をばらしたら駄目だろう。
いや、まさか、この聖女候補、自分の魔力系統の意味を理解していないのか?
困った。休憩時間、残りあと10分。制限時間内で僕に説明が出来るだろうか。
「セレン嬢、君は聖教会本部で聖魔力について学んでいると聞いているが」
「あ、騎士候補さん、セレンって! なんか友達ぽくて嬉しい! あ、うん聞いた。聞きました。一応気を付けていますよ! たまに寮で透明の伝令鳥を飛ばすのはその為でもあります」
聖魔力とは適正者が少ない魔力で、貴族階級は勿論、市井の者も聖教会等の魔力鑑定で適正が確認された場合は王国への報告対象になる。
コヨミ王国では特に
ちなみに、我が国には聖女選定の儀式等はなく、皆等しく聖女候補と呼ばれる。
聖魔力に対する敬意はあるものの、過大な対応をしないのは、真の大事が生じた際、コヨミ王国は精霊王様にお伺いを立てる事が不可能ではないからだ。
そして、それは精霊王様とお親しい聖霊王様へのお伺いも不可能ではないという事なのである。
王立学院学院長先生、精霊双珠殿、そしてナーハルテ筆頭公爵令嬢が呼ばれた精霊王様直参の高位精霊獣殿。精霊王様にお尋ねをする
仮定の話だが、もしも今後、本当に聖女になり得る存在が現れたとしても、我が国であれば正しくその人を導く事ができるだろう。
「習得していてこれか? この間の教科書の修復はまあ、平民差別に繋がりかねないいじめの芽に対処したという事で見逃したが、もしこれから先、君の魔力を当てにする者が現れたら、必ず第三王子殿下なり僕らなりに相談してもらいたいな」
良かった。自覚がない訳ではないらしい。
王立学院高等部に編入する為に故郷を出る際に聖魔力入りの魔石を大量生産してきたらしいが、それは聖教会の監督の下で作成されているし、そもそも、貧しい人々にできるだけ低額でと奮闘されているご実家の診療所が医療魔道具を購入する為の資金源なのだから、換金も含めて聖教会がきちんと対応してくれている事だろう。
「分かりました。1番に騎士候補様に相談します! それで、このお守りもらって頂けますか? それとも厄介そうだからいらないですか?」
いや、もらうよ。むしろ下さい。
この聖女候補は、全く、自分の価値が分かっていない。
ありがたくお守りを頂き、認識阻害魔法を掛け、セレン嬢に簡易結界を消してもらう。
これなら偶然廊下で会って話している同じクラスの学院生だ。勿論、距離はかなり離して。偶然が続くのは怪しいので、その辺りはうまく調整している。
「ペガサス郵便のおかげで八の街まで三日で郵便が届くんですよ! 八の街だと郵便局の品物の在庫切れも良くある事だから、二の都市では必ずペガサス郵便の葉書や切手が買えるのはすごい事なんです私にとっては!」
簡易結界を解除する直前に彼女はこう言った。
正直、地方の街でのペガサス郵便の葉書や切手の在庫切れになど考えが及ばなかった。
僕にとってみれば、存在する事が当たり前、という物。一応高位階級の令息なので、自ら購入という経験もあまりない。強いて言うなら、学院の購買位か。
そうだ。剣術大会で僕にしては、という成績を示したら、父たる騎士団副団長に頼み、この件を郵便大臣閣下のお耳に入れてもらう事も出来るかも知れない。
剣術大会では自分の様に調子に乗るなよ、と忠告してくれた親友の顔が浮かんだ。そう、調子に乗らなければ可能性はある。
かぶりを振り、セレン嬢をちらりと見る。
剣術大会での勝利を君と、この赤銅色のお守りに誓う。
……口に出して言える仲ではないが、思う事ならば許されるだろうか。
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