14-第三王子殿下と聖女候補と僕
「おはようございます第三王子殿下」
「おはよう。何だか照れくさいな。しばらくは仕方ないだろうが、落ち着いたらまたニッケルと呼んでくれ」
分かりました、と会釈すると、第三王子殿下こと僕の親友ニッケル・フォン・ベリリウム・コヨミは自席に着いた。
少し前ならすぐに聖女候補セレン-コバルトの所に行っていたのに。
本日から普通クラス一組には第三王子殿下が、そして選抜クラスには彼の婚約者ナーハルテ・フォン・プラティウム筆頭公爵令嬢が復学される。
数週間前の召喚大会で連続優勝されたナーハルテ筆頭公爵令嬢が召喚された精霊獣殿が余りにも強い霊力をお持ちであった為、第三王子殿下が呼ばれた精霊獣殿が混乱されてしまい、ひと騒動はあったものの何とか落ち着いてお帰り頂けた……というのが学院生が見た映像水晶の内容である。
学院生皆がナーハルテ筆頭公爵令嬢のご活躍と、召喚された猫属性の大型精霊獣殿に魅せられていた。第三王子殿下は鬼属性の小柄な精霊獣殿を召喚した事になっていた。
ナーハルテ筆頭公爵令嬢の不在とその体調を心配する者は少なくなかったが、剣術大会の出場準備で多忙な我が婚約者を除く彼女と仲の良い面々がとても丁寧に対応していた為、しぜんと学院生の不安も払拭されていった。
そして、この度のお二人の復学。次は獅子騎士様が出場される剣術大会。何となく学院内は沸き立っている。
知りたいという方がおられるかは疑問だが、僕の名前はスズオミ・フォン・コッパー。
侯爵令息だ。騎士団副団長令息でもあるが、学院内では
嫌味でも何でもなく、僕の婚約者は立派な人間だ。僕よりも強くて美しくて賢くて背も僕よりも高い。ちなみに僕も平均よりは高いのだが。
第三王子殿下を含めた僕達の婚約は、もともと、ナーハルテ筆頭公爵令嬢の姉君が大国に嫁がれる事になった事から、優秀な女性人材を手放したくない王室が考案したものだ。
他国の王家の血統を持つ筆頭公爵令嬢にして法務大臣令嬢、公爵令嬢にして騎士団団長令嬢、医療大臣令嬢、財務大臣令嬢、魔道具開発局局長令嬢……それぞれが頭脳明晰容姿淡麗魔力体力も充実。ちなみに性格もそれぞれの家と様々な所からのお墨付き。
そして、体力に関しては我が婚約者は桁違い。昨年度、一年生にして王立学院騎士クラスの学院生達を抑えて剣術大会で優勝している程だ。
本人は士官学校生とは比肩するべくもないと謙遜ではなく本気で言っているが、大会の映像水晶からの転送記録を見た僕の父、騎士団副団長コッパー侯爵曰く、
「士官学校の学生の選抜部隊と遣り合えるレベルだ」そうだ。
しかも、その技量からまた更に研鑽を積んでいる。一応普通クラスの出場枠は取る事ができた僕は、今回の大会では婚約者に一矢報いる事はできるのだろうか。
そんな事を考えながら、講義の終了後、休憩時間に普通クラスの廊下を歩いていた。僕以外の友人達は第三王子殿下の傍にいるし、今回の召喚大会出場で多少周囲からの殿下への評価も上がっている様だ。
聖女候補セレン-コバルトには詳しい事情は伝えられていないらしいが、授業と自主練習以外の聖補助魔法使用を自重する様にという指導を受けたとの事なので、彼女も多少は思う所があるのだろう、第三王子殿下との距離感が少し遠くなっている。
このまま、静かな日々が続けばいいが。
そう考えつつ一人で廊下にいたら、簡易結界の光が視界に入った。何故。
「あー、もうムカつく!」
驚いた。そこでは、聖女候補が聖魔法で簡易結界を作り上げ、ボロボロの教科書に再生の聖魔法を掛けていたのだ。
何回か繰り返して、完全にとはいかないが、ついには十分読む事が出来るまでに修復していた。
「あれ? 獅子騎士様の婚約者さん? なんでこの結界を……」
視認できるのかと言いたいのだろう。
彼女は魔法構築ならばかなりの技術を持っている。普通クラスの廊下ならば先生方以外には呼び止められないと思っていたのだ。だから、長い休憩時間のこの時間帯に術式を行使したのだ。
実は、僕は一応選抜クラスとはいかないが次クラスに当たる上クラスなら加入できる位の魔力レベルだ。
別に、第三王子殿下に合わせてこの普通クラス一組にしたという訳ではなく、どうせ選抜クラスが無理ならばここでいい、とした普通クラスが意外と居心地が悪くないだけだ。
こういう所が父たる王国騎士団副団長から、
「この婚約が白紙になるならば理由はお前になるだろうなぁ」
と言われる所以だろう。上を、更に上をと貪欲にならない息子が歯がゆいのだろう。
「この教科書は誰の物かな。君の物ならば厳正に対処しなければ」
知の精霊珠殿がおられる学院内で平民差別の様な卑劣な事が行われているとは思えないが、下級貴族や平民が多い一般寮内であれば話が異なる。
そもそも、我が国の学院生の教科書は有料ではなく貸与。卒業時に希望者がきちんとした形で学院から譲って頂くのである。
王国が保有する知的財産への冒涜行為。聖女候補に対してのというよりも、学院生として許されざる行いだ。
「あた……私の教科書ではありません。寮の下級生の物です」
話を聞くと、寮で隣室の平民の豪農の子女の物だという。
子女の地元で流行している染め物のハンカチーフを下級貴族の令嬢と取り巻き達に平民には良質過ぎると因縁を付けられていた所に居合わせた聖女候補セレン嬢がとっさに第三王子殿下からの頂き物の内の1枚を殿下の許しを頂いて譲ったのだが文句があるのかと言ったら表面上は収まったものの、この様な有様らしい。
「そいつら、王子様達と仲が良いあたしの事、陰で色々言ってるんですよ!あたしに何かするならともかく、平民で立場の弱い子に当たるのが更にムカつく! 第三王子殿下達なら直せる当てをお持ちだからって無理矢理借りちゃいました。これなら一応大丈夫かな。どうですかね?」
二度と悪さが出来ない様に悪意のある奴が触れたらめちゃくちゃ体が
陰で色々言われている事を知っているのは、恐らく、自分の情報を集める諜報の伝令鳥を飛ばしているのだろう。
やはり、彼女の魔力レベルはかなりのものだ。
ところが、彼女は僕の感心故の沈黙を
「えー、やっぱりダメですかねえ? だけど、紙漉きの職人さんの修行ってめちゃくちゃ大変なんですよ? 漉いてない製造紙だって製造魔道具を扱うのが大変だし、印刷とか他にも色々な人が頑張ってこんなにきれいな本に製本してくれてるのに。そもそも、平民いじめとか差別とか最低じゃないですか?
あたしだって学院へ編入した最初の日、王子様にいじめられるかと思って……。あ、あと応じて何かを頂いたとか全くないのに、偽り、偽証罪になりますか?」
そこまで言ってから、聖女候補は誰と話していたのかを思い出した様だった。
やばい……と口をつぐむ彼女を見て、僕はもう笑いを堪える事が出来なくなってしまった。
「いや、いいよ。これは僕と君との秘密にしよう。これから寮で何かがあれば僕の名前を出しても構わないよ。殿下もまあ、許して下さるだろう」
「本当をですか! じゃあ、あたしも騎士候補様が割とすごい魔力持ちなのを黙ってます! これでおあいこになりますかね?」
騎士候補様。
獅子騎士様の婚約者さん、よりは大分階級が上になった。
……婚約者ライオネア・フォン・ゴールドには口に出さずとも見破られていた様だが、やはり、これは自覚せねばなるまい。
僕、スズオミ・フォン・コッパーは、セレン-コバルトに恋をしている、と。
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