10-ふわふわ様とわたくし
暖かいふわふわとした羽毛の様な感触。それでいて滑らかな質感。心地良い触感。
幼い頃の夏の日、お母様とお父様が庭に結界を張り、噴水の水を浄化して魔力を込めて作成して下さった大きな丸い水の球体。
自動防御の魔法も掛けて頂いたので小さなわたくしは溺れる事も落下する事もなく、冷たく柔らかい水の球体に乗ったり突いたりを楽しんだのでした。
あの時のぽよんぽよんとした揺らぎを思い出します。ですが、この感触はやはり羽毛なのでしょうか?
『そろそろ体に魔力が満ち始めた様だな。目を開ける事はできるか?』
このお声は、白い大きな方です。
お呼びしたままで、召喚しましたわたくしが意識を失うという無礼をお詫びしなければいけません!
『詫びはいらぬ。其方だけに届く念話故に、頭に言葉を浮かべると良い』
「寛大なお心遣い、感謝申し上げます」
声を出す事ができました。少し枯れてはおりますが、わたくしの声です。
『無理をするでない。其方は良く力を尽くした。その行いを誇るといい』
白い大きな方は、夢の中で拝見したあの凛々しいお姿でした。わたくしの隣に寄り添っておられます。恐れ多い事です。
『其方なら気付いているだろうが、部屋には結界を張ってある。まあ、其方の家の防御は我から見ても素晴らしいものだが。何も遠慮する必要はない。そうそう、この姿は仮の姿でな。こちらの方が威厳があると申すものもいる。だが其方にはあちらの方が好ましい様だな』
あちらとはふわふわとした毛と丸々としたお体の、あの純白の極めて愛らしいお姿の事でしょう。そのお姿を思い浮かべておりましたら、
ポフーン。
音と共に、お姿を変化されました。
このお姿で、わたくしを暖めて下さったのでしょうか。本当に、本当にありがとうございます。
『我が
純白の愛くるしい方は、精霊王様直参の高位精霊獣であられたのです。
清廉な気配から高位精霊獣の中でもさぞやとは存じておりましたが、これならば、学院長先生や朱々の、白い大きな方への敬意も首肯されます。
その様な偉大な方に仮名を頂く事はわたくしには恐れ多い事ですが、毛々様の羽毛です。
わたくしの手の平にふわりと乗ると、それは魔石と木の器に変化しました。
『其方の魔力を少しだけ流しなさい。そう、そうだ。其方はやはり魔力の循環が、巧みだ。朱色のものも、きちんと静養できたら会いに行くので体を癒す事に専念してほしいと申していたぞ。言づけがあれば我が伝えよう』
「精霊王様の直参であられる方に伝令鳥をして頂くなんて……光栄に存じます。朱々には此度の事、快より御礼申し上げます。快癒の暁にはわたくしの魔力を存分にお召し上がり下さいとお伝え願えますでしょうか。それでは、魔力を流させて頂きます」
朱々の事も思いながら、わたくしが魔力を流しますと、魔石が水に変わり、自ら器に入りました。
『それを飲みなさい。これは、精霊界の泉の水を凝縮して魔石にしたもの。其方の魔力を流した事で精製されたこの魔力水を体内に取り込めば、今回の様な時、魔力欠乏を防いでくれようぞ』
器がわたくしの手のひらで少しだけ揺れました。
……お飲みなさい。
そう囁かれた様で、わたくしは水を口に含みました。爽やかな味がいたします。
『人の場合、魔力とは生来のものに加えて、手、足、指等人体のあらゆる箇所を動かして増幅させるもの。其方の様に生まれついての魔力含有量が多いものは体内の備蓄量も多い。だが、今回の様にその備蓄分までほぼ使いきると……』
「動きが停止いたします。睡眠の様に体を休めている状態と異なり、強制的に停止している状態です」
わたくしの声が戻っておりました。
『そう。其方は水を汲み上げるポンプという物を見た事はあるかな。この国は魔力を蓄えた上下水道設備が発達しているのであまり置いてはいないかも知れぬが』
「辺境の街の傍の孤児院に慰問に伺った折に拝見した事がございます。微力ながら、地下水の浄化とポンプの材質の硬化のお手伝い等を」
孤児が他国よりは圧倒的に少ない我が国ですが、魔獣が近くに存在する辺境近郊等には孤児院もございます。
辺境伯閣下は女王陛下のご信任も厚く、歴戦の軍団を自ら率いられる偉大なお方ですが、それでも全ての領民をお守りになるのは至難の業でございます。
少しでも助力になれば、と女王陛下のご指示の下、第三王子殿下とわたくし共で慰問に訪れた事があるのです。
『……優秀なものの謙遜が過ぎると、持たざるものには辛かろう。特に、あの王子等には。……それではポンプに触れた事があるのだな。ポンプを手で動かす。そして地下水が汲み上がる。地下水は雨水等から少しずつ蓄積される。地下水は魔力、ポンプは其方。先程の水の魔力水はポンプを常に動かしてくれる原動力となる。だからと言って魔力を使い過ぎる事は二度とはない様に』
初めのお言葉はわたくしの耳には届きませんでしたが、毛々さまのお考えがあっての事でしょう。
それから、毛々様はわたくしを柔らかな羽毛でくるまれて、第三王子殿下の御身がご無事な事、鬼属の精霊獣殿は納得され、お持てなしの品々を楽しまれてから帰られた事、学院生がお呼びした精霊獣の皆様も満足して下さった事等を教えて下さいました。
『黒曜石のものの事等も聞きたかろうが、今はもう一度休むと良い。体を魔力水と馴染ませぬとな。それから、先程与えた我の羽はあらゆるものを取り込み、保存する事ができる。重さも軽さも大きさも小ささも、正に羽の如きに変化させ、保存する事が可能だ。其方達が持つ
毛々様の御羽は、わたくしのみが使えるように縛りの魔法を掛けて頂いているそうです。
マジックバッグにこの御羽を入れておけば、例えば山の様に大量の薬草を運ぶ事も可能とのお言葉です。想像もできない様なお品です。
それからやはり、毛々様はあの黒曜石の御方をご存じだったのです。いつかお話頂けるでしょうか。
『そろそろ頃合じゃな。とにかく休みなさい。次に目が覚めた後には、再び学院にも通えようぞ。そうじゃ、其方であれば我をふわふわ様と呼んでも構わぬぞ。皆の前で呼ぶならば、白様かの』
毛々様は凛々しい仮のお姿になられ、そしてわたくしの眼前から去られました。
ふわふわ様。
あの真のお姿を現された時には、この呼び方をさせて頂いてもよろしいでしょうか。
ふわふわ様、本当に、本当にありがとうございました。
……そして、お休みなさいませ。
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