4-聖女候補になってしまったあたし

 昔から勉強は嫌いじゃなかった。


 王都がある一の都市からは馬車だと二週間位はかかる八の街にたった二つしかない小さな診療所の娘。それがあたし、セレン-コバルト。


 お母さんは医師さんでお父さんは薬師さん。

 たくさん勉強したから母と父が丁寧な言い方だって知ってるけど、思い出話をしてる時くらい昔の口調でも良いよね。


 貴族の人、方だ。方達みたいにお金持ちじゃないけど、毎日お腹いっぱい食べられて、お布団は暖かい。それくらいの生活ができていた。


 義務教育で計算や文字、それにパンとスープとサラダとかのお昼ごはんを給食で食べさせてもらえるこの国が恵まれている事は、本と新聞を読んで知った。

 たまに買いに行っていた新聞屋台のおじさんも、こんなにたくさんの新聞が発行されている国はそうはないよ、と笑っていたっけ。


 よその国には戦争のせいで家族離れ離れになって、孤児院に住んでいる子ども達もいる。

 あたしが生まれた国、コヨミ王国には孤児院はあまりない。代わりに、聖教会がどの街や村にもあって、小学部と中学部を卒業したら、聖教会の仕事を手伝うと、学舎で医療の勉強もさせてもらえるのだ。

 お母さんかお父さん、どちらかの仕事を継ぎたかったあたしは、魔力鑑定もしてもらえるから丁度いいよねと二人に相談して、中学部を卒業後、聖教会に通う事にした。


 朝起きて家族皆でご飯を食べて、診療所の入り口の掃除をしてから学舎に向かう。勉強してお昼ごはんを出してもらったら、聖教会の仕事。


 掃除洗濯とか雑巾を縫うとか包帯を巻くとか。休憩時間はちゃんとあるし、お茶は毎日、たまにはお菓子ももらえる。それなのにお小遣い程度だけれどお給金も出るのだ。

 あたしはこの生活が好きだった。


 このまま勉強と仕事を頑張って、いつか医師さんか薬師さんになりたい。できれば旦那さんもどちらかの仕事の人で、いつかこの街に小さくていいから三番目の診療所を建てられたらいいな。そう思っていた。できたらそれが病院だったら、もっと嬉しいと。


 そのまま半年が過ぎて、無事に魔力鑑定を受ける事ができた。水晶に手をかざして、暖かいとか冷たいとか、何かを感じる事ができれば魔力があると言われた。

 あたしは何かを感じたけれど、何なのかが分からなくて、変な感じと本当の事を言ってしまった。いけない、と思ったけど、叱られなかった。その代わり、司祭様のお部屋に連れて行かれて、もう一度、別の水晶に手をかざしてみなさいと言われてそうした。


 それからは、大して面白い話でもない。


 あたしは八の街から出る事になってしまった。

 聖魔法が使える素質がある者はもっと大きな聖教会で勉強した方がいいと司祭様に説得されたのだ。

 あたしは今のままが良かったのだけれど、きちんとした聖魔法の勉強をするなら二の都市にある王立学院に通いながら、時々聖教会本部で講義を受けるのが一番いいらしい。ちなみに聖教会本部は王都にある。


 全くの平民、根っからの庶民のあたしがいきなりそんな大都会に行けるはずもないから、少しでもお行儀が良くなる様に、まずは八の街よりも大きな聖教会に通いなさいという事だったのかも知れない。


 大きな聖教会は、ちょっと遠い七の街にあった。月に一度は必ず家に帰してくれたし、他の聖女候補の子達は皆真面目で優しかった。

 ただ、一年後に王立学院に編入する事が気がかりだった。王位継承順位が一番低い、もしかしたら継承権なしの、王太子様じゃない第三王子様が学院にいらっしゃるとか、筆頭公爵令嬢で法務大臣令嬢であられる方が王子様の婚約者さんだとか、そういうのも色々教えてもらった。

 そして、知識が増えるその度に、あたしの場違い感がどんどん増えていく。


 お母さんもお父さんも、あたしが聖女候補になった事は名誉な事だと喜んでくれた。そうだよね、とあたしも頷いた。

 けれどそれは、あたしもお母さんもお父さんも、本心じゃなかった。


 本当に名誉な事だと喜べる人に、この聖魔力があれば良かった。あたしが欲しかったのは、医療の魔道具を問題なく使える程度の魔力だったのに。


 明日は編入の準備で、二の都市に旅立つ日。街道の幾つかの街までは、お父さんが付いてきてくれる。


 ……次にお母さんに会えるのは、いつになるだろう。


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