3-冷徹筋肉そして獅子騎士様である自分

「ライオネア様、よろしければ食後にお召し上がり下さい」


 学院生食堂(とは言え王立学院の食堂なのでなかなかのレベルの)での昼食を終えて席を立とうとしたら、きちんと自分の出自を示した上で、女生徒が差し入れを渡してくれた。


 耳元が真っ赤で、初々しく可愛らしい。後ろで友人達が無言の声援を送っているのも健気だ。

 カット済みのシフォンケーキと別に用意されたクリーム。汚れないように、きちんと保護魔法も掛けてくれている。ありがたい。待ち合わせている親友と一緒に頂くことにしよう。


「ありがとう。カードを付けてくれているね。後で必ずお礼の伝令鳥を送るよ」

 自分としては笑顔で丁寧な対応をしたつもりなのだが、周囲からきゃああ、という小声が幾つも聞こえてきた。自分は背が高いので、威圧感があるのだろうか。


「は、はい、嬉しいです。……」

 倒れそうな女生徒を支えようとしたら、これ以上は彼女の心臓が持ちません、申し訳ございません、と彼女の友人達に言われたのでお礼を言って立ち去った。


 自分の名前はライオネア・フォン・ゴールド。コヨミ王国騎士団団長令嬢。公爵令嬢でもある。


 形だけの婚約者(侯爵でもある騎士団副団長殿の令息だ。自分は副団長閣下のこと心から尊敬申し上げている)から賜った渾名は冷徹筋肉。

 昨年度の学内剣術大会準々決勝で相対峙したので、無言で相手を打ちのめしたらこう呼ばれた。婚約者なら少しは遠慮するとでも思っていたのだろうか。自分ならむしろ誰であっても全力で挑んでくれたら嬉しいのだが。


 待ち合わせ相手の麗しき筆頭公爵令嬢が、大会後、貴女が剣に対してとても真摯でいらっしゃるから勝利されたのに、祝辞ではなく冷徹筋肉の一言とは婚約者としてよろしくないですわ、と美しいかんばせを扇で隠しながら怒ってくれたものだ。

 親友の怒りは嬉しかったが、この渾名自体は自分は気に入っている。冷徹と言われるほど冷静ではないし、筋肉も理想よりはついてはいないのだが。


「ライ、貴女にはやっぱり応援会の皆様が仰る獅子騎士様の方が渾名としてふさわしいですわ」

「ナー姫、君を守れる騎士にはなりたいものだが、まだ自分は騎士団に所属してもいない若造だよ」


 知の精霊珠殿に守られている王立学院では、従者やメイドは学院内には入らず、基本的には皆が自分で自分の事を行う。伴う事が許可されている寮であれば待機させておく事は自由だが、それでも学院内で許されるのは留学生の他国の王族くらいのものだ。

 そういう理由で、今日は親友がマジックバッグから茶器その他の魔道具を取り出し、手づからお茶を煎れてくれた。実に上品な味だ。


 自分は先程のシフォンケーキとクリームを二人分、テーブルに並べた。

 お茶を頂きながら二人だけの時に使う呼び名で笑い合う。思い出した渾名の話をしたら、やはり軽くたしなめられた。


 ここは学院内でも特に遠方に存在する東屋だが、自分達は簡易転移陣(無論使用許可取得済)を所有し、展開することができる為、昼休憩の終了前に教室に戻ることが可能なのだ。


 親友にして我が心の姫君、ナーハルテ・フォン・プラティウム筆頭公爵令嬢。法務大臣のご令嬢でもある。


 5歳の頃、社交界の薔薇と評される我が母に連れられて、初めて筆頭公爵のお宅に伺った際、その邸宅と庭に驚き、愛らしくも美しいご令嬢がなされたカテーシーを見た瞬間、この方は姫君に違いないと確信したものだ。


「騎士様、礼をありがたく存じます」

 式典で見た騎士団団長である父の礼を真似たつもりの拙い礼もどきを受けてくれたレディは、今では第三王子殿下の婚約者である。

 元々曾祖父殿が友好国の王族であられるナーハルテ嬢は、姫と呼ばれても差し支えない方ではあるのだ。


 騎士団に、特に近衛兵には女性も多い我が国では、王立学院高等部を卒業後、士官学校に入学する女性も少なくはない。

 自分は父が騎士団団長という縁から、士官学校の訓練授業に参加させて頂く事もあるが、未熟だという自覚がある。

 王立学院高等部には騎士クラスもあり、自分は一応、所属の学院生を抑えて学院内の剣術大会で昨年度は優勝、今年度も出場予定ではあるが、士官学校の剣術大会とでは比較する事さえ烏滸がましい。


「ところでライ、貴女が頂いたお茶菓子をわたくしが頂戴するのはよろしいの?」

 せっかく、貴女を応援して下さる皆様がきちんとルールを守り、差し入れて下さるのに、と白金の瞳が語る。


 恐らくそれは杞憂だ。彼女達は、ナーハルテ筆頭公爵令嬢が召し上がって下さったのですか! と喜んでくれるだろう。


 ナー姫は、他人の規範であるべき、という尊い志を持つ人であるのだが、己が異性同性からの憧憬の対象なのだという自覚があまりない。まあ、そこもいいのだが。

 シフォンケーキの女生徒に送る伝令鳥にもこの事は伝えさせよう。


 ライオネア・フォン・ゴールドを応援する会、『獅子騎士様応援会』なるものが存在する事を知ったのは、聖女候補の女生徒が編入した翌月の事だった。


「少しよろしいかしら? 貴女、先日、ライオネア公爵令嬢に何かお渡しになろうとなさったでしょう? それはいけませんわ」


 廊下を歩いていたら、遠くから自分の名前が聞こえたので確認しようかとも思ったが、瞬時に透明の伝令を作り、声の方に飛ばしておいた。これで該当部分を拾い、戻ってくれるはずだ。諜報の伝令鳥を伝令諜と呼ぶのは自分くらいのものだろう。


 戻ってきた伝令諜を聞くと、件の聖女候補と、応援会とやらに所属している男爵令嬢のやり取りであった。

 曰く、ライオネア公爵令嬢こと獅子騎士様には手紙や贈り物をしたいと願う者が多い。ご迷惑になるのはいけないので応援会が手紙をまとめて預かり、差し入れは節度と順番を守り、きちんと対応している。


 勿論、ナーハルテ筆頭公爵令嬢様を始めとする麗しのお歴々と獅子騎士様との貴重なご友誼を妨げてはならないらしかった。何故そこまで自分を敬ってくれているのかは未だに分からないが、王立学院の学院生に相応しい応援姿勢と言えなくもない。

 ところが、男爵令嬢の説明に対して聖女候補は、「すみませんでした大丈夫です。あの方はとてもとても美形ですが、女性なのでもういいです」こう言ってのけた。


 そこで伝令諜はかき消えた。


 ……以上が自分が応援会とやらの存在を知った経緯である。


 聖女候補については普通クラス一組に編入するのでほぼ接点はないと思っていたのだが、一応学院長先生からも言付かっているため、気にはしていたのだが、向こうから自分に何かを贈ろうとしてくれていたとは思いも寄らなかった。

 しかし、それが女性だからもういいとはどういう事か、とは伝え聞く普通クラス一組での聖女候補の動向で察した。


 騎士クラス、それから普通クラスの騎士志望者達からの情報なのだが、彼女は、どうやら貴族階級との接し方とは男性貴族とのやり取りと考えているらしい。それも、我々の婚約者達と特に親密になりたいようだ。

 確かに男性優位の国家も諸国には少なくない。しかし、女王陛下(必ずではないが)が治められている我が国でそんな事は有り得ない。しかも、彼らには我々婚約者(一応ではあるが)がいるのだ。あいつらも、努力して王立学院に編入した聖女候補に頼られる自分達はさすがに高貴な存在だ、とでも勘違いしているのだろうか。


 聖女候補を教え導く立場となり、聖女候補と普通クラスの女生徒達(貴族階級もいない訳ではない)との架け橋となってやるか、せめて婚約者がいない男子生徒を紹介してやるべきだろう。選抜クラスの我々を頼ってもいいのだ。いったい、何のための婚約者なのだろう。


 聖女候補よ疲れていないか、いじめは受けていないか、等と彼らが実に生き生きと聖女候補の世話を焼いていると聞いたあの時。


 さすがは王立学院高等部入学式当日に首席入学者のナー姫を差し置いて代表挨拶を行おうとして、学院長先生に『このたわけ王子が!』と、竜の咆哮で一喝されその場で気絶し、来賓の王族の方々に恥をかかせた伝説の王子とその取り巻き連中は違うなあと逆に感心したものだ。


 あれからまた月日は過ぎたが、とりあえずナー姫はまぬけ王子(さすがにたわけとは呼びづらい)とその他大勢、所謂婚約者達が聖女候補と親しくしすぎていることを悩んでいる。そして、これは我々全員の懸案事項と考えているようだ。


 しかしながら、我々の目下の悩みの種は、筆頭公爵令嬢の憂いを晴らす方法がないか、という一点に尽きる。


 正直、自分達はこの婚約の破棄権がそれぞれの家々にあることからも、もしもの時は家に伝えればいいと考えているくらいだ。

 ただ、ナー姫の心の曇りは晴らしてあげたい。まぬけ王子以下を物理的にとっちめたら自分達は爽快であるのだが、それでは心優しい彼女の心は晴れまい。


 取り急ぎ、自分が出場予定の剣術大会よりも先に行われる精霊獣召喚大会において、前年度優勝者ナーハルテ・フォン・プラティウム嬢が笑顔になるような精霊獣を召喚できることを願って已まない。








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