2-ナーハルテ・フォン・プラティウム

「ナーちゃんおはよう! いい朝だよ!」


 望まれて大国の王太子殿下に嫁ぐ事がほぼ決定している長姉が窓辺のカーテンを開けてこう言われました。


 お淑やかになさいませ、とメイド長のばあやには叱られてしまいそうですが、これでも姉は一歩外に出ましたら行動も言動も完璧な淑女なのです。

 内でも外でも完璧に、が染み付いているわたくしには内での力の抜き方を見習いたいと思えるほど。


 わたくしはナーハルテ・フォン・プラティウム。筆頭公爵令嬢にして、法を司る法務大臣の三女。筆頭公爵は母、法務大臣が父でございます。


「ナーちゃん、考えごと? あのまぬけ王子とそれ以外、聖女候補にべったりでナーちゃん達婚約者ご令嬢を揃って無視してるんでしょ?やっぱりお母様に婚約破棄して頂いたら?」

 いつもは第三王子まぬけと言われるのに、そのままとは。お姉様もやっぱりお怒りなのですね。


 精霊王様のご加護が大きい我が国においては、聖の魔力が強い人物が現れても、必ず保護しなければいけないという訳ではございません。


 今回聖女候補として王立学院に編入された平民の女性は、市井の小学部と中学部(義務教育です。高位貴族階級はここまでは家庭教師に指導される事が多いです)を卒業後、働きながら学ぶ事ができる聖教会の学舎に所属し、そこで聖魔法に目覚め、地方の聖教会での修行後、貴族社会との関わりを学ばれる為に編入となりました。


 市井の高学部に当たる、王立学院高等部。卒業後、成績上位者は希望すれば専門部・高等専門部に進む事も可能ですが、これは狭き門となります。

 高等部編入は、聖女候補様の将来の為に必要な経験であろうという聖教会本部のご判断です。平民の女性の方が高等部に編入されるのは極めて稀な事でございます。


 半年前、わたくし達の二年次進級直前に聖女候補様の編入が決定しました際には初代国王陛下、高位精霊殿と並ぶ建国の英雄の一人であられる竜族の王立学院学院長先生御自ら、選抜クラスの同性でございますわたくし達に

「半年後、聖女候補は普通クラスの一組に編入する。我が学院で平民差別などは有り得ないが、もしもという事もある。君達は同性から尊敬を受ける存在なので、気を付けてもらえると有り難い」と仰いました。


 初代国王陛下が平民ご出身の異世界人であられる為、我が国の平民差別は他国と比較しますと非常に少ないのですが、下級貴族階級等は、平民の富裕層に借財が存在する、自分達の身分を過信している等の理由で、そういった差別行為をする事がままあるそうです。


 勿論、高位貴族であるからそのような事はしない、という事もございませんが、聞く限りではやはり下級貴族階級が、という事が多くございます。


 母が筆頭公爵でありますのも、実力主義の我が国ならではとも申せます。平民出身者が高位に就く場合は叙爵される事も多いのですが、それでも、他国に比べれば暮らしやすいと考える方が多いのではないでしょうか。


 ちなみに、姉が嫁ぐ予定の大国も、他の列強国と比べれば我が国よりの平和な国で、何よりも王太子殿下が強いお気持ちで姉を望まれておられます。


 聖女候補様の学院での生活につきましては、学院内は知の精霊珠殿のお力もあり概ね平穏でありますが、念の為ということでありましょう。


 ただ、一つ懸念がございまして、普通クラスの一組には、わたくし達の婚約者が全員所属していたのです。


 まず、わたくしの婚約者、第三王子殿下。次には、わたくしの親友にして盟友の一人、公爵令嬢そして王国騎士団騎士団長、ゴールド公爵のご令嬢のご婚約者。こちらは侯爵令息にして騎士団副団長のご令息です。

 以下、財務大臣令嬢と副大臣令息……とご想像頂けますように、


「あいつらお願いして婚約者になってもらった立場でよくもまあ婚約者を蔑ろにして他の子女と親しくできるよね!ナーちゃん達の方が顔も知力も体力も家の力も異性同性問わずの人気も全て上だからって情けないったらありゃしない!」


 ……残念ながら、この姉の言葉には、諫められる要素がないのです。


 第三王子殿下が王立学院の普通クラスに入学。王族としても、高位階級としましても、前代未聞です。

 実力主義の我が国でなければ第三王子殿下と他の皆様もわたくし達と同じ選抜クラスに配されたのかも知れませんが、高位に在る者ほど皆の規範であれ、とは王立学院のルールです。


 王太子殿下ではない第三王子殿下よりも、友好国の王家から望まれて曾祖母の婿に入りました曾祖父を持ち、現在も大国の将来の国王陛下に嫁ぐ予定がある長女を有する筆頭公爵令嬢に従うべし。学院内ではその様な空気がございます。

 ちなみに、王家からも、

「この婚約は王命ではない。婚約破棄権はそちらにのみ存在する」という約定を頂いた婚約者同士、というのが殿下とわたくしの関係です。


 他の盟友の皆様も似たような経緯と約束の婚約でございまして、目下のわたくし達の懊悩は、婚約者が平民の聖女候補様に対して親しくなさりすぎな事。でございます。



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