第6話 事情
「俺の名は、
俺は頭の中を整理しつつ、一つ一つ説明し始めた。
炉の五徳の上には、持ち手と注ぎ口のついた
先ほど薬草らしき物を入れていたから、どうやら薬を
「ええと、同じ新柄家に仕える者の中に、
ちゃんと伝わっているだろうか。
これまでの経緯を順に並べてつなげているが、うまく出来ているのかどうか、よく分からなくなってくる。
こういうのは、あまり
「新柄家の当主だった
国衆たちは、元々麻岐の各地で力を持っていた小領主だ。
彼らから見れば、守護や、守護から現地支配を
当初、国衆たちは新柄家に反目していたが、今は完全に支配下に置かれ、家臣として従っている……はずだったが。あんなことを
苦い記憶がよみがえってきて、その先を語る前に、少し間が空いた。
過去はどうやっても変わらない。消えて無くなったりしない。
俺の中には、ずっと残り続ける。
「新柄家の嫡男だった新三郎様が総大将として軍を
実のところ、勝てると思っていた「みんな」の中に、俺は
ここまで黙って聞いていた少年が、おもむろに口を開いた。
「砦を守っていた兵の一部を奇襲に
「え?」
「そうでもなければ、守護代の軍を総崩れさせるほどの兵数は確保できないと思いますが」
「いや、背後から攻めてきたのは沖沼の軍ではない。どうも、領内の他の国衆や、
「そもそも、なぜその沖沼という方は謀反を起こしたのですか?」
「新柄家に不満か
恨みの反映と言われればすんなり納得できる、
あの時の自軍の混乱ぶりは、今も目と耳にまざまざと残っている。
それまで
敵の矢に倒れる者や、戦うことを放棄して逃げ出す者が相次いだ。
まるで、突然の土砂崩れにでも見舞われたかのような
次々と地に伏して動かなくなる者たち。金属同士がぶつかり合う音。血のにおい……華々しいとは言い難い
戦とはこういうものだと、思い知らされた。何とも後味の悪い経験だ。
沖沼
参陣はしたが、少数の兵しか集められなかったと
それでも数ではこちらがずっと優位だったし、「一刻も早く、謀反人を捕らえねばならん。主君に刃を向けたこと、
沖沼が単独で事を起こした、と判断した時点で、敗北は決まっていたのだろう。
ああ。過去に
俺は気を取り直し、話を続けた。
「軍は退却することになった。俺は
命は取り留めたが、気がつけば、どこなのかも分からない場所に倒れていた。
そこから必死に人里を目指し、山野をさまよい――今に
少年はわずかに表情を
「肩の傷は、その時のものですね?」
「ああ」
俺は一つ息をついてから、あえて淡々と、告げた。
「俺は落ち武者だ。俺をねらっている奴が、ここを見つけて襲ってくるかもしれん。追っ手とか、落ち武者狩りとかがな」
このまま素性を明かさずに
気づかれぬよう黙って立ち去ることも、考えなくはなかった。
だがそうなれば、彼は山中を探し回るに違いない。危険から遠ざけなばならないのに、かえって危険が及んでは意味がない。
それゆえ俺は、
「世話になった。俺は槻伏に戻らねばならん。母や弟たちの身が心配だからな。もし誰か俺を探しに来たら、そんな奴は見たこともないと言っておけばいい。小袖は返す。この陽気なら、
と断わって、ゆっくり立ち上がった。
それを止めたのは、少年の指摘だった。
「来るのが敵とばかりは限らないのでは? お味方が探しにいらっしゃる可能性もあるのですから、むやみに山中を動き回るより、ここに留まって養生されたほうが賢明かと思います。そのほうが、お味方もあなたを見つけやすいでしょう」
「味方」という言葉が、胸にずきりと突き刺さる。
俺は首を横に振り、きっぱり言い切った。
「『味方』は、来ない」
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