第7話 主君

「来ないと断言されるのは、なぜですか? お味方には、探しに来られないような事情が何かあるのですか?」

 少年は怪訝けげんそうにしている。

 話すしかないか――俺はあきらめにも似た覚悟を決め、語り始めた。

「どうも新三郎様は、俺がお嫌いだったようでな。俺をわざと笑い者にしたり、嫌がらせをしたり……出仕するようになって以来、ずっとだ」

「嫌がらせ?」

「命じられた仕事を終わらせて報告したら、それはおまえではなく別の者にめいじたんだと言い出したり。うまやに閉じ込められたり。いきなり池に突き落とされたこともあったな。怒鳴どなられたり物をぶつけられたりは、日常にちじょう茶飯事さはんじだ」

「なぜ、そのような……。何か、きっかけがあったのですか?」

「最初は、俺の出来が悪いからかと思っていた。命じられた仕事を忘れていたこととかはあったから。不始末へのびはちゃんと伝えたつもりだが、仕方ないかと。だがそのうち、何の落ち度もなくても、同じように暴言をぶつけられるのに気づいた」

 出来るだけ暗くならないよう、軽い口振りで言ったつもりだったが、少年の顔は見る見るくもっていった。


 重く受け止められたくなかったんだが……と思いつつ、俺は話を続けた。

「周りの人間は、新三郎様に追従ついじゅうして俺をいたぶるか、見て見ぬ振りをするかだった。そうそう主君に逆らえんからな」

「もしや新三郎様は、まだ幼い方なのですか?」

「二十四だ。俺より七つ上になる」

 少年は意外そうな表情を浮かべた。せいぜい俺と同年代と思っていたのだろう。

 彼は首をひねりつつ、さらに疑問をぶつけてきた。

「家臣はともかく、父君ちちぎみである尚時様はどうしておられたのですか? 我が子がそのような振る舞いをしているというのに」

 やはりそこに引っかかるか。


 俺はため息まじりに答えるしかなかった。

「気づいておられなかった。幕府のある都に住まなければならん守護家に代わって、在国して国を治めるのが守護代の役目とはいえ、大殿おおとの――尚時様も国を空けて都に出向いておられることが多かったからな」

「尚時様がおられない間は、新三郎様が留守を預かっていらっしゃって、もっぱらそういう折に……ということですか」

「尚時様がおられる時はまったく、というわけではないが、ご不在の時のほうがひどかったのは確かだ。それに、新三郎様は重臣たちにも悟られないように、常々巧妙に立ち回っていた。はた目には、『家臣を思いやる次期当主』でしかなかっただろう」

「……」

上役うわやくうったえたこともあったが、駄目だめだった。上役が新三郎様に事実か確かめたら、『この者は何をやらせても失敗ばかりするから、それが改まるよう指導しているだけだ』と。それで話は終わりだ」


 遠くで鳴いている杜鵑ほととぎすの声が、やけにくっきりと聞こえる。

 すき間から入ってくる初夏の風が、俺と少年の間を通り過ぎていった。

 薬鑵やかんから細く立ちのぼる湯気が、小さくれる。

 薬独特の苦そうな香りが、ほのかに漂ってきた。


「俺の状況に気づいて新三郎様をいさめてくださる方も、一人だけいた。だが次の日には、その方のほうが謹慎きんしんせざるを得なくなっていた。その方は元々新柄家に見切りをつけておられたようで、今は麻岐まきを離れて他家に仕えておられる」

 こうして言葉にすると、新柄家はどうしようもない状態におちいっていたんだと、今さらながら突きつけられる。

 そして、誰もどうにも出来なかった。


「そんな日が二年も続いた折に、沖沼が謀反むほんを起こしたんだ。結果はさっき話した通り惨敗ざんぱい。総大将がどこにいるのか分からないよう、軍勢を三つに分けて退却することになった。俺は新三郎様と側仕そばづかえの者たちの隊に同行するように言われたが」

 俺はいったん言葉を切ってから、言葉をき出した。

「勝った勢いに乗って沖沼軍の一隊がすぐそこまで迫ってきた時、新三郎様は俺を追っ手のほうへ突き出して、さっさと逃げていった。『おまえは、いざという時のたてとして連れてきたんだ。しっかり役割を果たせ』と、唐突に命じてな」

 退却する前にはそんな話、何もしなかっただろうに。いや、あらかじめ言う言わないの問題ではないが。


 苦く、冷え冷えとした思いが、時をえて戻ってきたような感覚に襲われた。出来れば心の奥底にふたをして、封じておきたかった。

 なぜか自嘲じちょうの笑みが浮かんできた。そしてすべてを投げ出すように、

「俺に『味方』はいない。一人も」

 と言っていた。

 沈黙を続けていた少年が、まっすぐに俺を見た。

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