第1話 落ち武者
ここは
そんなことすら、もはやどうでもよくなっていた。
左肩の傷さえなければ、と思わずにいられない。
出血は止まったが、熱を持ち、じくじくとした痛みが続いている。まるで、鉄のかたまりでも背負っているかのようだ。
その上、あちこちに
身を守る物は腰の刀だけだが、この
考えるな。考え始めたら、気力がゆるむ。今はただ、生き延びるだけだ。
俺は周囲の気配を
追っ手、獣、略奪目的の落ち
ここまでのところ、幸いにも森林の
少しでいいから、どこかで休みたい――絶えず心の片隅がそう訴えるが、無理矢理ねじ伏せて、歩みは止めなかった。
そうしているうちに、辺りが少し明るくなったことに気づいた。
前方の木々が途切れ、開けた場所が見えてきたのだ。
かすかに水の音もする。近くに川があるようだ。
俺は思わず知らず、足を速めた。
初夏の森は下草や木の葉が
身も心も、開放感を求めていた。
動きを
「ん?」
森から草地に変わったその向こうに、何かの建物がある。
建物と言っても、
猟師小屋だろうか。あるいは、山の木を切るのを
あるいは。この山は、ずいぶん前に砦が使われなくなって以降、管理もそれほど
俺はそっと、小屋に近づいた。
ここで少し休ませてもらおう。運が良ければ、何か食料や、役に立ちそうな道具が置いてあるかもしれない。
ここまでの道中では、一度も人の気配は感じなかった。目の前の小屋も、静まり返っている。今は誰も使っていないに違いない……と思いたい。
猟師や杣人が親切な人間で、などという展開になるのは、おとぎ話の中だけだ。見つかれば、どんな
俺は小屋の引き戸に背をぴたりとつけ、中の音や気配をうかがった。
呼吸十回分ほどの間、じっと己の気配を殺して探り続けたが、やはり何も感じない。
よし。これなら大丈夫だろう。そう思いながらも、そろりそろりと慎重に戸を開けようとした、その時。
「何をしておられるのですか?」
後方から投げかけられた声に、背筋がひくりと
しまった! 外にいたのか。見つかったからには仕方がない。
俺は反射的に腰の刀に手をかけつつ、振り返った。
女ならともかく、声からして向こうは男だ。切り捨てるしかない――そう覚悟して、刀を抜こうとしたのだが。
何か大きな物が、すさまじい勢いでぶつかってきた。
「!」
その衝撃に、俺は声も出せないまま、叩きつけられるように地に倒れた。
薄れゆく意識の中で、猟師とも杣人とも違う人影が立っていることだけは、はっきりと目がとらえていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます