第55話 どこかの橋の上
『ありがとね、ここね』
みそのさんはそう告げると、電話を切った。
ツーツーという音が私の手に握られたスマホから響いてる。
暗い橋の上で独り、ふーと長く息を吐く。
夜の街は、寒い寒いなあどこかカフェでも見つけて入ろうかな。
そんなことを考えながら、スマホをじっと眺めてみた。
これで私の役割は終わった。
頑張ったぞ、私。
なすべきことはなした。伝えるべきことは伝えた。
言ってしまえば私は舞台裏の道具係、劇のためにせっせと道具と舞台を準備する。そして主役の二人が壇上に上がってしまえば、あとはただ黙ってみていることしか出来ない。……いや、舞台裏にいるのだから、劇を見ることすら叶わない。
ただこうやって橋の上で、二人の話が終わるのを独りで待っていることしか出来ない。
でもまあ、別にそれでいい。
輝くのは私じゃなくていい、深い想いを叶えるのは、きっと私なんかじゃだめなのだ。
スポットライトは当てるべきところにしっかり当てた。
そういう人生だって世の中にはきっといっぱいある。
世の中には、想いが叶わなかった人はきっといっぱいいる。
綺麗な想いなんてついぞ抱けなかった人もいっぱいいる。
きっと世の中には恋が何なのか知らないままの人も、いっぱいいたりするのだろう。
だから別にこれは特別なことじゃない。
せめてちゃんときれいな想いを持ったあなたが、ちゃんと報われますようにと。
陰からこっそり祈るくらいしか私にはできないから。
「はー……寒いっ!」
ぶるっと身を震わせた。
そういえば、私いつになったら部屋に帰ればいいのだろう。
困ったなあ、大事なお話し中に、電話を掛けるの気が引けるし。
コンビニでも行こうかな、それともファミレスか何かでも探そうか。
少しだけそう考えて、まあ後でいいやと、橋の欄干に体重を預けた。
一月の寒空の下にあった橋の手すりは、吃驚するくらいに冷たくて、くっつけた頬がそのまま取れて堕ちてしまいそうなくらいだったけど。
何故だか、今はその冷たさが、痛みがとても心地よかった。
吐いた息が白い筋になって、暗闇の中に消えていく。
近くで電車の走る音がする。
時折、私の後ろを自転車や歩行者が通り過ぎていく。
舞台裏の道具係に声をかける人なんて誰もいない。
「寂しいなあ……」
独りでそう小さな声でつぶやいた。
応える声はもちろんどこにだってありはしない。
「なあーんてね、うそうそ、みそのさんとまなかさん、ちゃんと仲直りできたらいいな!」
敢えて大声を出してみた。
もしかしたら変な人と想われたかなって考えたら、ちょっとだけ怖かったけど。口にすると少しだけ気が晴れた。
恐る恐る振り返ってみても、幸い通行人も丁度いなくて誰も聞いてないみたいだった。
それにちょっとほっとして。
それにちょっと落ち込んだ。
橋の欄干に頭を預けてそっと眼を閉じた。
頬に当たる金属は相も変わらず、刺すように、そのまま私の身体ごとそこに貼り付けてしまうかのように冷たかった。
このまま貼り付いてしまえばいいのにな。
なんでかそんなことを考えた。
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