第21話 何も考えていない私と何か考えたあなた

 初恋っていつだっけ。


 ただ今絶賛初恋中の加島さんを見ながら、そんなことをぼんやりと考えた。


 2人で炬燵でだべる、大晦日前日の昼の頃。


 彼女は起きてご飯食べた後、炬燵に下半身を埋めながら、何やら必死にスマホのメモ帳に書き留めている。


 私はそれをゆったりと過ごしながらチョコをつまみながら眺めていた。


 それで……ええと、なんだっけ。そうだ初恋だ。


 小学校の頃、隣の席になった男の子が気になったのは恋だっけ。


 それとも、女子高だった高校で出会った。やたらと胸のでかい子に眼が行ってしまったことだったか。


 ……まあ、どっちも誰に言うでもなく、こっそり想ってただけなんだけど。


 だから、初めて誰かに好きと伝えたのは、間違いなく、まなかさんなんだよねえ。


 あれほど強い衝動も、前後不覚さも、あの時より前にも後にも覚えがないし。


 じゃあ、私が恋を自覚したのはいつだっけ。


 最初、まなかさんとの仲は正直良くなくて。


 というか、私が他人を変に警戒してて、勝手に遠ざけていたっていうのが正しいのか。


 そんなんだから、大学でも上手く馴染めなくて、正直、最初の半年くらいはあまり大学生活は楽しいものじゃなかったんだよねえ。


 そんな私を見かねて、あの人は何気なく手を伸ばしたんだった。


 あの人に救われてなかったら、多分、今の私はここにいない。


 仮にそのまま加島さんと出会ったとしても、この子に好かれるような私じゃなかっただろう。今がそこまでまともかも、疑問の余地はあるけれど。


 根暗で、ひねくれてて、他人を遠ざけて、誰でも疑ってた。


 そんな私だったんだ。結果は推して知るべしだね。


 まなかさんがいるから、私はこの子の想いには応えられない。


 まなかさんがいなければ、私はこの子には好かれない。


 難儀な話だ。さっさと私なんか見切りをつけてくれたらいいんだけど。


 なんて私の考えをよそに、加島さんは炬燵の中からぱっと顔を上げた。


 「できたっ!」


 何やらどことなく喜色ばんで、達成感に満ちた顔をしている。何か楽しいことでもあったのかな。やっているゲームのイベントでもやりきったんだろうか。


 なんて、欠伸をしながらチョコを頬張って彼女の様子を眺める。


 すると加島さんはもぞもぞと炬燵から這い出すと、こっちを振り返ってじっと真剣な眼で私を見た。


 なんというか、こっちまで緊張が伝わってくるような、そんな目をしていた。


 じわりと胃の奥がきゅっと縮こまる。


 「みそのさん、相談があります!」


 加島さんは炬燵に入ったまま、学校の先生にでも話しかけるみたいにぴっとスマホを持っていないほうの手で挙手する。顔は真剣そのものだけど、挙動は相変わらず子どもっぽい。意図的にやっていたらあざといんだけど、なんか雰囲気的に天然くさいのがまあ、加島さんらしいというか。


 こう見えて、実は頭の中は意外とおこちゃまなのかもしれない。まあ、初恋もまだだったみたいだし。それなりにおこちゃまなのかもね。うん、果てしなく失礼。


 私もどことなく背筋を伸ばしてから、そっと手の平をどうぞと差し伸べた。子どもに答えを促す先生のように。


 「はい、なんでしょう。加島ちゃん」


 それにしても私、恋を教えるだのなんだの言っておいて、ここ数日なにもしてない。看病が要らなくなったら、基本的にいっしょに炬燵でゴロゴロしていただけじゃんね。


 なんて私の自戒をよそに、加島さんはぴんと背筋と腕をさらに伸ばした。なんか、本当に教師と子どもみたいになってきた。


 「私、やりたいことリストを作りました! この一か月、


 そう言って、彼女はばっとスマホを私に見せてきた。


 私は、ん? と一瞬首を捻りかけたけど、手渡されたスマホを見てとりあえずそちらに意識を向ける。


 えーと、何々……。


 お出かけ(買い物)。


 お出かけ(山とか川とか)。


 初詣。


 一緒に料理。


 まなかさんとの想い出話。


 大質問大会!!


 ハグとか!


 いっしょに温泉とかどうでしょう……。


 みそのさんの好きなことを一緒にやる。


 みそのさんの好きなものを一緒に食べる。


 みそのさんの好きな映画を一緒に見る。


 みそのさんの好きなとこに行く。


 等々。


 ちなみに『!』とか『……』は原文ママ。


 ふうむ、なんか後半の『みそのさんの好きな〇〇』の思い付きラッシュが眼に浮かぶようだね。


 「あー、すごい、いいね。正直、私も恋を教えるって何しようかって悩んでたし。助かるよ」


 「あ、えへへ。そうですか? やた」


 小さな後輩が、座ったまま少しだけお尻でぴょんと跳ねる。本当に控えめな子どもみたいな動作だ。自然にやっているのが妙に可笑しい。


 それから、私は改めてリストを見てうーんと思案する。


 実現可能なものはいくつもある。というか、多分、加島さんの性格的にあんまり無茶なものは書いてないんだろう。さっきスマホにメモしているときに、何度も書いたり消したりしていたし。


 「とりあえず、パッと出来るのからやろっか」


 私がそう言うと、加島さんは眼を明るく開いて、嬉しそうにこくんと頷いた。


 「はい! あ、全部は無理だってわかってます。お出かけとか、温泉とか。なので、出来るのだけで大丈夫です。一つでもできたら満足なので。……それで、何しましょうか。お料理とか、あ、想い出話とかですかね?」


 それから、ちょっと遠慮がちにそう付け足してくる。


 ……なんというか、わがままをしなれてないのがよくわかる。


 自分のやりたいことが、誰かに聞き入られて叶った経験っていうのが、そもそも少ないのかもしれないねえ。


 ただあんまり、未練を残されると、次の恋に振り切っていけなくなってしまう。


 ここはちゃんと完全燃焼してくれないと、困るのだ。


 だから、まあ。



 「いや、どーみてもこれでしょ」


 

 軽く身体を寄せてから、加島さんの身体を抱きしめた。


 肩を抱いて背中に腕を回して、お互い炬燵に入っていたから。私がしなだれかかるみたいになって、ようやく身体と身体が密着する。


 お互い薄めの部屋着だから、身体の感触がよくわかる。久方ぶりに抱きしめる女の子の感覚に、それとなく性欲を満たしながら。私は彼女の柔らかい肌と胸の感触を感じていた。


 うーん、いい匂い。どことなく甘くてしょっぱい肌の香りだ。少し癖っ毛になっている髪も、ふわふわしてて心地がいい。細身なのも、抱きしめてる感が強くて〇。


 なかなか上質な抱き枕ですね、とそれなりに堪能してから、私はそっと肩を離した。


 「こういうのは、すぐ出来ることから、ぱっとやっちゃうのが一番だよ。最初は何事も、『出来る』って想えるのが肝心だからね。そうやって一歩目をちゃんと歩き出せれば、意外と物事はとんとんと進めるもんだからさ」


 私はそう言った後、加島さんのスマホを見ながらふんふんと考える。明日、とりあえず、お出かけして……料理するか。というか、加島さんは正月に実家に帰るんだろうか。それによって予定も変わってくる。


 私関連のやつはまあ追々やっていくとして、一番ぱっと目途が立つのが温泉に行くっていうのが、なんともまあ不思議な話だ。加島さんの想っている温泉と一致するかはわからないけど。


 なんて思案をしながら、ふと隣を見た。


 ゆでだこが一匹いた。


 もとい顔を真っ赤にして、ふらふらになっている加島さんがそこにはいた。


 「あら、どしたの? 炬燵の熱でやられた?」


 なんて私が声をかけても、彼女はふにゃふにゃと身体を揺らしながら、床にこてんと倒れ伏した。


 はて、と考える。


 あ、と思い至る。


 うん、もしかせんでも。


 「はひ……私にはちょっと……刺激が……」


 ……ということらしい。


 まあ、私が恋に堕ちた当初、もしまなかさんに同じことをやられていたら、と想うと加島さんの反応も納得だった。


 ……いや、私もやられてたな、確か。


 そんで、同じ感じになっていた気がする。少なくとも正気じゃなかった。


 「……たはは、ごめんね」


 ちょっとした申し訳なさを感じながら、近くにあったペットボトルを首筋に当ててあげた。少しでも冷えるといいんだけど。


 真っ赤なゆでだこになった加島さんはうぶぶと、私の膝元で呻きながらへばっていた。

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