第17話 いつか恋された私といま恋しているあなた

 「そ、深想乃らしいね」


 話を聞いたしょーじきな感想は『まーた、ややこしいこと背負いこんだなこの子は』って感じだった。


 柴咲 深想乃という私の後輩は、まあなんというか他人の苦労を背負い込みやすい子なのだ。


 基本的にはドライだし、集団のルールもあんまり守んない、いかにもクールな合理的な女ですよ、みたいな顔をしている。している癖に、なんというかぽんとハマった相手には酷く肩入れするところがある。


 例えば、私とか。例えば、扉の向こうの子とか。


 しかもそうやって肩入れするときは、決まって自分のことがどこかおざなりになっている。その割に自分自身は相手に自分を大事にするように説いてたりするのが、まあ深想乃らしいというか。


 そういう危なっかしさが、美点でもあるんだけどねえ。


 何せそれは紛れもなく優しさであり、誰かにとっての救いになったりするんだろう。


 今、扉の向こうで風邪で倒れている女の子がきっとそうであるように。


 無茶しないといいけどね、まったく。


 深想乃の鼻を開放して軽く頬を撫でてから、私はそっと踵を返した。


 「じゃ、軽くご飯でも作って私は帰ろっかな」


 あんまり長居してもお邪魔でしょう。


 「そ……ですね」


 深想乃は少し困ったように笑った。


 「どしたの? 早く帰るの寂しがってでもくれた?」


 「それは、その、はい」


 あはは、相も変わらず恥ずかしげもないことを言い寄るわ、この子は。


 「しかたなーいにゃー、特別に三日分くらい作っておいてあげよう」


 「わお、天使」


 「自分でもそう思うわー」


 「私が言っといてなんですけど、自己肯定感高すぎません?」


 「惚れんなよ?」


 「もう惚れてます」


 そんないつものやり取りを繰り返して、私達はけらけらと笑い合う。


 それから、ドアをばんと開けて元の部屋に戻った。


 するとドアの音に驚いたのか、布団にくるまっていた深想乃の後輩ちゃんはびくっと肩を震わせる。


 おおう、えらい怯えようで。


 というか、そうか、あの子にすれば私は恋敵みたいなポジションになるのかな?


 ふむふむ、それはそれで面白そうだけど、料理中ずっと怯えてられるのも少し困ってしまうよねえ。




 だから、まあ、仲良くなろう。




 私はコートだけ椅子に掛けると、そっとその子の傍に歩み寄った。


 それから布団の傍にしゃがみ込んで目線を合わせる。


 少しばかり小柄で風邪気味のその子は、眼を白黒させながら私を見る。というか、線が細くてちょっと心配になるくらい華奢だ。深想乃も大概だけど、いっぱい食べて欲しいなあ。腕によりをかけないと。


 それにしても、うーん、懐疑、怯え、不安、顔に浮かぶのは色とりどりのマイナス感情だねえ。


 ここは一発、不安を吹き飛ばしてあげないと。




 「




 私はぐっと親指を立ててそう言った。



 顔はできるだけ笑顔にして、じっと不安げなあなたの顔に可能な限りの友好を向ける。



 そうしたら、その子は案の定、不安に覆われた顔を、驚かせてあわあわと慌てた後、私の後ろにいる深想乃をじっと助けを請うようにみつめていた。



 うん、とりあえず、不安は取り除けたので、よし!



 「あー……そう言う人なんだよね。まなかさんって」



 私の背後から、深想乃の困ったような声が響いていた。



 


 ※




 「加島 恋々音さん? うん、いい名前だね、可愛い感じで」


 「あ……ありがとう……ございます」


 「ね、深想乃のどこが好きになったの? 抜けてるところ? 可愛いところ?」


 「え、えと、あの、私まだそこまでというか、この気持ちが恋かどうかも正直まだわかんなくて……」


 「そっか……初めてって言ってたもんね。いいね、人生で最初の想いだもんね……ちゃんと味わってね!」


 「え……あ、はい、ありがとう……ございます?」


 とまあ、そんなこんなで、加島 恋々音ちゃんと私はおしゃべりに花を咲かせていた。まあ、私の方が一方的に咲かせに行ってる感じだけど。


 風邪ひいてるし、多分あんまりおしゃべりが得意な子じゃないから、ある程度は加減して。話しやすい話題からできるだけ振っていく。


 彼女としては、私のことを未だに測りかねているだろうし、私のこともちょこちょこ話しながら、できるだけ彼女と仲良くなれるように言葉を紡いでいく。


 ああ、ちなみに深想乃は邪魔なので一旦退席してもらった。今頃、キッチンで聞き耳でも立てながら、買い込んできた食料の仕分けでもしてくれているんだろう。はは、聞き耳に忙しくて進んでなさそー。


 「あ、あのえと……」


 「ああ、愛華でいいよ? 西条 愛華。というか、苗字はまだ結婚したてで慣れてないからさ、愛華のほうがしっくりくるんだよね」


 「ま……愛華さんは、えと……」


 「…………」


 彼女は少し迷った後、意を決したように私を見た。


 顔を少し赤らめて、きっと普段なら押し殺してしまうような言葉を、溢れる恋に背中を押されながら。




 「深想乃さんのこと、どう想ってるんですか?」




 そう問うてきた。




 真っすぐな、すっと真っすぐな瞳だった。




 見つめていて心地がいいほどに。ともすれば愛しいと想えるほどに。



 

 深想乃のことに、そして何より自分の心に素直に従った言葉だった。




 そのまま答えてもいいのだけど、そしたらきっと私の背後で聞き耳を立てている誰かさんが盗み聞きしてしまうだろう。




 そうしたら、あの子また曇るんだろうなー。なんていうか、手間のかかる子だよねえ。




 だから私はそっと恋々音ちゃんの耳に口を添えた。




 はぐらかしてもいいけれど、この素直な言葉にはそのまま素直に返すのが礼儀でしょう。



 

 「深想乃のことはね―――好き





 「今でも、好きだよ。でもね―――深想乃が欲しい『好き』じゃあないんだ」




 「だから本当はね、私が手を離してあげた方がいいんだけど――—、惜しくて中々離せなくてさ」




 「だから―――、さっき恋々音ちゃんの話を聞いたとき、ちょっと―――安心しちゃった」




 「ねえ、恋々音ちゃん、応援してるよ?」




 「だから、あの子に―――私のこと―――忘れさせてあげて?」





 そう言って、私はそっと微笑んだ。

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