二章 片想いのようで両想いのよう

第15話 あなたを想う私と誰かを愛するあなた—①

 まなかさんの結婚式が終わって、数日が経ったある日、私達は電話で話をしていたんだ。


 その夜のことを、未だに私はよく覚えてる。


 あの時も確か、私は酒に酔っていたんじゃなかったっけ。


 でないと、あんなこと口走らない。


 既に誰かと添い遂げることを決めたあなたに向けて。


 『好きでした』


 なんて、未練がましいことを。


 泣きながら口にしない。


 そんなんだから、まなかさんにも言われてしまうのだ。


 『知ってたよ』


 そう。


 『でも、みその言わなかったじゃん』


 そう、なんだ。


 私は、結局。


 全部が手遅れになるあの時まで。


 一度だって。


 まなかさんに想いを伝えたことはなかった。


 聡いあなたは全てを察したうえで。


 『言いたくない』という私の意思を尊重してくれていたんだ。


 ……はは、いま想い出しても、笑えてくる。


 『想いは口にしないと伝わらない』、なんて、少し聡ければ小学生でも気づくような、そんな真理を。


 私は大人になってようやく理解していたんだ。




 ※




 「いや、毎回、急なんですよ。まなかさん」


 「だって、深想乃、急に来ないと逃げるでしょ?」


 まなかさんから、連絡がきたおよそ二時間後。


 私は玄関前で、想い人兼人妻のまなかさんと押し問答を行っていた。


 久しぶりに見た愛華さんは相変わらず見女麗しく……、じゃなくて、あったかめのコートを着ながら、両手のビニール袋一杯に何やら荷物を持っていた。ちらっと見ると、食料品やらなんやらが覗いている。


 ふんわりとしたロングヘアーを揺らしながら、私より少し低い目線をにこっと揺らしてこっちを見てきた。ついでに、私より随分と包容力に溢れたおむねがふんわり揺れた。コートの上からでも確かにわかるのはさすがというか、三十路ちかいのに、この魅力はやべーというか。自分の脳みそが一気に中学生くらいまで退化したのをひしひしと感じる。


 「というか、なんですか、その荷物」


 己の煩悩を振り払うべく、軽く頭を揺らしてそう尋ねると、まなかさんははてと不思議そうに首を傾げる。


 「くらっちから、連絡来てさ。昨日、深想乃が早引きしたから、看病にいってあげてくれーって、風邪ひいたんでしょ? 独り身ではさびしかろー、私は先週仕事納めだからね、面倒見てあげようと言うわけだ」


 ふんと誇らしげに胸を張って、まなかさんはそう捲し立てる。


 くらっち……うちの部長かよ、っていうか若干、誤解して伝わっていると言うか。


 「いや、風邪ひいたの私じゃなくてですね。というか、それ部長は知ってるはずなんですけど……」


 言葉にしてから、気付く。そういえば昨日、部長に妙な探りを入れられたっけ。あの部長、まなかさんに私の様子を探らせるために、わざと誤解するように伝えたんじゃないか……?


 「あれ……そうなの? そういや、なんか元気そうね?」


 私の様子を見て、まなかさんははてと首を傾げてくる。それから、何気なく私の額に手を当てて……。


 この人は既に誰かと添い遂げた人で、私のものではなく、既に終わった恋の相手で……。


 そこまで言い聞かせてもほおが熱くなるのだけは止まってくれない。腹立たしいほどに。


 「あの、まなかさん……」


 「やっぱ、熱くない?」


 「気のせいです!!」


 ああ、もうどこの誰のせいだと想っているんだ。


 「っぷふふふ、ごめんごめん。相変わらず深想乃は私のこと好きすぎでしょ」


 「…………」


 しかもご本人に自覚ありだし。


 相変わらず、悪意のない魔性の女みたいな人だ。え、それが一番質が悪いって? まあ、それは確かにそう。


 なんてひとしきり笑ってから、まなかさんは再び首を傾げ直した。


 「で、入れてくれないの?」


 軽くビニール袋を傾けて、肩をすくめるみたいなポーズで私を見てくる。


 ……うん、まあ、わざわざうちまで来てくれたんだ。途中、重い荷物を持って、わざわざ寒空の下。普段ならば入れることはやぶさかではないというか、もろ手を挙げて喜ぶんだけど、今日は……うーん。


 なんとなくだけど、加島さんの存在がバレるのはまずい気がする。


 「みーそーの」


 まずい……気はするのだが。


 「いーれーて?」


 ……。


 「だめ?」


 ………………………………。





 「どうぞ……」


 「いえい! おじゃましまーす」






 この人のお願いを私は……基本的に……断れない。



 はあ、ほんと、自分がいやになる……ね。








 ※

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