第7話 希一の選択

(これだ・・・・オレが選ぶべきなのは、これに違いない!)


大きく頷くと、希一は福から渡された耳飾りを小さく振った。

軽やかな鈴の音が響き渡ると同時に、福と楽が姿を現す。


「お決めになられたのですね?」

「どっちにしたの?」

「うん。オレは・・・・」


福と楽の視線を一身に受けながら、希一は口を開いた。


「どっちも選ぶ!」


とたん。

福と楽の視線が、興味津々の眼差しから呆れたようなものへと変わる。


「あなたが選べるのは1人だけですと、先ほどお伝えしたと思いますが」


心なしか、福の口調がひどく冷たい。


「でも、オレにはどちらか1人なんて選べないよ。だからさ、オレ、考えたんだ。叶えてくれる願いは『美人な彼女が欲しい』と『就職したい』だけでいいから、2人とも消えないでくれ!」

「それは無理だって」


苦笑を浮かべた楽が、希一の願いを即座に却下する。


「なんでだよっ!」

「お姉ちゃんの話、ちゃんと聞いてた?私達にはもう、2人が残れる力は残ってないの。だから、無理」

「だから、2つ叶えられる願いを1つずつにして・・・・」

「考えが安易過ぎます」


冷めた目で希一を見上げ、福が言った。


「願いを叶える力など、存在し続ける力に比べればほんの僅かな力に過ぎません。人間に忘れ去られた私達にはもう、2人共に残る力は残っていないのです」

「そんな・・・・」


希一が必死に思い描いた最良の未来が、ガラガラと音を立てて崩れ去る。


「なんでだよ・・・・お前ら対じゃなきゃ、だめなんじゃねぇの?!言ってたじゃねぇか。一対の神として奉られてたって。ダメなんだよ、片方だけ残ったって。なんでそんな事もわかんねぇんだよ・・・・」


楽を選んだ未来でも、福を選んだ未来でも、希一の妄想の中では、2人共に涙を流す結末にしかならなかった。


(それでも、どっちかを選べって言うのかよ・・・・)


肩を落として項垂れる希一に、楽が申し訳なさそうに声をかける。


「ごめんね、めんどくさいこと、選ばせちゃって。でも本当に、今の私達には2人で残る力は残っていないの。あなたが最後に私達を想ってくれたのは嬉しかったけど、あなた1人の想いだけでは、私達2人が残るにはとても・・・・」


この言葉に。

希一はふと、顔を上げた。


「オレ1人じゃ足りないってことは、もう1人いれば、足りるのか?」

「かもしれませんね。ですが」


ふっと外された福の視線を追えば、そこにあったのは、間もなく日付が変わることを告げている時計。


「残念です」


(いや、何か・・・・何か方法があるはずだ、絶対。絶対に2人とも残れる方法が・・・・)


「さぁ、もう時間がありません、選んでください。どちらになさいますか?」


静かな、だが若干の焦りが感じられる福の言葉に、希一は答えた。


「オレは、どっちも選ばない」

「・・・・は?」

「えっ、何言ってるの?」


驚く福と楽に、希一は言った。


「あんなくだらない願いなんて、叶えなくていい。その代わり、今のオレの記憶のまま、時間を戻すことはできないか?」


思いもしない言葉だったのだろう。

福と楽は戸惑いの表情を浮かべて、お互いに顔を見合わせていたが。


「半日程度であれば、おそらくは」

「じゃ、それで頼む」


福が、訝し気な目で希一を見る。


「あなたは一体何を」

「言わなきゃ、ダメか?」

「いえ、ダメ、という訳ではありませんが」

「じゃ、内緒だ」


ニッと笑い、希一は言った。


「絶対に、悪いようにはしない。約束する。だから、頼む。時間を戻してくれ」


深いため息の後、福は小さく頷き、言った。


「いいでしょう。楽、あなたも、いいですね?」

「うん、もちろん。だって、決めたでしょ。この人に託してみようって」

「そうね」


希一の目の前で、福と楽は互いに手を取り、まばゆい光を放ち始める。


「「あなたの願いを、叶えましょう」」


あまりの眩しさに思わず目を瞑った希一が次に目を開いたのは。

【本日最終日!】の旗が掲げられている宝くじ売り場の前だった。

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