第4話 妄想-楽を選んだ場合-
「な、なぁ。オレが選ぶまでの間、悪ぃけど、心ん中読まないでくれるか?」
「はい。では私達は暫し祠へ戻っております。今日中に、お決めくださいね。お決まりになりましたら、こちらを鳴らしてください。すぐに参りますので」
そう言うと、福は片耳の飾りを外し、希一へと手渡す。
それは少し揺らすと、澄んだ鈴の音がした。
「えー、決めるまでの葛藤も見てみたかったんだけど」
「行きますよ、楽」
口を尖らす楽の手を取り、福はニコリと微笑む。
「ではまた、後程」
そう言うと、2人の姿はその場から消えた。
「・・・・こんな風に消えられるなら、わざわざドアから入って来る事も無かったんじゃねぇの?」
2人の消えた場所を眺めながら、希一は思わずそんなことを呟く。
だが、時計を見れば、残された時間はそう多くは無い事に気付き、どちらを選ぶべきかを真剣に考え始めた。
最初に浮かんだのは、希一の好みにドンピシャの、およそ神様とは思えないような天真爛漫な振る舞いの、楽。
(もし、楽を選んだら、どうなるんだろうか・・・・)
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「ただいまー」
「お帰り、希一!」
「お帰り、パパ!」
「お帰り、お父さん!」
「お帰り、とーちゃん!」
クタクタに疲れて帰ってくると、楽と子供達が明るい笑顔で出迎えてくれる。
なかなか正社員の職につけない希一は、アルバイトの掛け持ちで何とか生活費を稼いでいる状態だった。
「希一、今月もうお金が残り少ないの」
「あれ?この間当たった宝くじは?」
「あんなのとっくに使っちゃったよ!だって、5等だったし」
希一の願い通り、宝くじは確かに当たるようになった。
それも、1度ではなく、買えば必ず、だ。
ただ、悲しかな、当たるのは1等ではない。
良くて4等、酷い時には6等だ。
その当選金額は、生活費のわずかな足しにはなるものの、とても豪遊できるような金額ではない。
「お腹すいた・・・・」
「はいはい、今ごはん作るから、待ってね」
今、引き続き暮らしているこの狭いアパートには、希一と楽、それから2人の子供が3人。4人目も既に、楽のお腹の中にいる。
そこに、福の姿は無い。
希一が楽を選んだ直後。福の姿は跡形も無く消えてしまった。
消え去るほんの一瞬。
福は、ホッとしたような、嬉しそうな、それでいて泣き出しそうな顔を見せた。
その顔は、暫くの間希一の頭から離れる事は無かった。
その後、楽は希一の彼女となり、今や希一の妻となっている。
これは、希一のたっての希望だった。
「希一のお願いは、『美人な彼女がほしい』だよね?で?具体的に誰なの?いいよー、誰でも。希一とくっつけてア・ゲ・ル」
楽はそう言ったのだが。
「オレ、楽がいい」
「えっ?」
「楽とくっつきたい」
「・・・・ええぇっ?!」
楽はその時、珍しく困った顔を見せた。
そんな表情でさえ、希一をドキッとさせるには十分すぎるほどに、楽は美人だ。
「誰とでもくっつけてくれるんだろ?」
「うーん・・・・」
「楽は美人なんだから、『美人な彼女がほしい』っていうオレのお願いにも、当てはまると思うんだけど?」
「・・・・まぁ、そうだけど」
「じゃあ」
「でもあたし、貧乏神だよ?」
「知ってるよ。それでも、楽と付き合いたい」
「・・・・みんな、最初はそう言うんだよね」
小さく呟き、何故か楽は悲しそうに笑った。
「あ~・・・・疲れた。ちくしょーっ、働いても働いても、金貯まらねぇな」
子供達を寝かしつけ、楽を抱きながらゴロリと寝転がった薄い布団の上で、希一はつい口にしていた。
非正規社員のため、正社員との待遇は雲泥の差。
加えて言えば、同じような仕事をしているにも関わらず、給料も、退職金すら雲泥の差だ。
楽の能天気なほどの明るさに精神的には救われてはいたが、このままでは、いつまでたっても生活が楽になる見通しなど立ちはしない。
「どうにかなんねぇかな・・・・」
「ごめんね、希一」
腕の中で、楽が珍しく沈んだ顔をして、ポツリと呟く。
「なにが?」
「希一がどんなに頑張ってくれても、この先お金持ちになることは、絶対に無いよ」
「え?」
「忘れたの?私、貧乏神なんだよ?」
「・・・・あぁ」
すっかり人間の生活に溶け込んでいたせいか、希一は楽が貧乏神であることなどすっかり忘れていた。
「そっか、そうだったな・・・・あはは」
笑って誤魔化しはしたものの、楽は悲しそうな顔をしたままだ。
それが、希一の胸に突き刺さった。
(違う。そんな顔するなよ、楽。オレ別に、貧乏だっていいんだよ。楽がいて、子供達がいてくれれば、それで幸せなんだ)
その気持ちに嘘など微塵も無かったのだが。
心の中では、やはり思ってしまうのだ。
『あの時、福を選んでいれば、もっと違う人生が送れたんじゃないだろうか』と。
「姉さんがいてくれれば、な・・・・」
希一の心の読んだのかどうかは分からなかったが。
希一の視界の隅で、楽の目から涙が一粒、零れ落ちた。
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