第4話 妄想-楽を選んだ場合-

「な、なぁ。オレが選ぶまでの間、悪ぃけど、心ん中読まないでくれるか?」

「はい。では私達は暫し祠へ戻っております。今日中に、お決めくださいね。お決まりになりましたら、こちらを鳴らしてください。すぐに参りますので」


そう言うと、福は片耳の飾りを外し、希一へと手渡す。

それは少し揺らすと、澄んだ鈴の音がした。


「えー、決めるまでの葛藤も見てみたかったんだけど」

「行きますよ、楽」


口を尖らす楽の手を取り、福はニコリと微笑む。


「ではまた、後程」


そう言うと、2人の姿はその場から消えた。


「・・・・こんな風に消えられるなら、わざわざドアから入って来る事も無かったんじゃねぇの?」


2人の消えた場所を眺めながら、希一は思わずそんなことを呟く。

だが、時計を見れば、残された時間はそう多くは無い事に気付き、どちらを選ぶべきかを真剣に考え始めた。

最初に浮かんだのは、希一の好みにドンピシャの、およそ神様とは思えないような天真爛漫な振る舞いの、楽。


(もし、楽を選んだら、どうなるんだろうか・・・・)



******************************


「ただいまー」

「お帰り、希一!」

「お帰り、パパ!」

「お帰り、お父さん!」

「お帰り、とーちゃん!」


クタクタに疲れて帰ってくると、楽と子供達が明るい笑顔で出迎えてくれる。

なかなか正社員の職につけない希一は、アルバイトの掛け持ちで何とか生活費を稼いでいる状態だった。


「希一、今月もうお金が残り少ないの」

「あれ?この間当たった宝くじは?」

「あんなのとっくに使っちゃったよ!だって、5等だったし」


希一の願い通り、宝くじは確かに当たるようになった。

それも、1度ではなく、買えば必ず、だ。

ただ、悲しかな、当たるのは1等ではない。

良くて4等、酷い時には6等だ。

その当選金額は、生活費のわずかな足しにはなるものの、とても豪遊できるような金額ではない。


「お腹すいた・・・・」

「はいはい、今ごはん作るから、待ってね」


今、引き続き暮らしているこの狭いアパートには、希一と楽、それから2人の子供が3人。4人目も既に、楽のお腹の中にいる。

そこに、福の姿は無い。

希一が楽を選んだ直後。福の姿は跡形も無く消えてしまった。

消え去るほんの一瞬。

福は、ホッとしたような、嬉しそうな、それでいて泣き出しそうな顔を見せた。

その顔は、暫くの間希一の頭から離れる事は無かった。


その後、楽は希一の彼女となり、今や希一の妻となっている。

これは、希一のたっての希望だった。


「希一のお願いは、『美人な彼女がほしい』だよね?で?具体的に誰なの?いいよー、誰でも。希一とくっつけてア・ゲ・ル」


楽はそう言ったのだが。


「オレ、楽がいい」

「えっ?」

「楽とくっつきたい」

「・・・・ええぇっ?!」


楽はその時、珍しく困った顔を見せた。

そんな表情でさえ、希一をドキッとさせるには十分すぎるほどに、楽は美人だ。


「誰とでもくっつけてくれるんだろ?」

「うーん・・・・」

「楽は美人なんだから、『美人な彼女がほしい』っていうオレのお願いにも、当てはまると思うんだけど?」

「・・・・まぁ、そうだけど」

「じゃあ」

「でもあたし、貧乏神だよ?」

「知ってるよ。それでも、楽と付き合いたい」

「・・・・みんな、最初はそう言うんだよね」


小さく呟き、何故か楽は悲しそうに笑った。



「あ~・・・・疲れた。ちくしょーっ、働いても働いても、金貯まらねぇな」


子供達を寝かしつけ、楽を抱きながらゴロリと寝転がった薄い布団の上で、希一はつい口にしていた。

非正規社員のため、正社員との待遇は雲泥の差。

加えて言えば、同じような仕事をしているにも関わらず、給料も、退職金すら雲泥の差だ。

楽の能天気なほどの明るさに精神的には救われてはいたが、このままでは、いつまでたっても生活が楽になる見通しなど立ちはしない。



「どうにかなんねぇかな・・・・」

「ごめんね、希一」


腕の中で、楽が珍しく沈んだ顔をして、ポツリと呟く。


「なにが?」

「希一がどんなに頑張ってくれても、この先お金持ちになることは、絶対に無いよ」

「え?」

「忘れたの?私、貧乏神なんだよ?」

「・・・・あぁ」


すっかり人間の生活に溶け込んでいたせいか、希一は楽が貧乏神であることなどすっかり忘れていた。


「そっか、そうだったな・・・・あはは」


笑って誤魔化しはしたものの、楽は悲しそうな顔をしたままだ。

それが、希一の胸に突き刺さった。


(違う。そんな顔するなよ、楽。オレ別に、貧乏だっていいんだよ。楽がいて、子供達がいてくれれば、それで幸せなんだ)


その気持ちに嘘など微塵も無かったのだが。

心の中では、やはり思ってしまうのだ。


『あの時、福を選んでいれば、もっと違う人生が送れたんじゃないだろうか』と。


「姉さんがいてくれれば、な・・・・」


希一の心の読んだのかどうかは分からなかったが。

希一の視界の隅で、楽の目から涙が一粒、零れ落ちた。

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