第18話 グリズリーベアだね 

ばきばきばきばきばきーーーーっ!



眼の前の大木をなぎ倒して現れたのは、クマだった。

もちろん、魔物のクマだけど…



グリズリーベアだっけ?

たしか、地球のクマさんと同じ名前だったはず。

まあ、自動翻訳のせいだとは思うけど…



何を思ったのか。



グリズリーベアは、姿を見せるなり、オレの目の前で急制動をかけた。



ずざざざざざざざざざーーーーーーーっ!



このへんはね。

オレが、土を【転送】してたから、けっこう整地されてるんだよ。



助かったよ。



木の枝とか、いろいろ弾き飛ばされてたら、まずかったかも…。

頑張っておいてよかったよ。



ずりずりずりずりずりーーーーーーーっ!



止まりきれないのか。

グリズリーベアは、オレの眼の前で、ドリフトしながらテールスライドした。



そして…



目と鼻の先で、オレに、おしりを向けたまま、ようやく停止した。

やや、うずくまってるはずなのに、短い尻尾がはるか頭上に見える。


コレ、もう、2トントラックくらいのデカさじゃない?

オレって、危うく、2トントラックにかれるところだったの?



「キュルキュルっ!」



頭の上から、怒ったような鳴き声が聞こえてきた。

さっきのシマリスだ。

いつの間にか、オレの頭上に避難していたらしい。

2トントラックに向かって怒ってるの?

いい度胸してるね。コノ、げっ歯類…




「ぐるるる……」



グリズリーベアは、こちらのようすを伺ってるのか。

お尻越しに、おずおずと振り返った。



目が合っちゃったよ。

もちろん、クマと。



「グルッ、グルルゥーーーー!」



なんか、オレをじっと見たと思ったら、急に怒りだしたよ。



シマリスもそうだったけど…。



【異世界】でのオレの言語能力って、【情報カルマの集合体】をデータベースにしてるはず。

アレって、《アカシックレコード》みたいなモンだから、動物や魔物の思ってることが、なんとなく伝わってくるのかもしれない…




「ヴゴオオオオオオーーーーーーーッ!」




まるで、だまされたって思って、憤慨してるみたい。



さっき、オレに、このクマを押しつけて、頭上を飛び越えた男もそうだったけど。

たぶん、魔力量で判断したせいで、オレのことを、なんかすごい魔道士…とでも思い込んだのだろうと思う。


魔力量っていうのは、オレの【存在の器】に基づいているからね。

そういうのを、感じ取れるヤツなら勘違いするかもしれない。

まあ、ある意味、手練てだれって呼ばれてる連中だろうけど。

魔物は、とうぜん、魔力量に敏感だしね。




「ヴゴオオオオオオーーーーーーーッ!」




オレが、子どもだと知ったせいか、すっかり調子を取り戻したぞ。

グリズリーベアは、仁王におう立ちになって、まえあしをぐわっと振り上げた。



コレは、デカい。



2トントラックが立ち上がったんだから。

デカいに決まってるよね。


いっしゅん、トラン◯フォーマーを思い出したよ。



困ったな。



今のオレの能力では、このサイズを【転送】することはできないし…



うん。



ここは、やはり、すみやかに【帰還】しよう。

シマリスさえ連れてかえれば、柑子ちゃんも喜んでくれるだろう。



早く帰って、お風呂にでも入ろう…と、【帰還】を念じ始めたときだった。



『…真一。後ろの人たち、助けてあげないの?』



柑子みかんちゃんが、ぽつりと言った。



柑子ちゃん。

今のオレは、【レベル5】で、【HP15】なんだよ。

シマリス連れて帰るだけで精一杯だよ。



『いま…、見捨てる…と、あとで…後悔する…気がする』



橙花とうかちゃんまで…。



でもね。橙花ちゃん。

オレ自身は、ぜんせん後悔しないよ。


オレはさ。


ウチのコ以外のニンゲンなんて、どうでもいいって思ってるからね。

でも、それは、言わないほうがいいよね。



…ふう。



しかたがないな。



もう、グリズリーベアのまえあしが、うなりを上げて迫ってきているし…。



初めて発動するのに、このシュチエーションってないよね。

まあ、死んでも復活できるから…いいか。



オレは、振り下ろされたデカイまえあしに向かって、左手を伸ばした。



迫りくる巨大な肉球が、オレの視界いっぱいに広がった。

風圧だけでも、飛ばされそうだよ…



(転移ゲート…展開)



そう唱えた瞬間。



オレの左手の前に、2メートル四方の光の壁が現れた。



ぶうううーーーん!



しかし、クマのぶっとい爪が、その光の壁を突き抜けた。



やべえ、間に合わなかった…と、思ったとたん。



グリズリーベアのまえあしの先が、光の粒子に変換された。

その光は、たちまち、グリズリーベアの全身に広がり…。

2トントラックほどの質量が消失した。



【転移ゲート】の座標に入ったと判定されたから、【境界】に送られたらしい。

いちかばちかって感じだったけど、うまくいったよ。



ちなみに、すでに、橙花ちゃんが、魔力抽出専用の【境界】を増設してくれてるはず。

橙花ちゃんは、天才科学者っぽい設定なんだよね。


ほら、いるでしょ。


ちょっと言葉遣いが、たどたどしい感じの不思議ちゃんなんだけど。

その実態は、天才科学者で、さらに美少女って。

アニメなんかでも、よく出てくるじゃない?

ちょっと、ステレオタイプぽいけど、そんな設定なんだよ。


だからね。


グリズリーベアは、そっちの【境界】へ自動的に送られてると思う。

あのガタイの大きさだからね。

きっと、たくさんの余剰魔力を、オレたちにみついでくれると思うよ。



「キュッキュッ…、キューーーッ!」



お前、まだ、いたの?

シマリスの声が、頭上から聞こえてきたよ。

ちょっと、勝ち誇ったような声に聞こえるんだけど…。



初めて展開したからかな。

【転移ゲート】が、あやしく、明滅しはじめた。


カラータ◯マーなの?

まだ、3分ってないよ。



明滅が激しくなり、今にも消えそうになった瞬間。



「「「ミュー、ミュー」」」



足元から鳴き声が聞こえてきた。

見ると、3匹ほどの子グマが、消えかかった【転移ゲート】に飛び込んでいった。

もしかして、母グマの後を追って行ったのかな。



「キュルル!」



何を思ったのか。

頭上のシマリスまで、あわてて、消えかけた【転移ゲート】に飛び込んでいったよ。

なんで、お前まで?

お前、子グマのオトモダチなのか?



まあ、柑子ちゃんが待ってるから、ラッキーってことでいいけどさ。



…………



グリズリーベア母子おやこも、シマリスもいなくなったので、オレは、今度こそ【帰還】しようとしたんだけど…。



「…どうしよう。血が止まらないわ」


「くそっ!ポーションが、ぜんぜん足りねえ!」



後ろから、悲痛な声が聞こえてきた。



…だろうね。

見れば、あちこち、えぐり取られてるからね。


あのグリズリーベアの、パンチを食らって、まだ、生きてるほうが奇跡だよ。



とにかく、コレ以上は、かかわらないほうがいいね。

今なら、『なんか奇妙な子どもがいて、グリズリーベアと一緒にどっかに消えちゃったよ』…みたいな話で済みそうだもんね。



そう思って、【帰還】しようとしたんだけど…



『なんとかしてあげて…。真一くん』



真白ちゃんの声が聞こえてきたよ。



……くっ



どうして、こう、ウチのコたちは、やさしいんだろうね。

オレは、他人なんてどうでもいいのにね。



しかたがない…



オレは、【倉庫】からポーションを、ごそごそ取り出した。

もちろん、【万物創造】で創ったものだよ。




オレたちは【不老不死】だし、【病気】も【ケガ】もしないからね。

これからは、もう、必要ないとはわかってたんだけど…


つい、以前の癖で、山ほど創っちゃったんだよ。

ポーションって、命綱みたいなモンだったからね。

まあ、創ったって言っても、お祈りしただけだけど…



「お姉さん…、コレ、片っ端から、体中にふりかけて…」



オレは、お姉さんに近づくと、ポーションの小瓶こびんをがらがらと転がした。



もう一人は、怖そうなおっさんだったからね。

スルーして、お姉さんに頼んだんだよ。



「…これは、ポーション。こんなに?」



お姉さんは、足元におかれた小瓶の数を見て、目を丸くしていた。


返事をしてる時間もしいし、何でこんなにたくさんあるのか聞かれても、答えようがないからね。

スルーして、血みどろのお兄さんに、どばどば振りかけたよ。


コレ、エリクサーじゃないからね。物量作戦だよ。

それでも、こっちの世界のポーションとは品質が違うはずだから、全身にぶっかけちゃえば、なんとかなると思うんだよ。



1本、2本、3本、4本、5本…



小瓶だからね。

すぐなくなっちゃうよ。



今度から、ペットボトルか、1リットル瓶にでも創ろうかな。



「あ、ありがとう!」


「…すまねえ、助かる!」



お姉さんも、おっさんも、ためらわずにドバドバかけ始めた。



10本、11本、12本…



ホントならね。

2〜3本くらいでも効果があると思うんだよ。



でも、服に血がこびりついてるし、あちこち、お肉も削れてるからね。

服を脱がせて、傷口に直接かけることができないんだよ。



それに、ポーション使っても、最終的に治すのは、自然治癒力でしょ。

大量の魔力(魔素)と薬効で、治癒力をゴリ押しする感じ?


いくら魔力(魔素)の濃厚な森の中とは言ってもね。

たぶん、大気中の魔力(魔素)じゃ、間に合わないと思うんだよ。

量的っていうより、スピード的に…だね。

のんびりしてたら、死んじゃうからね。

あちこち削り取られた患部も、復元しないといけないしね。


だから、いまは、全身に、どばどばかけるしかないんだよ。


それに、急がないといけない理由は、ほかにもあるし…



以前のオレなら、治癒魔法で治せたんだよ。

オレの【MP】を、がばがば注ぎ込みながら、強い魔法で再生させればいいんだからね。

けど、いまは、なにしろ【G】ランクだからね。

【治癒魔法】をかろうじて発動できたとしても、コレは治せないよ。



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