第19話 何とかなったよ

17本、18本、19本…


そして、20本目を振りかけた時だった。


血みどろのお兄さんの全身が、ぼうっとした金色の光に包まれた。

なんか…、エリクサーぽい反応だよ。


もともと、【霊力体】だったポーションだからね。

けっこう、地面に流れ落ちたとは言っても、このくらいたくさん使うと、エリクサーみたいな効果を、強引にひき出せたのかな?


へこんでいたお肉が、あちこち盛り上がってくるのが、服の上からでもわかるよ。



「うーん。…なんとかなったみたい」



おっさんも、お姉さんも、とても信じられないって顔で、お兄さんをじっと見ていた。

そうだよね。ふつうなら、諦めてたところだからね。



「かなり血を失ってるからね。しばらく安静にしておかないとダメなんだけど…」



「コレだけの出血だ。グリズリーベアの気配が消えたとわかったら、たちまち、魔物が集まってくるぜ」



血溜ちだまりを見下ろしながら、おっさんが舌打ちした。



「早く、ここから離れないといけないけど…」



でも、いま、無理に動かすのはキケンだとわかってるんだろう。

肉体を強引に復元したばかりだからね。

お姉さんが、悔しそうに唇を噛み締めた。



「なんとかならねえか?」



おっさんが、オレの目をじっと見つめて言った。


うーん。やっぱり…。


コノおっさん、さっき、オレがグリズリーベアを【転移】させたことに気づいてるね。

どさくさに紛れて、急にどっかへいっちゃった…とか、適当なこと言おうかと思ってたんだけどさ。


まあ、急に消えたんだから、気づくのが当たり前か。



「…さっきのは、【空間魔法】ってヤツじゃないのか?」



ああ…、コレはもう、わかってるね。

こうなると、どうしようもないよ。

ここで見捨てると、ウチのコたちも悲しむだろうしね。



「…そうだよ。だから、コノお兄さんを、一時的に、別の空間に移すよ。そこでなら、安静にしておけるし…」



もちろん、【境界】のことだよ。

こういう時も、ある意味、《マジックバック》の代わりになるよね。



「…すまねえな。この恩は必ず返す。だからなんとか頼む」



おっさんが、申し訳なさそうに頭を下げた。

オレが、さっさと姿をくらまそうと、機会を伺っていたことに、気づいていたんだろうね。



お姉さんは、オレとおっさんの会話についてこられないのか。

ただ、おろおろしていたよ。


それでも、そのうち、この血みどろ兄ちゃんを安全に運べると知って、ほっとしてるみたいだった。



………



………




「なんか悪いね…」


オレは、お姉さんの肩越しに、ぽつりと言った。


たしかに、オレは、【HP1】からは脱却した。

さらに、スローなジョギングさえ可能となった。

転んだくらいでは、死なない体に鍛え上げて?いた。


でもね。


さすがに、この森の中を早足で歩き続ける体力は、まだ、ないんだよ。


そうなんだよ。


オレがへたばったら、お姉さんがおんぶしてくれたんだよ。

それなりに体格のいいお姉さんだから、軽々とおぶってくれてるよ。

太ってるとか、マッチョって意味じゃないよ。


出るトコ出て、引っ込むところはちゃんと引っ込んでる、ナイスな体型だよ。

大人っぽい女の人って、しばらくぶりに見たから、ちょっと新鮮。

おまけに、密着してるしさ…。


もちろん、どさくさに紛れて、おっぱいに手をのばしたりなんかしないよ。

ウチのコたちが見てるからね。



「…まったく。グリズリーベアをあっさり消し飛ばすほどの大魔道士殿が、虚弱体質とはな」



となりで、おっさんが苦笑した。

もちろん、いやな感じはしないよ。



「…魔道士じゃないよ。無職だよ。知ってんでしょ?」



さっき、オレに鑑定かけてたからね。

ふたりとも鑑定持ちだったのは、ちょっと驚いたよ。



「でも、10歳なのに、【体力】が【G】ランクっていうのも、めずらしいわね。どこかの大店おおだなの、お坊っちゃまなのかしら…」



お姉さんが、クスクス微笑った。



「オレは、お坊っちゃまじゃないよ。…それと、真一で。呼び捨てでいいよ」



オレは、おっさんの顔も見ながら言った。

今までは、のんびり自己紹介なんてしてる雰囲気じゃなかったからね。



「それなら、わたしは、ソールでいいわ」



「うん。ソールさんって呼ばせてもらうよ。それから…」


オレは、おっさんの顔を見て言った。


「…おっさんは、領主様って呼べばいい?」



おっさんは、ちょっとだけ驚いた顔をした。

バレてないと思ってたんだね。

まあ、見かけも言葉遣いも、まるっきり冒険者だからね。


「ほう…。鑑定でも…したのか?」


「ポーション掛けてた時にね。…まあ、お互い様…でしょ」



おっさんは、首をかしげた。

でも、目つきが、ちょっと怖いぞ。



「(鑑定で)見られたら、すぐに気づくはずなんだが…な」


「私も、まったく気がつきませんでした…」



なるほどね。


オレの鑑定は、【根源世界】の能力だから、相手に気づかれないんだね。

コレは、けっこう便利かも…



「さっきは、それどころじゃなかったから…、じゃないの?」



もちろん。適当にはぐらかすよ。



「…ふふふ、そういうことにしておいてあげるわ」


「まあ、いまさらだし…な」



ふたりとも、別の意味で納得してくれたみたい。

まあ、いいか。

いろいろと聞かれるほうが、めんどうだし…。



…………



しばらく、森の中を進むと、いつも広場に出た。


昨日まで、オレがコツコツと掃除?していた広場だよ。

もう、裸足でも歩けるんじゃかな。

小石ひとつ落ちてないからね。



広場の隅っこに目をやると、馬が3頭、のんびりたたずんでいた。

オレが、キレイにしたから、さぞかし気持ちよく過ごせたろうね。



ここで、ソールお姉さんから、馬に乗り換えることになった。

でも、もちろん、お姉さんとの二人乗りだよ。


さっきまでは、お姉さんの背中に密着してたけど…。

今度は、前に乗せてもらったからね。

お胸と密着することになったよ。



オレが、背中を押しつけて密着したわけじゃないよ。

大怪我したお兄さんのこともあるからね。

けっこう、馬を飛ばしたんだよ。

だから、結果的に、密着せざるを得なくなったんだよ。ホントだよ。



【思念体通信】ってのがあるんだから、とうぜん、【根源世界】とも、ウチのコたちとも、《パス》が通ってるんだと思う。


そのせいかな。


なんかこう、ウチのコたちの、ふつふつとした苛立いらだちの波動?が伝わってくる気がしたよ。

でも、コレ、不可抗力だから、しかたがないよね。



ちなみに、あの広場だけど。

とうぜん、おっさんの領地で管理してる野営用の広場でね。


なぜか、オレが、掃除していたことがバレちゃった。

でも、あとで清掃料もくれるんだって。

まあ、結果オーライだね。




…………




しばらく馬を飛ばしていると、街の城壁が見えてきた。

ここまでは、運がよかったよ。

誰とも出くわすことがなかったから。



でも、城壁の付近には、馬車や人影が、ちらほらと見える。

それなりの大きな街だからね。とうぜんだね。



おっさんは、馬を止めると、オレに向かって言った。



「ここで、マーニを出せるか?」



マーニっていうのは、もちろん、血みどろ兄さんのことだよ。


そうだよね。


領主が、部下ふたりを連れて森へ行ったのに、帰りは、ひとりに減っていたら、大騒ぎになるもんね。

このあたりで、無理にでも、馬に乗せてしまう方がいいよね。



「うーん。多分、大丈夫だと思うけど、ちょっとようすを見てくるから、ここで、待っててくれる?」



「…待つ? わ、わかった。しばらくここで待とう。…よろしく頼む」


「うん、じゃあ、ちょっと行ってくる」


オレは、そう言い残して、馬上からそのまま【帰還】した。

ソールお姉さんの表情かおは見えなかったけど、心配そうな気持ちは、お胸の感触を通して伝わってきていたよ。




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