第14話 転移

「それじゃあ、さっそく…」


真白ちゃんが、そう言って【境界】を創った。

【能力】を共有していると、こういう時、便利だよね。


すると…


ぴこんって音がして、【万物創造】の画面にタブがついた。


それから…


もう一度、ぴこんって鳴って、【境界管理】のタブが増えた。



目の前には、直径30センチくらいの透明な球体が、ぷかぷか浮かんでいる。



「これが【境界】なの?ちっさいね!」


柑子ちゃんが、球体を指さして言った。



『それは、《象徴》であって、【境界】そのものではありません。

 まあ、アイコンみたいなものです。

 それに触れることで、【境界】へ移動できます』



「じゃあ…、まず、ボクが押してみ…」


そこまで言ったかと思うと、柑子みかんちゃんが、しゅって感じで吸い込まれるように消えちゃったよ。



「おおーっ!」


「なんか、すごいですね」


「たしかに…、コレは…、ファンタジー…」



感心しながら触れると、オレたちも、移動したらしい。

真っ白な世界に出た。



「また、真っ白だよーっ!」



『ふふふ…。そんなことはありませんよ。

 【境界管理】の画面を開いて、【疑似透過】を選んでみてください』



「ああ…、コレだね!」



さっそく、柑子ちゃんが、操作した。

よほど、自分がやりたかったみたいだ。



すると…



「「「わあーーーっ!」」」

「こりゃ、すごい!」



コレは、さすがに驚いた。



「コレって…、森の…なか…?」



橙花とうかちゃんが、あたりを見回しながら言った。



「たしかに、森だね…」



周囲は、樹木に取り囲まれ。

空には、蒼白い月が二つ浮かんでいた。



『もちろん、本当に森のなかに入ったわけでありません…』



それは、わかる。

だって、地面がいまだに真っ白なんだもの。

コレって、けっこうシュールだよね。



「…ってことは、映像の類なの?」



『そう…ですね。映像というのが、いちばんぴったりでしょうか。

 今は、こうして森の中を映し出していますけれど…、

 あなたがたが、【外界】に出て、あちこち移動すれば、移動先の光景に変わりますから…』



じゃあ…、やっぱり映像なのか。

その上、追尾機能付き?…



そして、今、映し出されているこの世界が…



『…そうです。あなたに【縁】のある【異世界】ということです。

 見覚えがあるかどうかは、わかりませんけれど…』



「…うーん。見覚えはないね。だいいち、コレ、森の中だし…。

 それに、自分がかつて居た異世界だとしても、その世界のことを、隅々すみずみまで知ってるわけでもないし…」



地球だって同じだよね。

とつぜん、アマゾンのジャングルを見せられてさ。

『見覚えある?』なんてたずねられても、『ない』としか言いようがないもの。




「じゃあ…、オレもさっそく…」



そう言って、オレは、【転移】した。

もちろん、【外界】へだよ。



どの【異世界】なのかは、わからなくても…

【異世界】自体が、怖いわけじゃないからね。

ただ、ニンゲンのしがらみが不快なだけだ。




ほんの一瞬のゆらぎのあと。

オレは、森の中にいた。


眼下には、たしかに、土の地面。

蒼白い月明かりのせいか…

雑草やら、落ち葉やらが、かろうじて見える。



異世界っていう、いわば、ふつうの世界にいるのに…

身体からだ】がないっていうのは、妙な気分だよ。



たぶん、幽体離脱とかしたら、こんな感じかもしれないね。



ぴこん!



手元の画面に、今度は【転移】のタブが増えていた。

【思念体モード】って項目が、すでに、アクティブになってる。


…ってことは、この【身体】のない状態が、【思念体モード】なんだね。




もうひとつ。



【魔力体モード】があるんだけど、コレは、まだ、グレーアウトしてて、さわれないみたい。


その下に、両手を広げた、人体のシルエットが描かれていて、そして、わずかに、くるぶしの下くらいまで、紅く光っていた。



まもなく…



【導く者】さんの声が脳内に響いた。

【歴劫の試練】ときから、そうだったから、別に驚いたりしないよ。



『その【人体ゲージ】に、赤い光が満ちた時、【魔力体】の【身体】が構築可能になります。

 まだ、しばらく、時間がかかりそうですね。


 とくに、いちばん最初は、やや時間がかかります。

 この世界が、あなたを、自分の一部として認めるための時間…とでも思ってください。

 それに、なにしろ、あなたは【存在の器】が大きいですからね。

 いっそう時間がかかるのは、しかたのないことです』



なるほどね…。



【歴劫の試練】の時は、【転移】じゃなくて、【転生】だったから、この幽体離脱みたいな状態は、初体験だね。



すると、また、ぴこんって鳴って…



【人体ゲージ】のその下に、【思念体通信】っていう項目が現れた。


コレは、すでにアクティブになってる。



『わわっ!森の風景に、音声も加わったよ!』


『うん…。ちょっとした…サラウンドだ…ね』


柑子ちゃんたちの声が、聞こえて来たかと思うと…


『真一くん。真白です。聞こえていますか?』


真白ちゃんが、話しかけてくれた。さすが、真白ちゃん。冷静だね。


「うん。ちゃんと聞こえてるよ」


「真一くんの姿が、見えないんですけど…、どこにいるのですか?」



オレは、【魔力体モード】と【人体ゲージ】のことを、手短に説明した。

現在は、【思念体モード】であることも…。



「わわっ!こっちにも【転移】タブが出来て、真一の表示が出てきたよ!」


「これなら…、真一の…状態も…わかって、…安心」


「私の手元にも、同じタブが出てきました。少し、タイムラグがあるみたいです。いちばん最初だから…かもしれませんけど…」



ウチのコたちとのやりとりが一段落するのを、待っててくれたのか。

再び、【導く者】さんの説明が始まった。


 

『【思念体モード】のままでは、ただ、知覚や移動が可能なだけです。

 この世界に対して、何の影響力ももちません。

 その代わり、この世界からも何の影響も受けないのです。

 あなたには、私の言いたいことがわかりますよね』



うん。わかるよ。



相手から攻撃を受けることもないけど、こちらから、攻撃することもできないって感じだね。

高速移動・偵察・隠密専用ってとこかな。


うーん。


つい、戦いにからめて考えちゃったけど、もう、これからは、わざわざ戦う必要はないんだよね。

まあ、相手から仕掛けられたら、やるしかないけどさ。



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