第9話 ウチのコ②

今、眼の前には、ふたつの画面が並んでいる。


もちろん、ひとつは、ゲーミングノートの画面。



【FSO(ファンタジック・ストーリー・オンライン)】っていうネトゲのタウンでたたずむ、【真白ちゃん】がアップで映ってる。



【真白ちゃん】は、もちろん、オレがキャラクリした自キャラだよ。



長い銀髪が、ゆらゆらと揺れて、わずかにタレ目気味の碧眼が、オレをやさしく見つめている。



やがて…



『待ってたよ。真一くん。きょうは、何をして遊ぶの?』



そんな愛らしい声が、(脳内に)聞こえてきた。


…そう。


残念ながら、脳内だけなんだよ。



【FSO】は、どういうわけか。ギャルゲーじゃないからね。



たしか…。



MMORPG?



だから、真白ちゃんの声が、スピーカーから流れてくることはないんだ。


でも、それは、些細なこと。


真白ちゃんの愛らしい声は、ちゃんとオレのハートに届いているから…ね。



ほ、ほんとだよ…。




でも、こうして、真白ちゃんに見つめられていると…



………



ああ…、かわいいなあ…。



………



………



………



……はっ!



いけない。いけない。

また、つい、見とれてしまったよ。



ウチのコたちはね。

ほんとにかわいいんだよ。



だって、何度も何度もリメイクしたんだから。

正確な回数は覚えていないけれど、少なくともひとりにつき、数十回は手を加えたはず。



………



キャラクリの奥は深い…。



もちろん、リメイクするたびに、ウチのコたちは、いちだんと愛らしくなった。



でも、人生という航海には、追い風の時もあれば、向かい風の時もあるんだよ。



だから。



ときには、行き詰まることもあったよ。

自分のキャラクリ才能に自信がもてず、自分自身が信じられなくなったことも、何度もあった…。

しょせん、オレには、かわいいコなんて創れないんじゃないか…って。



キャラクリは、自分との闘いだよね。



それは、自分の《感覚》との闘い。


リメイク直後は、最高の出来栄えだ…と感動しても、翌朝には、失敗だったと…愕然がくぜんとすることも多い。



…そう。



自分の《感覚》を《リフレッシュ》できないために、リメイクしたキャラを、心を無にして、見直すことができなかったんだ。


惰性に流された《感覚》では、キャラの真の姿を感じ取ることはできないんだよね。



《リフレッシュ》とは、すなわち、己を捨てることだよ。



《現在》という時が、いっしゅんの後には《過去》へと押しやられるように。

キャラクリの道を歩むと誓ったゲーマーたちは、たえず、《今の自分》を捨て去って、《新たな自分》をつかみ取らなきゃならないんだよ。



えーと。たしか…。



『湯之盤銘曰、苟日新、日日新、又日新』…だったかな。


とうばんめいいわく、まことに日に新たに、日日に新たに、また日に新たなり、と)



漢文の参考書に書いてあったような?

まあ、オレ、日本にいた頃は、ふつうの高校生だったからね。


ぼっちでも、引きこもりでも、パンデミックの時代では、《ふつう》でいいんだよね?



漢文の参考書って聞いて、ビビる人もいるかもしれないけど、あんなものは《面白い読み物》って思えばいいんだよ。


無理しないで、《日本語訳》を読んだらいい。

中国四千年の智慧が詰まってるんだから、面白くないはずはないんだよ。

それで、たまに気が向いたら漢文も読めばいい。

漢文の口調って、ちょっとかっこいいでしょ。




うーん。



たしか、コレって、大昔の中国の王様の、専用洗面器?に書いてあった言葉だったかな?



まあ、細かい事はアレとして…



まさしく、これこそ。

ゲーマーの心構えを看破した言葉だと思うんだよ。






思わず、キャラクリの道を、熱く語ってしまったけど。



そうそう。



眼の前に並んでいる画面のことだったよね。



ひとつは、真白ちゃんが映っているゲーミングノートの画面で。


そして、もうひとつは。


【万物創造】の透明な操作画面が、浮かんでいるんだ。



結局、デパートが完成するのに、一週間もかかってしまった。

でも、その間も、同時に、いろんなものを創ってたからね。


今では…


【万物創造_Lv20】になったよ。


だから、【万物創造】のメニューも増えたんだ。


まず、【移動】っていうのが生えてきた。


そりゃそうだよね。

デパートなんて、ちょっと押したくらいで動くはずないんだから。

必ず、コマンドっていうか、メニューが必要だよ。



それから。


眷属けんぞく創造】ってのが増えた。



だから、じつは、今までのレベルでは、ウチのコを創ることはできなかったんだよね。


【導く者】さんも、教えてくれたらいいのにね。


【歴劫の試練】の間も、そうだったよ。

いろいろ教えてはくれるんだけど、放置されてることも多いんだよね。

まあ、自分で試行錯誤しなさい…ってことなんだろうけどさ。



眷属けんぞく創造】には、最初からメニューがあったよ。


①【能力を共有する】

②【情報カルマを共有する】の二つだよ。


じつは、ほかに、③【情報カルマに接続する】ってのもあるんだけど、コレはなぜか、グレーアウトしてさわれない上に、すでに、チェックが入ってるんだ。


たぶん、選ぶまでもない必須の選択肢なんだろうね。

接続しないと、共有もできないだろうし…。

まあ、いまのところは、そう思うことにしたよ。



①【能力を共有する】っていうのは、ウチのコたちも、オレと同じように【万物創造】とかができるようになることなんだろう。

コレは、とうぜん、チェックを入れるよね。



あと…。



「②【情報カルマを共有する】ってあるけど、共有しなかったらどうなるの?」



こればかりは、【導く者】さんにたずねた。



だって、コレって、【記録カルマの集合体】からデータをひき出すことじゃないよね。

記録カルマの集合体】なしでは、何も創れないんだから、あらためてメニューで選択するわけがないもの。



そうなると。



情報カルマ】って表記ではあるけど、【カルマ】っていえば、【悪業あくごう】とか【宿業】とかって意味もあるよね。

ウチのコに、オレの【悪業あくごう】を共有させるわけにはいかないよ。



『…そうですね。もし、共有しないと、《無垢むくの赤子》とでも言えばいいのか。要するに、《白紙状態》で創られてしまいますね』



無垢、白紙?



『簡単にいうと、生まれたばかりの赤子のように、教え込まないと、何ひとつ自分ではできないということです』



「何ひとつって、たとえば、自分で服を着ることもできないってこと?」



『とうぜんでしょう?10歳なので、さすがに歩けないことはありませんが、言葉を話すこともできませんし、《食事》や《排泄》も、教わらない限りできません』


まあ、《食事》や《排泄》は、【根源世界】では不要ですけれどね。



「ふーん」


じゃあ…


もしかして…



下着パンツを履かせてあげたりとか。

おしっこの仕方とかを、手とり足取り教えてあげるってこと?



ふむふむ…。なるほどねぇ…。



ちょっと想像するだけで、顔の筋肉が弛緩しかんしてしまったよ。



すると…



【導く者】さんが、ピシリと言った。


『《排泄》といえば、《大きいほう》とやらもあるのでしょう?あなたは、そちらの方を教える趣味もあるのですか?』



…くっ!



さ、さすがに、そこまでの覚悟はないよ。

もちろん、趣味も…。



『それに…、それだけではありません…』



【導く者】さんは、しずかに言った。



『ウチのコとやらは、永遠の時を、あなたとともに生きることになるのですよ。


 ならば、あなたが、どんな想いで自分たちを創造しようと誓ったのか。

 そして、どれほどの辛酸しんさんめて、【万物創造】の力を手に入れたのか。


 その経緯けいいを知る《権利》が、そのコたちには、あるのではないのですか?


 あなたのこと。そして、自分自身のこと。

 あなたの眷属となる以上は、そのどちらもよく知っているべきです。


 共に生きる…とは、そういうことではないのですか?』



…ああ。



そうだった。



たしかに、そのとおりだよ。



ウチのコたちには、少なくとも、オレが【FSO】を始めてからの【情報すべて】を知る《権利》がある。



そして…



ウチのコに触れたい…

ウチのコといっしょに暮らしたい…



ただ、それだけのために、オレが、文字通り、数え切れないほどの《他者》を、殺して殺して殺しまくったことも…知る《権利》があるだろう。

【歴劫の試練】っていうのは、きれいごとですむような試練じゃなかったから…。



あの頃の血なまぐさい記憶は、さいわい、かすみがかかったようにぼんやりしている。

きっと、強く思い出そうとすれば、記憶はちゃんと蘇るだろう。


もちろん、そんな気はまったくないよ。

忘れていられるなら、その方がいいに決まってるもの。



そういう点では、【根源世界】にいるだけで、たぶん、オレの心は守られているんじゃないかなと思う。






『もちろん、だからといって、あなたの【悪業あくごう】を背負わせたりはしませんよ。【情報カルマを共有する】の《共有》という語は、《知る》といった程度の意味にすぎません』



たしかに、そうか。



悪いことをしてないのに、他人の【悪業あくごう】を背負わされたり、努力もしないで他人の【善業】をもらい受けたりできるわけないもんね。



オレは、納得した。

そして、ほっとした。



………


……うん。


じゃあ…、始めよう。



ゲーミングマシンのモニタの向こうでは、相変わらず、真白ちゃんがオレを見つめている。



今の今まで、ウチのコたちは、モニタの向こう側の存在だったよね。

いくら手を伸ばしても、けっして、届かない。

けっして、触れられない存在だったんだよ。



でも、これからは、違うんだ。

オレは、ウチのコたちといっしょに、10歳から人生をやり直すんだ。



オレは、座り直した。

そして、祈った。

真剣に、そして、必死に、ウチのコたちとの幸せな未来を願って、祈りを捧げた。


………


まあ、祈るだけでいいんだから、ありがたいことだよね。


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