第2話 帰還

「…ああ、しんどかった」


なんだか、あちこちまぶしいけど、どうやら帰って来られたみたいだ。


寝起きみたいにぼうっとした頭が覚めるのを待っていると、【歴劫りゃっこうの試練】での膨大な記憶がみるみるうちにかすんでゆく。


…なんかコレって、夢から覚めたときみたいだな。

目が覚めると、夢のなかの出来事をきゅうに忘れちゃうみたいな…。


…………


…………


…って!まさか、今の今まで、夢を見てたわけじゃないよね。


あの延々と続いた地獄の日々が、ただの悪夢だったとか!

もう…、ぜんぜん笑えないんけど…


いっしゅん、途方に暮れて涙目になってると、いつものやさしい声が聞こえてきた。



『…どうしたのですか?あなたは、見事に【歴劫の試練】を乗り越え、帰還を果たしたのですよ』



…ああ、やっぱり、夢じゃなかった!

よ、よかったー!

もう…、思わず半べそかいちゃったよ。


 

『…わたくしは【導く者】。【歴劫の試練】より帰還し、さらなる高みへと至る資格を得たあなたを、いまこそ【創造の根源】へと導きましょう』



【導く者】さんとは、長い長い長い…つきあいだ。

いつもの、やさしいお姉さん声に、オレは、うんうんとうなずいた。



『…ただし、ひとつ確認しておかねばなりません』



いまさら、なんだろう?

オレは、首をかしげた。



『【創造の根源】には、現在いまの【身体からだ】では立ち入ることができません。ですから、あなたは、現在の【身体】を失うことになります』



なんだ。そんなことか。


「…そんなのぜんぜんかまわないよ!【身体】なんて、ちょっと死んじゃってもなくなっちゃうんだから、いまさらだよ」



【死】によって、生き物は、それまでの【身体】を失う。

でも、失うのは【身体】だけで、【自分】が消えるわけじゃない。

【自分】は新たな【身体】と共に【転生】するんだ。


この【自分】のことを、【魂】と呼ぶ人もいるけど、そのほうがわかりやすいなら、それでかまわない。

大事なことは、たとえ【死】んだとしても、【自分】はしっかり維持され継続されるってことだから。




『…失うのは、【身体からだ】だけではありません。【能力ちから】は【身体】に伴うもの。ですから、現在の【能力】の全てを失うことになります。神をもしのぐその【能力ちから】を…』



「…いいよいいよ!だって、その【創造の根源】にさえ行けば、ウチのコといっしょに暮らせるようになるんでしょ?」



オレの願いは、ひとつだけ。

ウチのコといっしょに暮らすことだ。

今までは、どんなに恋しく想って手を伸ばしても、モニターの向こう側には届かなかった。触れることすらできなかった。


オレは、ウチのコさえ得られるなら、【能力】なんていらない。

まあ、【歴劫の試練】中で延々と戦ってコツコツ貯めた【能力】ではあるけれど…。



『ウチのコ…とは、遊戯ネットゲームとやらで、あなたが仮想空間のなかに創造した少女たちのことでしたね』


「…う、うん。そうだよ…」


ただキャラクリしただけだから、【創造】なんて言われると、ちょっと恥ずかしいけど…



『【創造の根源】とは、【宇宙ほしぼし】ですら生み出すことができる無限創造の世界。仮想世界で創られた少女たちを、人間として顕現するくらい容易たやすいことです』



…【宇宙】とかナントカ。すごいこと言ってるけど、オレは、ウチのコを人間にできるなら、もうそれで十分。



それに…。



能力ちから】を失うといっても、完全に消えて無くなるわけじゃないしね。

たとえ【身体】を失っても、【自分】はちゃんと残ってるんだから、【能力】が無に帰するはずはないよ。


それは、かのモーツアルトが、生まれつき音楽の天才だったことと同じことだよ。

モーツアルトが天才だったのって、偶然なんかじゃないよね。



もし、モーツアルトが天才だったのも、オレが凡人だったのも、すべて偶然に決まったことだったのなら、人生はほんとうに虚しくてやりきれないものになっちゃうよ。


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