理不尽なクルド人

@yatuura

国を持たない民族

 かつてオスマン帝国という、強国が存在していた。

 

 しかし、どのような国であろうとも長く命脈を繋ぐことは出来ない。

 祇園精舎の『盛者必衰の理を表す』で言われているように、どんなに勢いが盛んな者も必ず衰えるものであるという道理をあらわしている。

 世界帝国とまで言われたオスマン帝国ですら、第一次世界大戦により滅亡する運びになったのである。

 滅亡の後、戦勝国によって幾つかの国に分割されてしまったのだ。

 そこに住んでいた人種・民族は、唐突に分かたれたのである。


 オスマン帝国という中東の話では、イメージが掴めない者もいるだろう。

 では、東西ドイツのベルリンの壁と言われれば、イメージが掴めるだろうか?

 だがしかし、日本人であれば、もっとイメージし易い国がある。

 そう、お隣の朝鮮半島である。

 彼の国も、朝鮮民主主義人民共和国と大韓民国とに分かれたのだ。

 北朝鮮の意向は要と知れないが、大韓民国の現政権は朝鮮半島の再統一を目指している。

 民族が再び一つになる事を願っているのである。


 ここでオスマン帝国に話を戻す。

 強国であったオスマン帝国は、最初から強国足り得たわけではない。

 アナトリア半島内で群雄割拠していた小国にすぎなかったのだ。

 それが征服を重ね、拡大していった成り立ちがある。

 必然的に、あらゆる宗教、人種を内包した多民族国家を形成するに至ったのだ。

 オスマン帝国の支配階級層は、トルコ人である。

 この様な国の成り立ちがあるため、生粋のトルコ人というのは定義が難しい。

 概念的には、母語である『トルコ語』を話し、もしくは母語をトルコ語に改めれば、トルコ人と定められていたらしい。


 その内包された民族の一つにクルド人がいた。

 そしてオスマン帝国の分割によって、トルコ・イラク北部・イラン北西部・シリア北東部等、中東の各国に広くまたがる形で分かたれたのである。

 

 前述でオスマン帝国の分割をドイツや朝鮮半島を例に出したが、此処にはある一つの決定的な違いが存在していた。

 ドイツにはドイツ人、朝鮮半島には朝鮮人が殆どであったのだ。

 (ドイツ系○○って言い方をするぐらいには広域に分布していて、何をもってドイツ人と定義するのかは難しい。またユダヤ人への迫害の記憶も根強く残り、人種差別への忌避感が強い国となった。世界でも稀な、人種による係争が起きにくいのである)

 それに対して、クルド人はどの国でも少数派民族となったのだ。

 一番割合の多いトルコですら、3割ほどであるのだから。

 しかし、これは逆に問題でもあった。


 こう考えてみれば、分かり易いのではないだろうか。

 自分の住む街の3割が、中国人もしくはロシア人になったとしたら?

 そこに危機感は生まれないだろうか。

 いや、生まれるに違いないのだ。

 

 そして国というか、政治は全ての民が幸福であることを望まない。

 政治は理想ではないのだから。

 だから政治は、多数派の意見で動かざるを得ないのだ。

 負担を少数派に押し付けてでも。



※※※※※※※※



 さて、シリアの内部紛争の発端は『アラブの春』だとされている。

 アラブの春とは、反政府を掲げた大規模デモのことだ。

 発端は、チュニジアでの反政府デモである。

 一向に回復しない失業率に業を煮やし、反政府デモを起こしたのだ。

 デモに際して、ソーシャルネットワークを利用する事で類を見ない程の爆発的な広がりを見せ、多くの民衆が動いた結果、政権を崩壊に導いたのである。

 多くのアラブ諸国の民が、この流れに乗ったのだ。

 長年続く独裁政権や軍部主導の政権を、民主化させるためのデモである。

 それはシリアも例に漏れなかった。


 最初はただのデモであった。

 非武装の民衆がデモの行進をしたのだ。

 けれど、政府はこれを武力で鎮圧に掛かった。

 チュニジアで政権が倒れたのを知っていれば、それが過剰反応と指摘する事は出来ないだろう。

 しかし、それは悪手であったのだと言わざるを得ない。

 なぜなら、シリアのデモ隊は武装発起し、内戦に発展したのだから。

 

 他の国でも似たような状況であったが、シリアとリビアを除き、内紛で決着がついた。

 デモにより政権を打倒した国もあれば、デモが鎮圧された国もある。

 いずれにせよ、一時的に騒動は収まったと言えるだろう。

 とはいえ、政権を打倒して民主化したところでノウハウが無い政治家(指導部)が国を動かすのだ。

 上手く行くはずが無いのは、仕方の無い事ではないだろうか。

 そうなれば一体アレ(デモ)は何だったのかと、何のためだったのかと民衆の支持が離れるのもまた仕方の無い事であった。

 ……しかし、一度ついた火種は消える事が無く燻り続ける。

 政権を打倒したところで、その火は付いたままになっていた。

 だから、内紛が今も続いているのだ。


 リビアとシリアは少し趣が違った。

 この2か国は、外部の戦力が介入したのである。


 リビアはNATOが動き、カダフィ大佐を討つことで、一応の決着はついた。

 これで全て収まると誰もが思った事だろう。

 しかし、その後の立て直しに失敗し、国が二分し、それぞれが政権を立てる事態に発展したのである。

 そこにISの介入も許し、混迷したのだ。

 それから、7年がかりでようやく落ち着いてきたものの、火種は消えたわけではない。

 いつ爆発するか分からない状況のまま、今も推移しているのである。 



 漸くシリアについて記そう。

 そのシリアであるが、外部勢力を引き入れても、全くと言っていいほど、政府と反政府の争いが収まる気配を見せなかったのだ。

 そこに反政府がISを招き入れて、三つ巴の様相を呈したのだ。

 正に泥沼化してしまったのである。

 (外部勢力も独自の思惑を持っていて、決して一枚岩ではない)

 ISの勢いは凄まじいものが有り、その危険性も相まって政府軍(ロシア・イラン等が支援)と反政府軍(欧米・トルコ等が支援)は反目したまま、排除の第一目標をISに定めたのであった。



 さて、当初反政府軍の攻勢によって、シリア全土に波及した紛争であるが、政府軍は守勢に回ったのだ。

 政府軍は首都とシリア西部を固めるために各地から軍を引き上げたのである。

 それは、クルド人が多く住むシリア北部も同様であった。

 シリアに置いてのクルド人は、少数民族に位置し、凡そ国の10%弱の人口でしかない。

 だが例え少数民族であるとはいえ、それだけの人口がまとまれば、それは力になるものなのだ。

 政府軍が撤退したなら、自分たちを守るために武装して、自治組織を結成するのは、何もおかしな事ではないであろう。

 次第に、政府軍と反政府軍がシリア西部に、クルド人組織がシリア北部に展開するに至ったのだ。

 結果的に、シリア内部で空白地帯が生まれる事になったのである。

 その空白地帯の中でも、クルド人組織の南に反政府が招き入れたISが実効支配し、シリアの泥沼化の始まりと言っても過言ではないであろう。

  

 アメリカは、中東のイラク・アフガニスタンへの派兵が不毛な結果に終わったことを懲りていた。

 直接の介入を嫌厭した結果、間接的な支援となったのである。

 そこで、自治として武装していたクルド人組織にとっても、ISは敵であるので、アメリカはクルド人組織を対ISの部隊と捉え、支援を始めたのであった。

 

 アメリカは反政府軍を支援している。

 アメリカの支援を受けてクルド人組織は、一時的に反政府軍の作戦に参加する事も有った。  

 だからといって、クルド人組織を反政府側との見方は、早計に過ぎない。

 そもそも、ISを迎え入れたのは反政府であったのだから。


 更に言えば、反政府軍の中にはアルカイダも含まれているのだ。

 ISはそもそも、アルカイダから分離独立した組織である。

 なので、ISとアルカイダが敵対しているのは何もおかしくはない事だ。

 とはいうものの、アルカイダは依然イスラム過激派のままなのである。

 クルド人組織はISという、イスラム過激派と戦っているのだ。

 反政府軍と良好な関係を築くのは難しいであろう。


 私としては、クルド人の思考の方が理解できる。

 逆にアメリカがアルカイダを支援して、武器を提供していた事の方が納得がいかないものである。


 クルド人を矢面に立て、ISとの過酷な戦闘は続いた。

 大国の支援を受けても、何処の国からも支援の無いISを駆逐するのに3年半も掛かったのだ。

 その功績は大きく、クルド人は称えられるべきであろう。

 ISの脅威がなくなった頃、クルド人組織はその影響力を強めていた。


 ————しかし、クルド人が報いられる事は無かったのである。



※※※※※※※※



 前述で、クルド人が複数の国に跨って分布している事は記したであろう。

 国を持たない民族としては、クルド人は最大規模なのである。


 しかし、一度だけ、クルド人国家が誕生したことがある。

 1946年に、旧ソ連の後ろ盾でイラン北西部に『クルディスタン共和国』が建国されたのだ。

 しかし、旧ソ連がその地域から撤退し、後ろ盾を無くすと国は崩壊したのであった。

 おそらく、これが根強く残ったのであろう。

 クルド人は、クルド人国家の樹立を、悲願に抱える事になったのである。

 ……実際、湾岸戦争の後、イラク北部では自治を始めていて、事実上の自治区となっている。



※※※※※※※※※



 クルド人を語る上で、欠かせないのがトルコだ。

 トルコはオスマン帝国の後継国であり、クルド人が最も多く住む国である。

 国民の3割はクルド人で、およそ2500万人にものぼるのだ。

 ちなみに、シリアのクルド人が200~300万人なので、その差も解るというものである。

 トルコはクルド人を認めてはいなかった。

 トルコにおけるクルド人は『トルコ語を忘れた山岳トルコ人』との別称で呼ばれていたのだ。

 国というのは、一国家一民族が理想とされる。

 トルコも例に漏れず、その方針で国が運営されているのだ。

 だが実際は、多数派民族を抱えている。


 前述のオスマン帝国時代に、《母語である『トルコ語』を話し、もしくは母語をトルコ語に改めれば、トルコ人と定めた》と記した。

 それはトルコに変わっても同じであり、少数民族の『トルコ人化』を推し進められたのである。

 諮らずしも、少数派民族は抑圧されていくのであった。



 日本も、日韓併合や台湾統治した際に、日本語教育を施している。

 似たようなことを日本もしていた。

 とはいえ、韓国については、少し趣が違うかもしれない。

 ……当時、韓国は中国の従属国であったわけだ。

 これには中国的な思想も絡み、中国から離れるほど格下とみる風潮があった。

 韓国から見れば、日本は格下の国となるのだ。

 その格下に見ていた国に、支配下に置かれたのだから、反発も生まれるのも当然なのかもしれない。

 更に、韓国人は、感情を優先したり、強い者に阿る気質である。

 それが日本人とは合わなかったのかもしれない。


 閑話休題



 トルコにおいて、クルド人は認められなかった。

 トルコ人の定義に矛盾はするものの、トルコ語を話せないトルコ人はいても、クルド人はいない者として扱われたのだ。

 それは、アイデンティティの否定であった。

 斯くして、民族闘争へと繋がるのである。


 1980年代になると、クルド人の学生によって組織されたクルディスタン労働者党(PKK)により、クルド人の文化的・政治的権利と民族自決権を求めてトルコに対する武装闘争にまで発展した。

 最終目標としては、クルド人国家の分離独立を掲げて争ったのだ。

 対象は、トルコ人や、親トルコを掲げるクルド人(同族)にも及んだ。

 しかし、独立は果たせなかった。

 最終的に、死者をが4万人にものぼり、トルコ政府はテロリスト集団と見做す様になったのである。


 同族にも被害を出した事から、支持が急速に減り、最大の支援国であったソ連の崩壊を機に弱体化を余儀なくされたのである。

 1998年に指導者が逮捕されるなどして、大きな方針転換をすることになった。

 これまで掲げていたクルド人国家の分離独立を撤回し、クルド人の権利・主張を認める方向で融和的態度を示したのである。

 テロ組織という認識から政治思想組織として鞍替えしたのだ。 

 それによって、闘争の舞台を政治に変えたのである。

 息のかかった政治政党を作る事で、政治家を輩出したのだった。


 潮目が変わったのはISの台頭である。

 PKKは、ISとの戦闘に600の部隊を派遣したのだ。

 トルコにとっては、これだけの武力を持っている事が脅威とされたのである。

 更に言えば、2015年の総選挙で与党が過半数に届かなかったのに対して、クルド系政党が10%以上も議席を確保したのだ。

 トルコにとって、これ以上のクルド人の影響拡大は抑えなければいけなかった。

 そこに来て、シリアでクルド人組織がISを駆逐したのである。

 


※※※※※※※※※


 クルド人は、トルコ・イラク北部・イラン北西部・シリア北東部等、中東の各国に跨って分布している。

 シリアでクルド人の影響力が強まれば、他国のクルド人にも影響を齎すのである。


 ISを駆逐すると、用済みとばかりに、アメリカはクルド人組織の支援を打ち切った。

 そればかりかシリアからの撤退を表明したのである。

 アメリカにしてみれば、クルド人組織は道具にすぎなかったのであろう。

 それも出来の悪い道具として。


 シリア内戦最大の激戦地アレッポで、クルド人組織は蝙蝠のような立ち回りをしたのだ。

 激戦地アレッポでは、市内に政府軍と反政府軍の双方が進駐し、陣取り合戦が繰り広げられたのである。

 

 これは私の意見であるが、クルド人組織は実効支配している支配地の自治の為にISとの戦いに臨んだのだ。

 自治外の争いで、しかも政府軍とは敵対しているとは言い難い状況である。

 その戦争に参加する意義が、何処にあるのかが見えないのだ。

 支援国の意向で動くにも限度があるだろう。


 しかし、支援国のアメリカから見れば、明確な裏切りと捉えられたのである。

 だからアメリカは悪辣な手を打ったのであろう。


 ISを駆逐した後の状況である。

 シリアのクルド人組織は、シリアの内戦は収まりを見せないが、漸く戦争が終わり、支配地の自治を固めるだけ。

 トルコは、クルド人の影響が増してきている状況を変えたい。

 アメリカは、シリアのクルド人組織の裏切りが許せない。


 それを踏まえて考えれば、シリアからアメリカの影響が無くなるのは、平和に向かうはずのクルド人組織の梯子を外す行為に他ならない。

 剰え、反政府軍の支援国のトルコのシリア越境すら黙認したのだ。

 それはクルド人組織の守ってきた土地を奪われる事と同義となる。

 クルド人組織は、何のために多大な犠牲を払ってまで、ISを駆逐したのか分からないであろう。

 結局は、政治の駒にされたにすぎないのである。


 トルコが切り取ったのは、クルド人組織の実効支配地の半分にものぼった。

 この切り取った土地が反政府軍の物かというと、そうではない。 

 トルコの占領地として、トルコに組み込まれたのだ。


 しかし予想通りに、アメリカが抜けたのは大きかった。

 均衡を保っていたバランスが、政府軍の優勢に傾いたのである。

 

 政府軍が優勢になると、どういう経緯をたどったのか判然としないが、クルド人組織と政府軍の間で交渉が行われた。

 政府にクルド人の実効支配地を移譲し、代わりにISが拠点にしていたシリア北東部での自治区が認められたのである。

 皮肉にも、アメリカと敵対していた政府によって、クルド人組織の望みが叶えられたのであった。

 


 

 ……アメリカと共に歩みながらアメリカの意図しない動きをして、不興を買った一連の流れ、これには覚えがある。

 何を隠そう我が国日本の事だ。

 民主党が政権与党になった、当時首相である鳩山由紀夫の退陣劇とそっくりなのだ。

 民主党が掲げていたのが日本のアメリカ依存からの脱却と、アメリカと中国の仲介役であった。

 その一環で出たのが、あの普天間発言だったのではないかと私は睨んでいる。

 当時何となく見ていた時は、沖縄に対しての人気取りだと思っていた。

 しかし、よくよく考えると、中国に近い所に米軍基地を置くのは無用な警戒を与える事に等しいのだ。

 これは、米中の橋渡しに成ろうとしている国の取る姿勢ではないのである。

 

 この動きに対して、アメリカが日本に不信感を持つのは当然の事だ。

 アメリカにとって、東アジアにおける橋頭保である日本が、アメリカから距離を取ろうとするのは望ましくないのである。

 

 こうして、アメリカの意に沿わない首相は、大きな失点も起こす事も無く早期退陣に追い込まれてしまうのであった。


 


 さて、クルド人はどうなったのかというと、過酷な現状に変わりはない。


 シリアのクルド人自治区は元ISの支配領域という事は、街がボロボロだという事になる。

 復興には時間がかかるであろう。

 それに、政府軍優勢で推移していても、シリアの内戦が終息したわけでもないのだ。

 また、クルド人組織もあまり評判が良くない。

 というのも、男女平等を掲げている部隊で、女性の軍人も多い組織である。

 少年兵や少女兵も混じっていて、道徳的観念から問題視する声もあるのだ。 


 トルコのPKKは、大規模な実働部隊を抱えていて、それゆえテロ組織に認定されたのだ(欧米等)。

 また、トルコは徴兵制を取っている。

 徴兵を逃れると懲役刑が科されるのだ。

 トルコのクルド人も懲役を科されるが、シリアのクルド人を襲うことを拒否する者が出て、軍収容所に入れられる者が相次いだらしい。 

 

 更にシリア自体が不安定な状況である。

 政府軍優勢で、アサド政権がこのまま内戦に勝利するのはほぼ確定したとみて間違いないであろう。

 しかし政府軍は非人道的な化学兵器を、内戦で使った実績がある。

 それに、欧米はアサド政権を認める事はないであろう。  

 また、シリアの人口も問題である。

 もともと、2200万の国民を抱えていたのだが、内戦で1300万人が国外へと避難したのだ。

 そのうち、身寄りもなく難民になったのが750万人にものぼるのである。

 内戦で50万人が死亡したとされているが、未だ数万人の行方不明者もおり、実数はもっと多いと思われる。

 現に、国連は数を数えるのは不可能と数値を出すことをしていないのだ。

 国として、立て直しは難しいと言わざるを得ない。

 



 明るい未来を、変革を夢見て、『アラブの春』を起こし、手に入れた物は、戦争と貧困であったのだ。

 戦って戦って戦い抜いたシリアのクルド人が、自治区を手に入れたのは、報われなかった紛争の中でも、確かな一つの成果なのではないだろうか。 


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