6話 変わりゆく⑥

 周を置いて、私は一足先に家を出た。

 

 はあーっとため息漏れる。

 これからのこと、自分がこの力で何を成さなければならないのか…。


 正直、何から始めるべきか分からなかった。

 

 あの大樹から触れて見えた記憶。

 様々な光景が見えたが、今なお、死んだ仲間の顔が思い出せない。

 ——だからって忘れていいはずなかったのに、1年ちょっとの付き合いだったけど皆んな気のいい人達だった。死んでいい人達じゃなかった。

 

 周に、彼女達に報いるために私がやるべきことって何?

 

 「あー、神様、仏様、天津神様、どうか、うちのクソ上司が早いところそちらに行きますように、じゃないとウチの身体が耐えきれないです。どうか何卒クソ竜胆の小指がタンスに当たりますように‼︎」

 

  思わず、身体がビクッと反応する。

 こんな夜中に、私(達)以外に人がいるはずがいないのに。


 私は恐る恐る、声のする方向に顔を向けると、ショートボブのスーツ姿の女性が大樹に手を合わせ、ブツブツ何か言っていた。


 「あー、戻ってきたっすね」


 女性は私に気づくと、畏まった態度で私の前に頭を下げて挨拶をしてきた。


 「朝比奈叶向様、先程の闘い、見事でした!

私、八神真菰と申します。8つの神様で八神です。竜胆聖から朝比奈様の監視の任を仰せつかっていたものです。」


 挨拶をすると、八神は、胸ポケットから名刺を取り出し、私に差し出した。


 名刺を受け取ると、IGAの監査官と書かれていた。


  「歳上なんですから、敬語じゃなくて大丈夫ですよ」


  「あー、マジすか!良かったー、本当敬語とか堅苦しいのは苦手なんすよね、かなたちゃんと呼んでもいいですかね?」


 めっちゃ軽い態度で接してきた。


 八神は、聖の部下と名乗り、私に変化がないか、見張らせていたようだ。


 「本当ご苦労様です。こんな少女1人のために、こんな夜遅くまで働くなんて」


「本当っすよ、全くいい迷惑だったすけど、存外いいものが見れましたよ。これで私も竜胆さんから、怒られることも無いし、かなたちゃんも、晴れて神薙かんなぎになれるし、winwinっすね」


 「かんなぎになるって私がですか?合格してないんですけどなれるんですか」


 「あれ、竜胆さんからなんも聞いてない?」


 「ええ、そうですけど」


 「だってあの時、説明しても何言ってんだコイツって目でこっち見てくるんだぞ。それに、朝比奈が記憶を改竄されてる可能性だってあった」


 「げえー、竜胆…」

 八神は突然の声に反応して罰の悪そうな顔で答える。


 「おい、さんを忘れているぞ真菰、まったくおっちょこちょいさんめ」


 月に照らされた真菰の影が垂直に伸び、大人1人の大きさに膨れ上がる。

 影はやがて人の形になり、そこから竜胆聖が現れた。

 

 「あー竜胆さん、お疲れ様です!てっきりもう帰ってると思ったんですが…」

 

 「おう、これから帰るつもりだったけど面白い話が聞こえてな。神様に祈るなんてことお前やるんだなぁ。なあ、何願ったんだ?言ってみろよなあ」


 「ひっすんません。出来心だったんす」


 聖はそのまま背後から腕を八神の首に回しヘッドロックをかました。



 「竜胆さん、お久しぶりです、私はかんなぎになれるんですか?」


「おう、朝比奈。それにしても記憶が戻った途端、随分とまあ、やる気になったな。リハビリが効いたか?」


 「まあ、そんなところです」

 

 「かなたちゃん、それより私を助けてください」


「なら、話が早い。本題に入るとするか」

 聖は八神を放り投げ、私にこれからのことを話し始めた。


 神を敬う時代から、人が神を打倒し、人のための時代に変えようという試みが成され、約数十年たった今なお、現代に居座る神(天・地・海)の呼称を禍津のマガツカミ災獣アラガミを放ち、人を襲わせている。今の時代にも生贄とか曰う拝神派もちらほらいる。

 そして、IGA(抗神機関)が設立され神による被害を最小限に抑えると共に、巫という立場も神に使える立場から、神を打倒し、薙ぎ払う神薙として災獣の駆除と、禍津の神の打倒として国を守る役目とすることが決まった。そして、現存している巫の候補生たちは皆、呼称され、神薙のサポートと共に、育成機関に組み込まれることとなった。


 「しかしまあ、いままで人は神の蹂躙に耐えきれず踠き続けてたわけだか、幸か、不幸か神に選ばれた少女に宿る力(神氣)が災獣に有効だとわかった。そこからは、お前のような歳の女の子が戦うイカれた世の中になったわけだが。ここまでは理解しているか?」


 「ええ、大丈夫」


 「本当か?まあ、いいだろう。ここからが本題だ。先日、神降しの儀が完了した」


神降しの儀…

 かつて、人が禍津神に対抗する為に自分達の力になってくれる神様を募ったらしいがどの神も禍津神に殺されたか、恐れて隠れてしまったという言う話だったが。


 「貴徳な、神様もいるんですね」


 「まあな、だがこれで我々はより確実に災獣討伐がやり易くなる。なんせ、こちらにも神様の恩恵が得られるようになったわけだからな」


聖は不敵に笑うと胸ポケットからタバコを取り出し火をつける。


 「それで私は何をすれば良い?」


 「そう急ぐな。お前の役割は神様の勇者様として災獣及び禍津神の討伐を最前線で行ってもらうことだ。これからのことは順を追って連絡するが、この町から離れることは理解してくれよ」


 「別にここに特に未練もないし、問題ないわ」


  「そうかい、話が早くて助かるよ」

 聖は吸い殻を地面に落とし靴ですりつぶした。

そして一枚の学校のパンフレットを私に渡すと、またなとその場を後にした。


 

 

 「おい、起きろ真菰帰るぞ」

 

 「うっす、終わりましたか、竜胆さん」

  八神は何事もなかったかのように立ち上がり聖の後ろを歩き始める。


 「それにしても竜胆さん珍しいっすね。普段人に興味とかなさそうなのにわざわざ確認に来るほどなんて。そんなにあの子凄いんすか」

八神は不思議そうに聖に尋ねる。


 「私だって人に興味を持つこともある。それに私はね、今後彼女がどのように変わっていくかがとても楽しみで仕方がないんだよ」


 「ええ、なんか怖いっすよ竜胆さん…」


 聖は口を歪ませて楽しそうに笑う。

 それはまるで新しいおもちゃをもらった子供のように見えた。



 

 私は1人大樹の前に立ち尽くしていた。

 もらったパンフレットには天凛学園と書かれていた。


 「ここに行けば、私は神薙として周と皆んなのために戦えるんだ…」

 

 「行くつもりなのかなたん」


 「戻ってきたんだね、周」

 そこには周の姿があった。

 まだ、いつものような明るさは無く、こちらを睨んでいる。


 「私の思いを無下にしてまで…戦って欲しくないのをわかった上で行くんだね」


 「ええ、私は行くわ。周が救ってくれた命とみんなに託された想い。周には、悪いと思うわ…。でももう決めたから…」


「いいよ、やりたいようにやりなよ。その代わり私も戦うから」


 「は?」

 予想外の返答に言葉が詰まる。


 「だから、私も一緒に戦うって言ったの!今のかなたんまるで死に急いでるようで不安なんだもん。だったら私が一緒に戦って死なないようにするしかないじゃん。どうせ、止めても無駄なんでしょ」


流石、私の親友よく分かってる。


 「ありがとう周。私も約束するわ。もう、二度と貴方を失うなんてことは私がさせない。だから貴方も私のことを守って」


 「しゃーないなー、周さんがかなたんを守ってやんよ。なんたって私達2人いれば怖いもんなしだからね!」


 周は髪の毛をかきあげ、ドヤ顔で答えた。

 

 「改めてよろしくねかなたん」


「ええ、よろしく周」


私達は互いに握手をした。

やっぱり周の手は温かかった。



 私はこの選択を後に後悔することは無いと断言する。たとえこの決断の末、無残に死ぬことになっても最後までこの親愛なる相棒のために足掻いてやる。そして託してくれた仲間達に死の間際まで誇れる自分でありたいと握手をしながら私は強く願った。

 



 




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お願いします神様!私達のために死んでください 佐倉未兎 @usatyanman21-kei

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