幕間 遺書(ラブレター)
応急処置として、周が持ってきたガーゼに傷薬を染み込ませ、傷口に当て、包帯でぐるぐる巻いていく。
「ッ痛ー、傷口に染みるんだけど」
「我慢してよね。敵の攻撃を一発も当たらずに倒せたからいいけど、本当なら逃げるべき、状況だったんだから!少しは反省して下さいー」
周は、包帯巻き終わると、私の背中をポカポカ叩いた。
「痛い、痛い、私が悪かったです。もうしません」
「本当にもう、こんな無茶しないでね…」
背中で、顔が見えなかったが、周の声は震えていた。
私達は、少しの間、周の家の中を見て回った。
主人達を失った家はどこか寂しげに映る。部屋を一つ一つ見て回り、周はこんなことあったねとか、あの時はこうだったねと、昔の思い出を楽しそうに話す。
私はそれに、ただ頷くだけだった。
私達は、周の部屋に入る。
周の部屋だけは、昔のまま形が保たれていた。小さな頃からおしゃれで可愛いものに囲まれている印象があったが、今もなお、部屋には、ぬいぐるみや、クッション可愛い服に囲まれている。
ただ違うのは、机の上には、遺書と書かれた封筒が置かれていたことくらいだ。
「聞いてこないんだね、かなたん」
周の声は普段の元気な印象とは違い、暗く沈んだ声をしていた。
「聞いていいのならはっきり言うよ。周は、死んでいるんだよね」
「直球だなー。…多分ね、自分でもはっきりしてないんだ。最後の記憶は、かなたんのが私の事をおぶって運ぼうとした時。気がついたら箱の中にいたし、幽霊とも違うのかなぁ、物とか掴めるし、でも他の人に認識されないのは、ちょっとだけだけどショックかなぁ」
「そうなんだ。周だけちょっと特殊かもしれないね」
「私からもいいかな。かなたん、あの樹に触れて何を見たの?」
「誰かの記憶を見たわ。多分だけど、周のお母さんの記憶も周の記憶もあった。小さい頃の周や、私も見えたし、その時に神薙の、あの時の記憶も見えたんだ…」
「そっかー、じゃあ、自分が神薙の候補だったのは、あの樹に触れた時に思い出したのかぁー。もっと早くに止めればよかったかなー?」
「その口ぶりじゃ、あの日戦えなかったのは、偶然じゃなかったんだね」
「そうだよ、私が使えないようにかなたんのスマホに仕込んだんだよ」
「なんで?そんなことしたのよ。私達2人なら勝てたかもしれないのに…」
周は、私に目を向けず、淡々と話す。
「だってかなたん、本気で神薙になるつもりなかったでしょ。私がならなくちゃいけない立場で、偶然、私の側に居ただけの貴方が、私より適性値が高くて、正直邪魔だったんだよ。だから、あの日スマホと一緒に貴方の記憶を書き換えたの。本物の獣災に巻き込まれるのは、予想外だったけど…」
「結局、私の術式じゃあ、かなたんの記憶を完全に書き換えきれなかったけどね。それにかなたん、凄い強いじゃん。災獣相手に1人で勝っちゃうし、私のやった事なんで無駄じゃない?守ろうとしてた相手が、自分より遥かに格上なんて馬鹿みたいじゃん…」
私は、周に向かって歩を進める。
そのまま、俯いた顔を両手で掴み、無理矢理顔を合わせた。
「だったら、ちゃんと面と向かって言いなよ。私の顔を見て、はっきりと目障りだったって。本気で思っても無いくせに、タラタラと嘘並べてる暇があったら、私にも話をさせなさい」
「別に嘘なんかいっ痛ー」
話を遮ろうとしたので頰を引っ張る。
「どうせ、私に傷ついて欲しく無いとか、そんな事でしょ。でもね、私は多分ね、周と一緒に居られればそれで良かったんだよ。それなのに勝手に1人で暴走して、死んでたら、意味ないでしょ。このお馬鹿」
「…………」
「でも、私が今こうして生きていられるのは、周のお陰だから、ありがとうね。後、周のお母さん最期まで、周のことを想っていたと思うよ」
私は、気分が落ち着いたら、出てくるように伝えて部屋を後にした。
***
私の家はちょっとした名のある家柄だったらしい。らしいと言ったが、実態は、ちょっと家が広いだけで、生活は至って普通だった。企業勤めの父に、パート勤めの母。ただ、他とちょっと違うのは、将来が既に決まっていたくらいだ。
私は、神薙になるために生まれてきた。そうなるように父に望まれて今まで生きてきた。
神薙とは、悪しき神を祓い人の為に平穏を成す神の代行者のことを言う。昔は、魔法少女と呼ばれていたらしいが、個人的にはそっちの名前の方が可愛らしくて好きだ。今では神から人の命を守る有難いお役目と父は言っていた。
時に神の声を聞き、神言として人に伝え、教え、また時として人の為に邪を祓う。
しかし、そんな凄い仕事を働くべき、大人がならないのか、不思議で仕方がなかった。
中学生になりたての頃、「私にやらせるくらいなら、自分がなればよかったじゃん」なんて言った日にはそれはもう、父の激怒っぷりは凄まじかった。
でも、今なら分かるというより、知ってしまった。
そもそも、このお役目は、大人は、ましてや男が就けるものではなかった。
いつだって、神様が選ぶのは、無垢な少女だけだから…。
そして神薙という役目の最期は…
***
私は、ゴミ箱に自分が書いたはずの遺書がクシャクシャに丸められて、捨てられているのに気がついた。
せっかく、短い人生で書いた最初で最期の
私はゴミ箱から、拾い上げそれを広げる。
私が広げた手紙は、私が書いた遺書ではなく、私に宛てた母からの手紙だった。
私から見た母は、父にとっての良い妻という印象だった。決して、父に逆らわず、歩く時すら3歩後ろから歩くような、静かで実に都合の良い女性だったと思う。私が辛い想いをしていても、何一つ庇ってくれなかった母。
そんな、母は、私が神薙になる選別前に、突然、神薙になる必要は無いと言い出した。
今まで、父の言うとおりにしなさいと言っていた母が今更、神薙になる一歩手前のところで、
「神薙になるなんて、辞めて。お願いだから、貴方のなりたいものになって」
と泣きながら言ってきた時、思わず面を食らってしまった。
だけど、あの時の私は母の本当の願いを無下に扱ってしまった。
母の手紙は私に対する後悔と私に望んだ本当の願いが、便箋いっぱいに書き連ねていた。本当はこうしてあげたかったなんて、書かれても、今更死んだ私は、どう受け取ればいいんだろう。
そして、文末には、私が死んだ後の、話が書かれていた。
父は、私の功績が認められ、IGAの官職に就くことになったらしい。
対して母は、私を止めきれなかった負い目に耐えきれず、自ら神の一部になることを選んだらしい。
手紙の締めまで、私への謝罪で終わっていた。
手紙を読み終え、私はビリビリに破いてゴミ箱に捨てた。文字がわからなくなるまで細かく、バラバラに。
破りながら、叶向が言っていた言葉を思い出す。
『周のお母さん最期まで、周のことを想っていたと思うよ』
そんなの、私が誰よりも1番わかっていたよ…
一呼吸置き、私はしゃがみ込む。
「そっか…。馬鹿だなぁ、かなたんもお母さんは、私が決めて行動して、勝手に死んだだけなのになのに…」
周は俯きながら瞳を潤ませ、大粒の涙を落とした。
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