第5話 変わりゆく⑤

 私は壊れた門を潜り、中に入る。


 ここには、もう誰もいなかった。手入れされていた庭は雑草が生い茂り、純白の白い壁にはヒビがところどころにはいっている。綺麗な屋根瓦はボロボロに崩れ、地面に落ちて割れ、残骸が所々散らばっている。


 私は、スマホを取り出し、葬式の時に教えてもらった周の母親の番号に電話をかける。


 しかし、その携帯番号は既に使われていないようだった。

 

 家の前まで歩くと、大きな木に目がいく。

その木は家よりも高く、そらお覆い隠すようにを覆うように枝が分かれ、花が咲き誇っていた。

 上を見上げると月の光で花が淡く光り、幻想的な雰囲気があった。


 こんなにも大きければ印象に残るはずなのに、私はこの大木に見覚えがなかった。


 しかし不思議とどこか、懐かしい気がした。


 私は吸い込まれるように大樹に手を、触れる。


 触れた瞬間、頭にいくつもの景色が流れ込む。そこには周とその両親が共に過ごした軌跡が見える。

 幼い頃からから、中学生の今の姿まで様々な姿がスライドショーのように次々に移り変わってく。

 どれも、楽しい記憶ばかりだった。両親の視点からだろうか、記憶の中では、周を中心に誰もが笑っていた。

 小さい頃から、そこにいるだけで、周りを和やかな気持ちにしてくれるそんな女の子だったな。

 しかし、中学生辺りから、楽しい記憶から、辛い記憶に変わり始める。

 この頃から、周の家に顔を出す機会が減っんだっけ。


 途切れ途切れに、映像が移り変わる。怒った周の両親の顔、傷だらけの周、遊園地に行く周の手を掴み、何か叫ぶ母親、そして…


 遊園地に集められた武器を持った少女。

 現れた異形の怪物、何も出来ずただ、仲間が食い殺されるのを見ている私。

 それに抵抗し戦う周の姿。無数に分裂し、襲い掛かる異形に一人で立ち向かいボロボロになっても最後まで刀を離さなかった。


 あれ、何かおかしい?あの日、周の母は何か起こる事を事前に知っていた?

 それに、あんなに仲が良かったのになんでこんなにの周の両親、仲が悪くなったんだっけ?周が、傷だらけで帰ってきて、あれ、あれ、私達ってなんで遊園地にいたんだっけ?

 こんなの知らないはずなのに…


 「た、かな、た、しっかりして息をしてかなたん‼︎」


 「え、?」


 急に、視界が暗くなる。


 触れていた手を掴まれた瞬間、目の前に大木が現れる。


 「あっ、ガハッ、ゲホッ、ゲッホ、スー、ハアー、スー、ハアー」


 あまりの苦しさに地面に倒れ込む。

 自分が呼吸していないなんて、気が付かなかった。急いで、酸素を取り込み、再び身体中の血液を循環させる。

 呼吸を整えて、顔を上げると周が、おっかない顔をしてこちらを睨んでいた。


 「心配したんだよ、かなたん!早く帰ろう」


 「嫌だ。私は帰らない」


 私は、そもそも帰ってきては行けなかった…あの日、私達は、死ぬはずだった…



 「かなたん、しっかりして!もう日は落ちてるし、危ないよ、早くしないと—」



 「ガルルルルゥッ、グルルルル」


 獣のうめき声が聞こえる。


 と、同時に私達の目の前に黒い渦のようなものが現れる。

 

 「やばい、早くかなたん逃げて!」


 黒い渦から、何か出てくる。


 スマホのライトで照らすと、そこには神社の鳥居の前によくある石像のような生き物が、3匹こちらを睨んでいた。


 四足歩行で、首の周りにはふさふさの立髪、人の身体など簡単に引き裂ける鋭い爪と獰猛な牙、ギョロッとした目は既に獲物を捉えているようだ。

 

 私は身体を起こし、服についた埃を払う。

 そして、真っ直ぐにこれから、殺す敵を見据える。

 

 「かなたん、早く、恐いのはわかるけど、このままじゃ殺されちゃう!」


 周が私のことを心配している。

 そりゃ、そうだよね。ここで終わってしまったら周の死んだ意味はなくなってしまうかもしれないから。 

 でも、ここで逃げたら私は、私がこれから生きていく意味が無くなってしまう気がした。


 私は周の顔を見る。必死で何かを訴えかけ、涙目になっている姿に少し可愛いなと思ってしまう。

 思わず、笑ってしまいそうになる。


 「大丈夫。周、今度は私が守るから」


 大きく、一呼吸をし、スマホを開き、アプリを起動する。


 「認証、朝比奈叶向。憑依セット、神具起動、対象災獣、炎虎!擬似転身開始!」


 身体に、光を纏い衣服が変化する。


 1匹の炎虎が体に炎纏いこちらに突進を仕掛ける。


 「かなたんー、避けて!」


 しかし、炎虎がこちらに辿り着くことはなかった。


 叶向に当たる1メートル手前で急に動きが止まった。その瞬間、虎は真っ二つに裂かれ、左右に分かれて、地面に落ちた。


「え、?」

あまりの一瞬の出来事で、周は最初何が起きたかすらわからなかった。


黒ずんだ血が地面に流れ込む。


 「ったく、変身中くらい空気読んで待ってなよ」


顔についた返り血を袖で拭い、ひたひたと少女が、暗がりから出てきた。


 赤い瞳は虚な目をしている。髪は、黒から桜色に染まり、服は白いブラウスの上に桜色と白を基調とした長い衣を羽織り、下はミニスカートに黒いロングブーツを履いている。


 右手には日本刀のような長い獲物に、左手に黒色と黄色の傷のようなものが無数についた鞘を持っている。


 以前の、叶向とは別人のように映った。

 それよりも災獣をたった一撃で葬ってしまった。

 普通では、あり得ないことが今、周の前に起こっていた。


 「ガルルルルゥッ、ガアァァァァ」


 2匹の炎虎は、雄叫び上げ、左右に分かれ、叶向に炎を吐きながら、囲むように、襲いかかる。


 叶向は、高く跳躍し、炎をかわす。しかし、これは周の目から見ても愚策だとわかった。


 このままでは、着地時に、挟み撃ちにされてしまう。あの鋭い、牙と爪が当たれば変身していてもただではすまないだろう。


 「かなたんー!それはダメー!!」


 しかし、周の声は叶向には、届かない。


 「セット!神器雷切」


 刀から、バチバチと火花が飛び散る。


 そこからは、まさに一瞬だった。

 まるで宙に浮かぶように、跳躍した後、まるで雷が落ちたように、急降下し、地面に落ちた。


 落下時、虎が宙に炎を吐く。しかし、炎は真っ二つに裂かれ、叶向には火傷1つない。

 落ちたと同時に、1匹の炎虎の首が胴から離れ、地面に転がる。

 首を切り落とした刹那、身体をもう1匹の炎虎の下に滑り込ませ、そのまま、下から刀を振り上げる。

 大きな巨体は綺麗に胴体の上と下が真っ二つに裂かれ、大量の血が噴き出す。


 『ガァァァァァァァァッァー』

 虎達は、悲痛な叫び声を上げ、生き絶えた。


 血に濡れた少女は、刀についた血を払い、鞘に収める。

 

 「え、倒したの…」

 周はキョトンとした顔をして叶向の方を見る。


 普通、災獣1匹を相手にするのにも3人ががりなのにそれを1人で3匹まとめて倒してしまった。これは、異常だ。

 それに、叶向は、かんなぎにはなれないようにしたはずなのに、何で…。


 返り血は蒸発し、叶向は、淡く光り、元の姿に戻った。


 炎虎の身体は切り口から少しずつ黒ずみ、サラサラと黒い砂となって宙に散っていく。


 「もう大丈夫だよ、周。周、おーい」

 

 「え、うん、ってそれより、かなたんこそ大丈夫!?」

 

 え、自分の身体を見ると所々皮膚が不規則に裂けている。

 

 「ッ痛い、何これ凄い痛い!」


 「待ってて、家から医療箱取ってくるから」

 

 周は足早に、家の方に駆け出した。



 私は、一息付き、地面に横たえ、天を仰ぐ。

 あの日、私は死ぬはずだった。


 私は、神薙に成れる最終試験に私だけ、何故か変身出来なかった。

 そして、イレギュラーで現れた災獣に、候補生全員食い殺されたんだ。私は、周に最後まで守られて、1人だけなら生き残れたのに、それなのに身体中、傷だらけになりながら…。


 『かなた、仕方なかったんだよ』

 そんな仕方ないことなんて、あるわけないよ。


 『でも、私達が死んだのは無駄じゃない貴方は生きている限り、私達の死には意味があるって思えるの』

無責任なこと言わないでよ。


 『朝比奈さん、凄いよ!あんな一瞬で倒しちゃうんだもん!この調子であんな奴らやっつけて皆を守ってよ』

 嫌だし、凄くもないよ。皆のお陰だし。それに顔もよく知らない人の為に、命なんてかけられないよ。


 最初は、恐くて仕方なかった声が今では、私の一部に成っていくのを感じた。

 彼女達は姿は違えど、私が共に過ごした、仲間なんだ。

 

 『かなたちゃん、また落ち込んだら、ちーが元気いっぱいにしてあげるからね』


 そうだね。気が向いたら、また続きを読んであげるよ。


 ちーちゃん、いや、千代ちゃん、私が、周以外に出来た初めての女の子の友達。本が大好きで争いを好まない優しい子。


 ああ、私の身体は、変わってしまった。もう、戻ることはできないんだ。


 私の身体には、あの日死んだ36人の少女の魂が入っている。


 もう、自分だけの命じゃないんだ…。


 「かなたんー、包帯と傷薬取ってきたよ」


 周が戻ってきたみたい。それじゃあ、またね。


 私は身体を起こし、立ち上がり、歩き出した。


 

 


 

 



 

 

 

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