第4話 変わりゆく④

 手をひき、ゆっくりと階段を上る。

 2階の右手にある、私の部屋に入り、引き出しから下着と寝巻きとして使っていたパーカーを——に着させる。

 

 サイズは違うが、裸のままよりは、幾分マシだろう。


 ——を、クッションに座らせる。

 改めて、顔を見るがやっぱり、彼女は佐倉周だ。


 「本当に周…?」


「ただいまー、かなたん。久しぶりだねぇー。佐倉周、14歳、好きなものはラーメン、写真を撮る事、かなたんだよ!」


 「周、その前に私に言う事あるよね」


 「えー、自己紹介する以外他あるかな?」


 「周さ、今までどこ行ってたの?なんですぐに教えてくれなかったのよ?」


 まるで、何事もなかったかのように話す——に、怒りが沸々と込み上げる。


 「そんな事、知ってるわよ…なんですぐにでも生きているって教えてくれなかったの?」


 私は、——の肩を強く握り、問い詰める。

込み上げてくる気持ちを抑える事が出来なかった。


 「ごめんね、色々あったんだよ。かなたんには本当に辛い想いをさせちゃったね」


 「—っ答えになってないじゃない!色々って何よ」


 「ごめんね、私にもこれが分からないんだわ」

 

 ——は、私の頭を優しく肩に置き、抱きしめた。


 「ごめんね、1人にして…。辛かったよね。悲しかったよね。あの時は必死で、残した後の事なんて、考えられなかったんだ…。叶向は、私がいなくても大丈夫って勝手に思ってた。自分勝手な私で本当にごめんね」


 私は、肩に置いていたてを周の背中にまわす。


 さっきまで溜まっていた黒い靄が、晴れていく。


 そういえば、そうだった。私が怒って周に当たる時、周はいつもこうやって抱きしめて私を宥めてくれたんだった。


 なんで、忘れていたんだろう…


 「周、ごめんね…。もう少しこのままでいさせて」

 

 「やっと名前呼んでくれたね」


 周は優しく私の背中を撫で、嬉しそうに言った。


 心にスッと温かいものが流れ込んでくる。


 「ごめんね、周、辛いのは周も同じだったのに、私ばかり…本当にごめん」


 「うん、いいよ」


 目から温かいものが流れる。ぼたぼたと、それは頬を伝ってパーカーが濡れる。今更目から、涙が出てきた。あんなに葬式で出そうとしても出なかったのに。


「うっ、ううーうわぁぁぁん——」


 我ながら、白状な奴だ。自分の後悔をぶち撒けて勝手にスッキリして、ようやく泣けるなんて…。


 「よしよし、かなたんは本当甘えん坊さんだね」


 周は、子をあやす母親のように、頭を撫で続けた。

 私が泣き止むまで。


 


 ひとしきり、泣いて、私は顔を上げる。


 「ごめんね。取り乱したわ」


「いいんよ、許すよ。こうやってまた、かなたんの泣き顔が見れたし、私は満足だよー。それにね、私の方こそ、まだ、謝らなくちゃいけない事があるんだ…」


周は優しく私の背中をさする。 

 しかし、声は優しい反面、どこか辛く寂しいようにも感じた。




 「ただいまー」


下から、声が聞こえる。母が、帰ってきたようだ。


 「お母さん帰ってきたみたい、周、一緒にした行こう!お母さんきっと驚くよ」


 「待って!かなた」


 私は周の手を引き、急いで部屋を飛び出した。

 この嬉しさを、いち早く誰かと共有したかった。

 周が何か言っているけど、私は気にせず、階段足早に降りる。


「おかえり、お母さん」


「叶向、あなたもう平気なの…?」


「うん、それより見てよ、お母さん」

私は周の方に指を指し、


「周が生きてたんだよ!あの葬式は嘘で周は死んでなかったんだよ、嘘みたいだけど本当なんだよ——」


バチンっ


「っ痛——え、お母さん…」


 突然のことで、何をされたのか全くわからなかった。頬を触り、痛みあることから、やっと私は目の前の母に打たれたということに気づいた。


「なんで、なんでよ。お母さん、そこに周がいるのに…」


「やっと、出てきたと思ったら、何を訳の分からない事、言ってるの!周ちゃんはもういないのよ!いい加減にしてよぉ!ただでさえ、あなただけ生き残ったのに何もしてないで引きこもってられたら周りに示しがつかないじゃない!」


 だって本当に、周はここにいるのに。

 周の方を向くと彼女は俯いて、一歩も動かない。


 え、なんでよ、周、なんでお母さんに説明してくれないのよ。


 顔を見ると、そこにはいつもの優しい母はいなかった。顔はやつれ、肌は荒れ、髪はボサボサ。目には隈ができている。


 ひどく疲弊しているように見える母は目に涙を浮かべ、私を睨み付けている。


 玄関に目を向けると、周が入っていた箱は影も形も無くなっていた。


 「ご、ごめんなさい…」


「待ちなさい!叶向!」

 母の伸びる手を振り解き、私は勢いよく家を飛び出した。


 あんなに温かかった心は嘘のように冷たくなり、恐怖が心にまとわりつく。


 既に日は落ち、時刻は6時を回っていた。

 私は逃げるように走り続けた。怖くて、恐くて仕方なかった。

 せっかく会えた親友が、結局は私が思い込んだ妄想ニセモノなんじゃないかと、私は分からなくなってしまった。


 呼吸が辛くなり、足を止める。気がつくと、私は周の家の前にいた。

家は普通の一軒家よりも大きく、白い壁に黒の屋根瓦のいかにも昔の屋敷のような造りで、よく夏とか縁側でスイカを食べたりしていた。

 しかし、毎日のように通っていた家はすっかり荒れ果て、その面影は今はもうなかった…


 

 

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