第1話 変わりゆく①

  周の葬式から2週間ぐらい経っただろうか。


 目が覚め、腕とお腹を摩り、気怠い身体を無理やり起こす。

 私はいつものようにタブレットでIGA(神抗機関)に自分の健康状態を入力する。

 

 記入することは全て問題なしにチェックを入れるという単純作業だ。


 あれから私は家から出ることが出来ず、自分の部屋に引きこもっている。

 私はあれから彼女の死を受け入れきれずにいる。


 周の葬式は親族と、数人の知人とで厳かに行われた。

 大人達は、彼女の死を悲しいことではなく、まるで誉れ高いことのように扱った。


「残念だけど、名誉なことだ獣災アラガミで逝くことが出来るなら」


「なんせ、神に選ばれたのだからな!羨ましい限りだよ」


「私達も、国に優遇される立場になれるのですものありがたいことですわ」


 親族らしき人達は口々に言う。

 

 私は、彼女の胸元に花を添えた。

 

 死化粧しているせいかもしれないが、棺の中の周は変わない綺麗な顔をしていた。

 今にも頬を突けば、今にも飛び起きるんじゃないかと思うくらいだ。


 彼女の頭を軽く撫で、千切れかけた右腕と空いた脇腹に触れる。


あの日、私達は救護に駆けつけた、IGAの人達に保護された。

 私達は、遊園地から帰る途中で、獣災に巻き込まれた。


 獣災とは今から100年以上前の旧世紀末にから発生した、神により災害が具現したものとされている。天候の変動時に発生し、その形状が動物や魚という旧世代の生き物に似ていることから、獣による災害から取られてると、学校の授業で習った。

 

あの場にいた約50名近くのうち死者36名、重傷者10名だそうだ。

 死亡した人の殆どが既に人の形をしていなかった。


 周はまだ、人の形を保っているからまだ、マシな方だと助けてくれたお姉さんが言っていた。


 大人達は、アレを素晴らしいモノのように語るが、彼らはきっと知らないからあんなことが言えるんだ。アレはとても人の死に方ではなかった…


 「ごめんね…」


 不意に言葉が漏れる。

 涙は流れない。いや、そもそも私に流す資格は無いのだ。


 私は足早に、葬儀場を去った。

 ここにいると黒い何かに押しつぶされてしまう様な気がした。


 

 あれから日を追うごとに、黒い靄は大きくなってきている。

 私はいつものようにIGA宛に自分の健康状況を送信して再び布団に潜る。

 

 両親や先生、周の両親からは、あなたは悪くないとか、自分の人生を生きて、とか色々言われた。


 同級生は悲しいね、とか、寂しいねと上辺だけの言葉を並べ、どこか他人事のように感じた。


 周と仲の良かった友人達は

「無理はしないでとか気持ちの整理が出来たら学校においで」

 と、優しい言葉をもらってもどう返せば良いかすら、わからなくなってしまった。


 どうして、みんなそこまで私に、優しくするの?


 私にはその資格が無いのに。

 

 だってそうでしょ。私はあの場で何も出来なかった。ただ周が傷つくのを見ていただけだ。

 あの子はあんなにボロボロになって自分は殆ど外傷もなく、生きてる。


 なぜ自分だけ、生きている。

 この自問自答を私はこの2週間ひたすら繰り返している。


 『許さない、痛い、許さない、苦しい、許さない、早く、許さない、来て、許さない』


 ああ、またこの声だ。

 あれから、定期的に声が聞こえる。


 声は、その時々で様々だ。女性、子供から老人まで全てが口々に私を否定する。


 私は引き出しからハサミを取り出し、刃先を自分の脇腹と腕に何度も突き立てる。


 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。


 皮膚は抉れ、血管をズタズタに刺し、中から血が溢れだす。

 

「うっぐっ、ごめんね、ごめん、ね…」

 

 思わず声を上げて叫びたくなるぐらい痛いけど、手を振り下ろすのを辞めない。 


 だって周の痛みは、みんなの痛みはこんなものでは無いのだから。


 声が止み、私の手は止まる。そのまま、眠りに落ちて一日が終わる。 


 そして目が覚めると、腕とお腹を確認する。まるで夢だったかのように肌には傷一つなく自分の血で真っ赤に染まったシーツはシミひとつ無い真っ白な状態に戻っている。


 それに安堵している自分とそんな自分を許せずにいる自分がいる。

 

 私はこの沸々と湧き上がる感情が何か分からなかった。

  

* * *


 気がつけば周が死んで一ヶ月が経った。


 今日は週に一度のカウンセリングがある。

 

 政府が推進している獣災被害者のアフターケアの一つだが、カウンセリングといっても日常生活に支障があるかないかとか、いくつか質問して終わりという簡単なものだった。

 

 布団から重たい身体を起こし、身支度をして先生が来るのを待つ。


 時刻は午前9時を回る。

 ピンポーンっとインターホンが鳴ったので階段から降り、玄関に向かう。

 画面に映ったのはカウンセリングの先生ではなく、黒いスーツを着た若い女性だった。 


「やあ、あなたが朝比奈叶向あさひなかなたさんね。はじめまして!」


 彼女は自分のことを竜胆聖りんどうひじりと名乗り、優しく私の手を握った。


 


 

 

 

 


 

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