第2話 変わりゆく②

「それじゃあ、早速上がらせてもらうよ」

 

 聖はヒールを脱ぎ、玄関を上がる。

 ヒールを履いていて気が付かなかったが、背が高い。身長は170近くはあるだろうか。赤毛のロングで整った顔。しかも出るところは出ていて締まるところは締まっている。女性が憧れる見本のような人だ。


「あ、あの何か飲みますか?」

 柄にもなく緊張して言葉に詰まる。


「あー、気にしないで。直ぐに出るから。

あと、緊張しなくて大丈夫だから」


「はい、わかりました」


「それじゃあ、朝比奈さん、早速質問していくよ」


 質問は、至っていつもの通りだった。

 ちゃんと寝ているかとか、食べているかとか、日常生活を正常に過ごすことが出来ているかどうかを確かめるような質問ばかりだった。


「うん、質問はこの辺でじゃあ、朝比奈さんそろそろ行こうか!」


「はい、ありが、え、どこにですか?」


「どこかは、後でのお楽しみだよ」


「いや、私ここ最近外出ていないし、急にそんなこと言われても困ります」


「そんなに、外に出るのが怖いのかい?それとも何か、悪いことでもあるのかな?」


「………」


「大丈夫!あたしも一緒に行くから」


 言われるがまま、車に乗り込む。

 太陽は雲で隠れており、どんよりとした空気が心に染み込む。

 外を見ると、あの日の風景を思い出しそうで目を閉じた。


 気づけば、車は止まっていた。


「さあ、着いたよ、降りようか」


 聖が手を差し出してきたので握り、車から降りる。


 そこは周と最後に過ごした遊園地だった。


 

 あれから一ヶ月経ったが、遊園地は、見る影もなかった。

 一緒に乗ったジェットコースターの骨組みはあちこちに散らばっており、鉄がまるでグミのようにぐにゃぐにゃ不規則に曲がっている。

 乗り物はまるで噛みつかれたような跡が残りあちこち食い破られた跡が残る。


「——っう、おえっぇぇぇぇぇ」 

 ソレが私の目に映った瞬間、反射的に地面に吐瀉物お撒き散らし、へたり込む。

「な、なんで、なんでまだいるのよアイツ!!」


 聖は崩れ落ちる私の身体を支え、腑に落ちたように独りごちる。


『やはり、朝比奈…お前には見えているんだな』


 恐る恐る空を見上げ、私の両目は確かに捉えた。


 なんでも噛み砕くギザギザの大きな歯、人の2人から3人分の大きく細長い身体に鉄をも引き裂く大きな尾ビレと、背ビレ、触れただけで皮膚が裂ける強固な鱗。

 

 しかも、1匹では無い。見ただけで少なくとも、20〜30匹はいる。まるでここは自分達の物だと主張するかのように堂々と空を泳いでいる。


「大きく深呼吸して。少しは落ち着くから。大丈夫、アイツらは私達を襲わない」


 言われた通り、大きく呼吸し、息を吐く。

 震えはまだ治らないが、ほんの少しだけだがマシになった気がする。


「竜胆さん、どうしてそう言い切れるんですか?」

 

「あれはな、もう十分を満たした」

 聖は淡々と語る。その姿は、先ほどの柔和な雰囲気とは一変し、触れただけで凍り尽きそうな冷徹さがあった。


「災獣はな、使なんだよ。だから、神様が動かない限り、何もしてこないし、基本、視認出来ない。ただそこに居るだけなんだよ」


「は、何を言っているんですか…それじゃあ、まるで…」


「ああ、神様は望んで私らを襲わせている。あの日、彼らが死ぬことは運命だったんだよ。それを私らは黙認してんのさ」


 咄嗟に聖の襟を掴む。思うように力が入らない。


「じゃあ、あなた達、IGAはわかってて周をここで死んだ人達を見殺しにしたんですか…」


「ああ、そうだよ」

 眉ひとつ動かさず、聖は言い切る。


 心に黒い靄が積もる。

 唇を強く噛み締め、血が垂れる。


「なんでよ、分かってたなら、なんで助けてくれなかったのよ。IGAは人を守る組織じゃないの?」


聖は私の頭に手を置き、優しく撫でる。


「そうだね。そのはずだったんだがな…、

結局、私達のやっていることは現状維持に過ぎないんだろうね。全く、自分らの無力さを日々痛感してるよ。現に私達はまた、お前のような子供に縋ろうとしている」


 そう話す聖は夢を諦めて、悟った大人の顔をしていた。


「朝比奈、お前は選ばれたんだよ」


「は、選ばれた?何にですか?」


「神様にだよ。本当なら神と契りを交わすことになるはずだったんだがね。今は、花嫁候補といったところだな」


「は、神様と結婚?冗談はやめて下さい。笑えないです」


「はっ、冗談か、まあ、そう思うのは当然たよ。ただ、今後身体や精神面でどんな変化が起こる可能性がある。これからはIGAの管理下で生活してもらうことになる。なに、親御さんからは既に了承を得ているよ」


「……勝手すぎませんか?」


「まあ、大丈夫、とは言い切れないが、日常を送れることは保証するよ」


        * * *


家に戻り、自室のベッドに身体を沈ませる。

 疲れた。今日は色々濃い1日だった…


 襲ってきた怪物が神様の使いとか、私が神様に選ばれた存在とか。

 正直、あの化け物がまだあの遊園地にいたことは驚いた。そりゃあ、吐くほど驚いたとも。

 だけど、いまいちピンと来ない。具体的に選ばれたからなんだと言うんだろう?

 結婚とか言ってたけど、まだ私14歳だし、法的にアウトでしょ。

 いや、相手神様だから法とか適用されないのか?

 

 「ねえ、あなたはどう思う?」


 私は机の横にある鏡に向かって1人呟く。

 

 「苦しい?欲しいの?」


 引き出しから通販買ったナイフを取り出し、自分の腕に振り下ろす。


 そう言えば、竜胆さん変わった事があれば、報告してくれって言ってたっけな。


 ナイフを腕から引き抜く。裂けた皮膚から血が流れる、ことは無かった。それどころかナイフに付着した血一滴残らず開いた穴に吸い込まれるように流れ、開いた傷が閉じていく。


 まるで時間が巻き戻ったかのように。


 私は再び、鏡の方に顔を向け、皮肉な笑みを浮かべる。


「これが神様の贈り物だったりしてね。本当良い趣味しているわ。こんなのただ気持ち悪いだけなのに」


 再び、ベッドに伏せ、目を閉じる。

 日に日に別の何かに変わっていくような感覚が、ひどく気持ち悪かった。

 もう、何も見たくないし、聞きたくもない。私は布団を被り、自分の意識が無くなるのを待った。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る