親が再婚した相手の連れ子が俺の幼馴染だったんだけど、実は既に付き合っている上に初日から迫ってくるのが困る。

久野真一

親が再婚した相手の連れ子が俺の幼馴染だったんだけど、実は既に付き合っている上に初日から迫ってくるのが困る。

「こんばんは!春ちゃん。ねえ聞いて聞いて!」


 しょっぱなから凄くはしゃいだ様子の声だ。電話の相手は冬川冬子ふゆかわっふゆこ。同じ歳の幼馴染にして妹分的な存在であり、ふゆと呼んでいる。


 冬は明るくて朗らかな性格に、少し幼さを残したしゃべり方や可愛らしい容姿もあり、クラスでも男女問わず親しまれているマスコットキャラクター的存在だ。つい最近、俺の彼女になった相手でもある。  


「お前いきなりテンション高いな」


 目の前に居たらきっと抱き着いて来そうだ。


「これでテンション高くならない方がおかしいよ!」


 声だけで相手の顔が思い浮かぶのは付き合いの長さ故だろうか。


「そんなにテンション高くなる出来事ってのは?」


 思いつく出来事は一つしかない。


「あれ?春ちゃんは正臣まさおみさんから話聞いてないの?」


 春日正臣かすがまさおみ

 我が父で職人気質な男性。

 気が弱いけど誠実で実直なところは息子として誇りに思っている。


「再婚の話なら既に聞いてるけど」


 俺の親父と冬の母親である時子ときこさんの再婚が決まったのだ。

 俺と冬は義理の兄妹になる仲でもあるし俺の家への引っ越しも決まっている。


「ならなんでテンション低いの?同棲生活だよ?同棲生活」


 ぶーぶーと言いたそうな不満げな声だ。


「同棲じゃなくて同居」


 俺たちが付き合い始めた経緯は冬からの告白だった。

 冬とは兄妹のような仲だけどよく見知っている相手だし安心できる。

 そんなこともあってあっさりとOKしたわけだけど。


 それからというもの、冬のテンションが超高いのだ。

 連日ストップ高を記録しているのではないだろうか。


「ぶーぶー。春ちゃんは私との同棲生活が嫌なの?」


 あまり盛り上がっていない俺の声を聞いて不満そうだ。


「嫌なわけじゃないよ。でも、親父たちに関係バレると気まずいだろ」


 そこが一番の心配事なのだ。


「何かいけない?連れ子同士はお付き合いも結婚もできるんだよ?」


 不思議そうな声色で冬は言う。

 倫理的にもオッケーだから戸惑わなくてもいい。そう判断したんだろう。

 でも親父たちが事実を知れば複雑な気持ちになるのも間違いない。


「いずれは打ち明けるしかないけどさ。再婚したら子どもたちが恋人でしたとか、親父も時子さんもきっとびっくりするから様子を見てからな」

「春ちゃんがそういうなら。様子を見て打ち明けるということでいい?」


 一理あると感じたのだろう。

 意固地にならずに相手の意見を受け入れられるところは彼女の美点だ。


「でもでも!夜に春ちゃんの部屋に行ったりしてもいいよね?」


 部屋に冬が来る。何度もあったことだ。

 でも、大きくなってから夜になんてのは滅多にない。

 思春期男子としては嫌でも変な想像をしてしまう。 


「あのさ。俺は男で冬の恋人だぞ?」

「それが?」


 なんのことだろうと言いたげな声。

 男の欲望を正直に打ち明けないといけないのか?


「お前はのことはよく知ってるけど、誘ってるととられても文句言えないからな?」


 きっと無邪気な気持ちでの発言なんだろう。

 しかし、俺だって男なのだ。そんなことを言われれば理性がぐらつく。


「私はそれも含めて覚悟してるんだけど?」

「え?」


 予想外の言葉だった。純真な奴だから「先」は意識していないと思い込んでいた。


「春ちゃんは私のことだから遊びたいだけだとか思ってたんでしょ」


 不満そうな声だ。でも否定できない。


「悪い。けど、昔からのお前みてるとそう思うのも確かだぞ?」


 性行為について初めて知ったタイミングが保健体育というレベルだ。


「私だって少しは勉強するよ。春ちゃんならされても嫌じゃないんだよ」


 あんまり可愛げのある台詞を吐かれると困る。

 そうまで言われると本当に襲ってしまいたくなってくるじゃないか。


「でも冬は本番だとびびりそうだし。もっとゆっくりやってこうぜ?」


 いざするとなったら冬の性格的にカチコチになってるだろう。

 勢いのままにして嫌な思いはさせたくなかった。


「むう……わかった」


 しぶしぶと言った様子だけど理解してくれたか。

 電話を終えてベッドに転がった俺は、


「疲れた……」


 そうつぶやいていた。

 

(俺は普通に冬とお付き合いできれば十分だったんだけど)


 こんなことになる羽目になった、今朝の出来事を思い出す。


◇◇◇◇今朝◇◇◇◇


「なあ春樹よ。少し……重大な相談があるんだが」


 日曜の朝。食事を終えてお茶を飲んでいる最中のことだった。

 重苦しい表情で話があると親父である春日正臣かすがまさおみは言う。


「どうしたんだよ。まさか単身赴任とかそういう話か?」

 

 以前に上司から打診されたことがあったと言っていた。

 その時はお前一人置いてはいけないと断ると聞いていたが。


「いや、その件は正式に断った。もっと身近な話でな……」


 親父がここまで言葉を濁すなんて珍しい。

 なんだか落ち着かない様子だし照れてすらいるようだ。

 まさかと思うが。


「ひょっとして再婚でも考えることにしたか?」


 親父も四十半ばのオッサンだ。

 年齢故の寂しさもあり時折再婚を仄めかすことがあった。


「考えることにしたというか。お前さえ良ければ決めてしまいたい」

「いいんじゃないか?親父の面倒見てくれる人が出来た方が安心だし」


 この親父は家事や金銭管理、人付き合いが苦手なところがある。

 だからいい人が出来ればというのは常々思っていた。


「そうか……そういってもらえて助かる」

「おめでとさん。相手はどんな人なんだ?」

「それなんだがな。お前もよく知っている女性だ」


 よく知っている?何か嫌な予感がしてきた。

 親父と交友関係があって俺も知っている女性。

 そんな女性は片手で数え切れる程しかいない。


「まさか時子ときこさん?」


 ふゆを女手一つで育てあげた女性が時子さんだ。


 冬とは幼い頃からお互いの都合があるときに、相手の家に預けられてきた。

 幼馴染というだけでなく家族のような仲でもある。

 その母、時子さんはと言えば歳の離れたお姉さんという印象だ。

 三十代半ばの時子さんは若々しくて、おばさんという印象じゃない。


「その通りだが、よくわかったな?」


 意外そうな顔をする親父だが、わかるに決まっている。

 時子さんと親父が仲良くしていた光景は何度となく見ていたのだ。 


「他に候補居ないだろ。親父、人付き合いはうまくない方だし」

「お前に言われると色々きついが否定できないな」


 否定しないところが威厳がないけど、それもまた親父だ。


「どうも微妙そうな顔だが、時子さんだと反対か?」


 悲しそうな表情で見つめられてしまうと何も言えない。

 反対なわけがない。

 時子さんとだったらきっとうまく行くだろう。


 問題は俺と冬のこと。だって、俺たちは最近付き合い始めた彼氏彼女。

 キスだってまだの恋人若葉マーク。そんな状態で同居するんだ。

 親たちに恋人同士であると知られたらどうなるか。


 二人とも反対はしないだろう。

 でも家庭内の雰囲気が気まずくなるのは間違いない。


「反対じゃない。となると冬とは同居になるんだなって」


 同居にしたって嬉しいだけではいられないだろう。

 お互いの家に預けられたことがあるとはいえ、期間限定。

 思春期に入る前のことだ。


「お前の気持ちはわかる。冬子ちゃんも年頃の女の子だからな」


 親父の心配は半分当たりで半分外れだ。

 冬との同居については時間が経てば慣れて行くだろう。

 問題は俺たちが既に付き合っていることだ。

 冬はあれで寂しがりなところがある。

 暴走しそうで少し心配だ。


「それもあるけど……いいや。とにかく、俺は大丈夫だから」


 しかし、結局は俺達の事情。

 親たちには幸せになって欲しいという思いが強い。


「そうか。冬子ちゃんの方もOKだそうだ」


 まあ、冬は昔から俺にべったりだしな。


(あとで電話して確認しておかないとな)


 きっと、はしゃいでいるに違いないけど。

 今夜にでも冬とちょっと話し合っておかないとな。


◇◇◇◇現在◇◇◇◇


「はあ……思い返しても急過ぎるんだよ」


 ベッドに寝っ転がったまま、俺は大きなため息をつく。


 交際が進む中で相手の部屋に入り浸るなんて光景もあっただろう。

 でも、いきなりの同居というのはやっぱり困惑も大きい。

 ただ、それでも冬といつも一緒に居られると考えると悶々としてしまいそうだ。

 毎日にように家で甘えられて理性が保つ自信がない。


(当面は自重しないとな)


 嬉しさと困惑がないまぜになったまま気がつけば眠りについていた。


◇◇◇◇


 今日でそれから約一ヶ月程。冬たち一家が引っ越してくることになった。

 ご近所なので引っ越しも短時間で終わって、今は夕食とお風呂を終えての一時。

 ちなみに、隣の空き部屋が冬の部屋となった。


「隣の部屋に冬がいるんだよな……」


 今は抱き枕を抱えて布団でごろごろしてるだろうか。

 そんな様子を想像するだけで胸が高鳴ってしまう。

 冬は恋人で昔からの付き合いで今は同居人で。

 あるいは同棲と言えるかもしれない。

 

(やめやめ)


 際限なく煩悩が湧いてきそうだ。

 あんまりそういう事を考えるのは良くない。

 と思っていたら――


 トントン、トントン。扉をノックする音が聞こえる。


「春ちゃん。部屋入って大丈夫?」


 意識していたところにそんな声。

 出来たばかりの可愛い恋人の頼みを断れるわけがない。


「もちろん、大丈夫だぞ?」


 内心の動揺を悟られまいと冷静な声で言う。


「じゃあ……お邪魔しまーす」


 ドアをギイと開けて静かに部屋に入って来る彼女。

 その身体を見て一瞬、言葉を失うかと思った。

 白色のネグリジェ。

 少し童顔でちっちゃい彼女のイメージにぴったりだ。

 パジャマより全然色気がある。

 しかも、手にはいつも使っている枕。


 背中まで伸ばした少し茶味がかった髪はまとめられていて、いつものストレートに流したのとは違う良さがある。少し幼さを残していて、でも整った顔立ちは可愛らしくて、しかも恥ずかしそうに少し俯いているところが彼氏としてはグッと来てしまう。ネグリジェから覗く二つの膨らみも色々な意味でやばい。


「あのさ。お前なんで普段のパジャマじゃないわけ?」


 あっちの家に夜にお邪魔するときも稀にあった。

 ただ、彼女は水玉模様で青地のパジャマを好んで着てたはず。

 どういう意味で部屋に来たのかはもうわかってるんだけど。


「春ちゃんにもっと見てもらいたいだけなんだけど。駄目?」


 駄目?の言葉が脳裏に響く。

 冬の奴、本当に誘いに来てる、のか?

 やばい。心臓が高鳴ってきている。

 今は親父たちも部屋でゆっくりの時間。

 イチャイチャしててもバレる心配だってない。


「そんな恰好されると俺も男だし色々考えちゃうんだけど」


 とはいえ、今日は同居初日。

 もっと理性的に行かねばとあえて冷静に言ってみる。

 ぜんぜん冷静でいられないんだけど。


「だから春ちゃんならじゃないよ?」


 目を伏せてどこか恥ずかしげに告げる妹分な恋人。

 可愛い。あっという間に理性が負けてしまいそうになる。

 でも待て。


「いやその。考えてみるとコンドームもないし」


 言い訳がましいが真実でもある。


「そうだろうと思って持ってきてるよ?」

「なぬ?」


 確かに可愛い柄の箱に入ったコンドームが。


「本当に今日するつもりで来てるのか?」

「うん。春ちゃんに全部もらって欲しい」

「キスもまだだろ」

「じゃあそっちも一緒にしよ?」


 なんて押しの強さだ。でも、そこまで覚悟完了してるなら。

 たぶん、声を大きくしなければ親父たちにもバレないはず。


「俺も始めたら止まれなくなるぞ。いいのか?」


 最終確認だ。

 でも、冬が本気なのはわかっている。

 やると決めたら一直線なのが昔からの彼女だ。


「うん。覚悟はしてる。緊張もしてるけど」


 緊張もしてる、なんて正直に言うところがやっぱり冬だ。


「わかった。月並な台詞だけど、出来る限り優しくする」


 むくむくと男の欲望が首をもたげてくる。

 ただ、いきなりでうまく出来るのか。

 そんな不安もある。冬には悟られたくないことだけど。


「ありがとう。春ちゃんはいつも紳士的だよね。でも、不安なのもちゃんとわかってるから。別に強がらなくていいんだよ?」


 ああ、もう。まったく。


「男の方が強がらないと仕方ないだろ」


 結局、昔からの付き合いだから見栄なんて通じないのだ。


「春ちゃんの気持ちはよくわかるけど。でも、初めてだからお互いリラックスした状態でしたいの」

「リラックスか……難しいけど、とりあえず雑談でもするか。隣、座れよ」


 もう喉がからからだけど、ベッドの隣をトントンと叩く。


「は、はい。お邪魔……します」


 やっぱりこの妹分は緊張してたらしい。

 おずおずと隣に腰を下ろす様子はなんとも……いや、意識し過ぎだ。


「もうそろそろ中間考査だよな」


 言ってて無理やりな話題作りだな、と自嘲する。


「だね。中間だし、別に心配することもないと思うけど」

「まあ、お互い苦手科目もないしな」


 お互い片親だったからだろうか。

 将来重要になるからと、親父も時子さんも教育熱心な方だった。


「中間終わったら、デート行きたいな」


 そう。付き合い始めたばかりの俺たちはデートすらまだ行っていない。

 どこか夢見心地の少女がただただ可愛らしいなと思う。


「俺も行きたいな。冬はどこがいい?」

「春ちゃんと一緒ならどこでも」

「俺も冬と一緒ならどこでもいいぞ」

「春ちゃんの希望を聞きたいんだけど」

「俺だって冬の希望を聞きたい」

「……」

「……」

 

 ああ、もう。俺だって本気で冬と一緒ならどこでも楽しいのだ。

 でも、冬もそれは一緒で。そんなことが少し可笑しくて楽しい。


「っぷ。似た者同士だな」

「だね。デートの話はまた今度しよっか」


 少し肩の力も抜けたし、とこてんと肩に頭を乗っけてくる。


「なんていうか、ちょっと現実味がないな」


 緊張し過ぎたせいだろうか。

 彼女自慢のさらさらな髪を撫でながら言ってみる。


「私も。いつか一緒に住みたいって思ってたけど、こんなに早く叶うなんて。しかも、これからエッチなことをするんだよね?なんだかふわふわとした気分」

「今日はお前から思いっきり誘いに来たのにか?」

「私だってかなり勇気を出して誘ったんだから」

「それはわかってる」


 少しずつ手を下の方に動かしながら告げる。


「ふふ。やっぱり春ちゃん、緊張してる」

  

 こっちを見て言う春はそれはもう嬉しそうな顔だ。


「仕方ないだろ。経験ないんだから」

「ううん。それだけ大事にされてるんだなって嬉しいだけ」

「ほんとに理性が焼き切れそうなんだけど」


 逆にもう気持ちの赴くままでいいんじゃないか。


「春ちゃんのしたいようにして欲しい」

「ああ、もう。わかったよ!」


 出来るだけ緊張し過ぎないように。

 なんて意識してる時点で緊張し過ぎなんだけど。

 同じくやっぱりかなり緊張気味の冬と初めての行為をしたのだった。


「これで初めてをもらわれちゃったんだね」


 行為を終えてから。

 お互い寝間着に着替えてみつめあっている俺たち。


「まあ。そういうことになるのか?」


 何はともあれ無事にできてほっとしている、というのが正直なところ。


「色々迷惑もかけると思うけどよろしくね?春ちゃん」

「親父たちにはバレないように注意な」

「声我慢するのも大変だったしね。気をつけないと」

「そっち方向だけじゃないんだけど」

「わかってる。でも、それよりも嬉しい気持ちが大きいから」


 そんなことを言われると俺だって……。


「色々言ったけどさ。俺も嬉しい気持ちは大きいぞ」

「そうなの?電話したときは微妙そうだったけど」

「あれはまあ、親父たちのこと考えたらってだけのことで。そりゃ恋人と一つ屋根の下とか嬉しくないわけがないだろ」

「そういうところ、照れ屋さんなんだから」

「お前が好意全開で迫ってくるからだよ」

「押しまくりは正解だった?」

「あわかっててやってたのか」


 あれは無意識だと思っていた。


「それはそうだよ。実は結構春ちゃんの反応見てたりした」

「この策士め」

「女の子はそういうものだよ?」


 告白の裏にあったそんな気持ちを聞かされて、俺はといえば


(別に親父にばれるとかどうでもいいんじゃないか?)


 眼の前の恋人が可愛過ぎて、もっと一緒に居たくて。

 そんな気持ちになってきた俺はといえば。


「なあ、冬。付き合ってること、親父と時子さんに明日話さないか?」

「どうしたの、急に?さっきまでしばらくは隠すって言ってたのに」

 

 俺の髪の毛に触れながら不思議そうに言う冬。


「だって、お前が可愛すぎるし、俺のことそんなに想ってくれてたんだなってわかったからなんか嬉しくなってきてさ。隠して付き合うよりもさっさと打ち明けて堂々としてしまう方がいい気がしてきたんだよ」


 初日に迫られたのをOKした時点でダメだったのかもしれない。


「すっごく嬉しい。でも、大丈夫かなあ?」

「ビックリはするだろうな。でも、後で言われるよりもいいんじゃないかって気がしてきた」

「さっきまでと言ってることが正反対だけど?」

「お前が悪い」

「私の魅力にメロメロ?」


 無邪気に言うからホントに性質が悪い。


「そういうこと」

「じゃあ。明日、二人で一緒に打ち明けようよ」

「うん。なんとかなる気がしてきた」

  

 一通り話し終えたら急に襲ってくる眠気。

 このときの俺は気づいていなかった。

 深夜まで行為に耽って。

 朝まで一緒に恋人と同じ部屋で眠るとどんなことになるのかが。


 トントン、トントン。扉をノックする音でぼんやりと目覚める。

 

「親父か。どうしたんだ?」


 布団に入ったのがたぶん深夜三時過ぎ。

 まだまだ眠り足りないくらいだ。


「そろそろ支度しないと遅刻するんじゃないか?」

「あ。悪い。確かにそろそろ起きないと」


 もう7時過ぎ。確かにそろそろ起きないとまずい。


「まあ、お前も冬子ちゃんと同居初日で色々疲れもあったんだろう」


 同居のことは親父も色々考えていたらしい。

(って、冬?)


 思い出して血の気がさーっと引く。

 隣を見ると無邪気に寝息を立てている妹分な恋人。


「ふわ?春ちゃんどうしたの?」

(ちょっと静かに。今の状況考えろ)


 打ち明けようとは言っていた。

 しかし、あからさまに事後の状態でというのはさすがにバツが悪い。


(あ……どうしよう)

(落ち着け。親父もいきなり入ってくるようなことはないから)


「助かる。すぐ着替えて行くから」

「じゃあ、下で待ってるからな」


(助かった)

(あれ?でも、お母さんは……)


 時子さん?あ、そういえば……。


「春臣さん。冬ちゃんの部屋をノックしても返事がないのだけど。心配だから部屋に入ってみても居ないし。朝からどこか出かけてるのかしら?」


 扉の外からは義理の母である時子さんの声。

 あああ。


(これ、かなりやばくないか?)

(やばいよ。お母さんもさすがにいきなり踏み込んだりはしないだろうけど)


「すまない、時子さん。俺もちょっと気づかなかった。春樹は冬子ちゃんから何か聞いてないか?」


(おいおい。これ、二人とも本当に心配してるぞ)

(とりあえず、私がどこか出かけてることにしといて)

(了解)


「昨日の夜に明日、散歩行ってくるって言ってた気がします」


(お願いだからなんとかなってくれ)


 こんな形でバレるのは恥ずかしすぎる。


(考えてみればそれは駄目かも。だって……)


「あの子はいつもぎりぎりまで寝てるのに珍しいわね」

「同居して心境の変化もあったんじゃないか?」

「そうねえ……でも、靴はそのままなのよね。どうしてかしら」


(靴。すっかり忘れてた。時子さん、疑ってるぞ)


 昨夜の甘々ムードは霧散していた。


(あ。サンダル。春ちゃんとこ、サンダルが多めにあったよね)

(ナイスアシスト)


「たぶん余ってるサンダル履いて行ったんじゃないですか?」

「でも、サンダルも昨日のままなのよね……うーん」


(やばい。他に良い言い訳ないか?)

(ちょっと待って。うーん……)


 外には行っていない。となると実は家に居る線で言い訳するしかない。

 時子さんたちがまだ見てなさそうな場所で、どこかいいところは……。

 必死で家の間取りを思い浮かべる。あ。


「昨日、ベランダで日向ぼっこするとか言ってた気もします」


(春ちゃん。その言い訳は苦しいよ)

(他にいいところが思い浮かばなかったんだよ)


「そうなの?ベランダにも居なかったのだけど」


(ほらー!)

(そんなこと言ってもどうしようもないだろ!)


 というか、時子さん、何だか俺たちを追い詰めに来てないか?


「そういえば、冬ちゃんのスリッパが部屋の前にあるのだけど。どうしてかしら?」


(おいー。せめて部屋に持ち込むとか、スリッパは置いてくるとか考えろよー)

(私も昨日は初めてを……て緊張してそれどころじゃなかったの!)


 しかし、今の台詞でわかったけど時子さんはもう確信している。

 親父はどうも気づかなかったっぽいけど。

 考えてみると冬が俺と同居ではしゃいでいたことは時子さんも知っているわけだ。

 そこで初日に親しい俺のところに行くのではと考えるのも自然かもしれない。


「すいません。嘘つきました。今出ますから待っててください」

「やっぱり。そんなところだろうと思ったわよ」

「時子さんも意地が悪いですね」

「ちょっとした遊びよ、遊び」


 こういうお茶目で意地悪なところがお姉さんっぽいと思う理由かもしれない。


「うん?春樹。一体どういうことだ?」


 そして、疎い親父はといえばまだ何が起こったか把握しきれてないらしい。


(冬も準備してくれ)

(うん。ちゃんと朝の食卓で打ち明けたかったけど……)


 二人揃って部屋の外に出てみれば、一人は戸惑いの表情を浮かべた親父。

 もう一人は、やっぱりと言いたげな表情で微笑むお姉さんのような義母。


「実はその……ちょっと前から冬と付き合っています。それで、昨夜は俺の部屋に冬が遊びに来て、色々話し込んだ後、二人で寝てました。あ、でも。冬はちゃんと別の布団で寝てましたからね」


 ここに至ってもまだ往生際が悪い俺としては、まだ手は出してないですということにしておきたかった。


(もうそこも正直に話そうよー)

(勘弁してくれ。親父よりも時子さんに色々根掘り葉掘り聞かれそうなんだよ)


 だって、もう時子さん面白がっているのが確定だし。


「ふーん……」


 肉食獣が獲物を嬲るような目で見据えるお義母さん。

 何を言われるか怖すぎるんですけど。


「ちらっと見えたベッドがやけに乱れてるのは気の所為?」

「ええっと……俺、実はちょっと寝相が悪くてですね」


(春ちゃん。お母さんもう気づいてるって)

(そんな気はするけどさ。言質取られなければセーフだろ)

(もう言っても大丈夫だと思うんだけど)

(俺のプライドの問題)


「そうなの?冬」


 俺に言っても仕方がないと今度は娘に話を振ってきた。

 で、冬はといえば「もういいんじゃないかな」というムード。

 つまりは。


「ううん。昨夜はその……ちょっとエッチなことしてた」


 やっぱり。正直に打ち明けやがった。


「春君。昔、教えたわよね?嘘はいけないって」

「時子さんも俺たちで遊ばないでくださいよ。最初からわかってたんでしょ?」

「そりゃあね。春君大好きな冬ちゃんが一つ屋根の下。絶対この子の性格なら春君のところに行くと思ってたもの」


(全部見透かされてたっぽいな)

(私も交際は言わなかっただけで、隠そうとはしてなかったし)


「交際のこと、わかっちゃうと気まずいかなと変に気を遣ってしまいました」

「もう。春君は昔からそういうところ生真面目なんだから。話は逆よ?もう付き合ってるんだろうなって思ったから、再婚しても大丈夫そうだって思ったの」


 時子さんの言葉は予想外のものだった。


「親父はどうなんだ?実はその辺も承知してたとか?」

「時子さんから再婚にあたってその辺りは聞いていたよ。やはり年頃の男女だからな。真面目に交際してくれるなら親としては願ったり叶ったりだよ」


 というわけで。


「春ちゃんは気を遣いすぎなんだよ。私にもお母さんに対しても」

「そういうこと。伊達に小さい頃から春君の面倒は見てないのよ?」


 時子さんにはやっぱり勝てないな。


「そうみたいですね。冬と二人、改めてよろしくお願いします」

「でも、エッチなことはいいけど声は程々にね?少しだけど聞こえてきてたわよ」

「「え」」


 思わずハモってしまった。


「安心して?細かくは聞き取れなかったから」

「そんなの慰めにならないよー。お母さん」

「これからは場所を考えないといけないな」


 二人で大きなため息。それでもまあ。


「晴れて恋人同士として出発できて良かったのかもな」

「家でも堂々といちゃつけるもん」

「そっちは程々にしてくれ」


 言い合っている俺たちを見た親父と時子さんはといえば、


「本当に仲がいいわね、二人とも。昔から甘えん坊な子だったけど幸せそうで良かったわ」

「春樹には苦労かけたからな。嬉しい限りだよ」


 生暖かい視線を送りながら、そんなことを話し合っていたのだった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

ちょっとしたドタバタ劇でしたが楽しんでいただけたでしょうか。

良ければ応援コメントや★で評価いただけると嬉しいです。

☆☆☆☆☆☆☆☆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

親が再婚した相手の連れ子が俺の幼馴染だったんだけど、実は既に付き合っている上に初日から迫ってくるのが困る。 久野真一 @kuno1234

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ