そんな顔をするな!

ちびまるフォイ

みんなの見たい顔

医者はそっと手鏡を渡した。


「いかがですか? 顔については事故前の顔に最大限戻しています。

 しかし、内部の筋肉の修復はできず……」


「なにが問題なんですか。はっきり言ってください」


「あなたには今表情というものがないんですよ」


たしかに鏡にうつる自分の表情は整っているといえば聞こえはいいが、

医者の言葉にこれだけ心が動揺しても眉ひとつ動いていない。


「表情というのは人間のコミュニケーションで不可欠です。

 このまま生活するのは非常に困難でしょう」


「そうなんですか……? 表情がないというだけで?」


「以前、あなたと同じように表情を失った人がそのまま生活し

 その後に人間関係のストレスで自殺した例もあります。

 表情がないというのは、それだけのデメリットがあるんですよ」


「そんな……なんとかならないんですか」


「うちの病院では表情を制御する装置を「大・中・小」の3つ用意しています。見ていきますか」


「ぜひ!」


医者に案内された先ではガラスケースに収められた3つの装置があった。


「これが表情を制御してくれる装置なんですね。

 大・中・小それぞれの違いはなんですか?」


「大は、人間関係を完璧に円滑してくれる表情を作ってくれます。

 逆に小だと表情は作れますが精度は低いです。

 場合によっては人に誤解を与えてしまう可能性もあるでしょう」


「なるほど……それじゃ中はその中間?」

「そういうことです」


少し悩んだがあいだを取って真ん中の装置を選んだ。


「中、でよろしいんですか?」


「はい。まずは中間から試してみたくて」


表情の制御装置(中)の使用料を払って装置を手に入れた。

装置を取り付けると、いままで仮面のように動かなかった顔が動き出す。


「すごい! 表情ができてる!」


「中はあなたの感情にあった表情を作ってくれるんですよ」


「中が一番完璧じゃないですか!! 先に言ってくださいよ!」


自分の心のままに表情が出るのなら事故前となんらかわらない。

しばらくの入院生活を終えて退院すると友達がパーティを開いてくれた。


「それじゃ、○○の退院を祝して……かんぱーーい!!」


「みんなありがとう! 嬉しいよ!」


表情制御装置が自分の気持ちを汲み取って表情を作り上げてくれる。

グラスにうつる自分は晴れやかな笑顔になっていた。


「そんなに喜んでくれると、主催したこっちも嬉しいよ」


自分の表情を見て言葉以上に受け取った友達も嬉しそうだった。

本当に表情制御できるようになっててよかったと思う。


もしこの場で表情を変えていなかったら「心ではそう思ってないんじゃないか」と、

疑われて空気が凍りついていただろう。


パーティもできあがってきたころ、酔いの回ったひとりがたちあがった。


「いっぱつギャグやりまーーす! よろこビール!」


立ち上がった一人はテーブルのビール瓶を顔に当てて叫んだ。

どこが笑いどころなのかわからないもののリアクションしなくてはと、反射的に拍手してしまった。


「あははは……面白いな……」


「おい、なんだよその顔! 俺がスベったみたいじゃんか」


「そんなこと……」


ピカピカに磨かれたテーブルに顔を下げたときに自分自身と目があった。

自分は葬式よりも深刻そうでつまらなそうな顔をしている。


制御装置が心の揺れ動きを正確に表情に出してしまっている。


「本当は面白かったんだよな?」


「も、もちろん……」


「だったらなんでそんなに不機嫌な顔なんだよ。なんか不満あるのか?」


「ちがうって、これはその……表情制御装置が、その……誤作動とかして……」


「はぁ!? 表情制御装置!? そんなもの使っていたのか!?」


その大きな声で全員がこちらを向いた。

まるで自分が今までずっと愛想笑いをしていたかのような疑い目を向けてくる。


「それじゃ今まで笑ってたのって嘘だったの……?」

「サイアク。せっかくみんな集まってきたのに……」

「楽しそうにしていたけど、裏で何考えているか……」


「き、聞いてくれ! 制御装置といっても自分の心を表情にしているだけだ!

 嘘なんかついてない! ほら俺の顔を見てくれ! 信じてほしい!」


「その表情もどうせ嘘で作ったんでしょう? 言葉じゃ信じられない」


「言葉で信じないくせに、表情を信じるほうがおかしいだろ!?」


必死の表情と弁解もむなしく誰も自分を信じちゃくれなかった。

場はしらけてしまい早々に解散となり、誰とも連絡が取れなくなった。


「うう……なにが悪かったんだ……」


事故前のあらゆる人脈をたった1回のパーティで失ってしまった。

失望感が顔にまで出てきて、ますますネガティブな気持ちになる。


「……この装置のせいだ! 全部この装置が感情を全部顔に出すからだ!!」


装置を取り外して思い切り踏み潰した。

そのまま公園のベンチで落ち込んでいると、医者がやってきた。


「先生……どうしてここが?」


「表情の制御装置を壊したでしょう? 病院にアラートが出てくるんですよ」


「そうですか……俺を探しに来てくれたのかと思いました」


「なにかあったんですか?」


そう聞いてきた医者にこれまでの話をうちあけた。

友達みんなが祝賀会を開いてくれたこと。

なのに自分の気持ちを素直に出しすぎて台無しにしていまったこと。


「先生おしえてください。俺はこれからどうすればいいんでしょう」


「あなたのミスはたった1つだけです」


「教えて下さい! どうすればよかったんですか!?」


「制御装置・大にしましょう。そうすれば今回のような感情のいきちがいのミスはなくなります」


「そ……そんなに高性能なんですか?」


「ええもちろん。今後、あなたが人間関係のトラブルに巻き込まれることもないばかりか、人から好かれる人間になりますよ」


「もうミスも起きないうえに……人から好かれる……」


「値段ははりますがそれ以上の価値は保証します。どうしますか?」


「制御装置の大をください! もうみんな言葉なんか聞いちゃいなくて

 相手の顔で判断することを思い知りました。高性能な大が必要なんです!」


「すぐに手配します」


制御装置・中から大でグレードアップしてから数日がたった。


事故前よりも、制御装置・中のときよりも

ずっとケンカすることもなくなって、人間関係が円滑に進んだ。


定期診断で医者がやってきたときにもそのことを報告した。


「大にしてからというもの、たくさんの人から好かれるようになりました!

 みんな自分の味方をしてくれるし、思い切って"大"にしてよかったです!」


「それはなにより。装置も問題なさそうですね」


「ところで先生、この制御装置・大は人間関係を完璧に円滑してくれる表情を作ってくれるんですよね?」


「ええそのとおりです」


「俺の感情からそこまで読み取ってくれるなんて、本当にすごいですね」


すると医者は小さく吹き出して笑った。。


「あはは。違いますよ。あなたの感情なんてどうでもいいんです。

 もっとも好感度が高くなる最良の表情を判断して、あなたの顔に映し出してるだけですから」


俺の顔は自動的に笑顔を作った。

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