第6話

(え……!?)

 シャルロット。

 思わぬ名前が飛び出してきて、思わず目を見張る。どうして今ここで、ヒロインの名前が?

「その時は異能の不発なのかと、そう思い気にしませんでした。俺の異能は欠陥が多い。そういうこともあるのかもしれない、と。しかし……」

「マグダリア……。完全中立の男爵家だな。裏との繋がりもない」

「はい、俺もそういう認識でした。ですから、俺の問題なのかと思っていたんです」

「なるほど。……レイ」

 水を向けられたレイモンドさんが、特に動揺した様子も見せず「ん〜」と軽く唸り声を漏らした。

「考えられるとするなら、異能の反発とかじゃァないかな?」

「異能の反発?」


「あぁ、コレは僕の勝手な仮説なのだけどね。『異能者には異能が無効化されるのではないか』っていう」


「え……!」

 わたしは思わず目を見開く。ということは、つまりシャルロットは――。

 ……いや、ありうる。何せシャルロットは『ヒロイン』だ。女主人公が特殊な能力や特殊な設定を持っていることは、乙女ゲームの鉄板だろう。むしろ自然だと言える。

「むかーし、捕らえた異能者スパイを尋問した時に、軍のお偉いさんから『視線を合わせた者から真実を引き出す』異能を持った人材を拉致っ――借りてきて、尋問を手伝ってもらったことがあるのだよ。でも、結果は全然ダメ。効かなかったんだ、『真実を引き出す』異能が」

「……聞いていないが」

「ボスに知られたら怒られると思って……」

 すぐ帰したから……証拠もないから……とレイモンドさんが明後日の方向を見る。それを聞き、叔父が疲れたように溜息を吐き出した。

 叔父を相手にここまで好き勝手できるのは、零課の中でも彼だけだろう。なんというか、さすがはレイモンドさんだ。

(でも、もしそうだとして、シャルロットはどうして異能を持っていることを隠していたんだろう)

 目立ちたくないから、だろうか。確かに異能者は珍しく、稀有な人材だ。家族とは引き離され、無理やりエリート教育を施される可能性は十分にある。シャルロットはそれを懸念したのだろうか。

 そうでなければ、


(――まだ能力に目覚めていない、とか?)


「とにかく、」ややあってから、叔父が再び口を開いた。「このことは確かに妙だ。念の為気に留めておく。よくやった、クルト」

「ありがとうございます」

「そして、クルト、ユリア。お前たちに伝えておきたいことがある」

「はい、ボス」

 ここで初めて名前を呼ばれ、わたしは背筋を伸ばして叔父に向き直る。レイモンドさんの事後報告に頭を痛めていた時の表情は既に消え失せ、彼はいつものような怜悧な無表情に戻っていた。

 一体何を言われるのか。身構えていると、叔父はゆっくりと口を開いた。

「ノール伯爵夫人とディーヴァルド侯爵家との間に繋がりがあることが発覚した」

「え……」

 ノール伯爵家、って、アイリーンの――。

 衝撃で二の句が継げなくなったわたしの代わりに、すかさずクルトが「確かなんですか」と尋ねた。

「間違いない。ウルリッヒに次ぐ王弟派貴族、ディーヴァルド侯爵家……ノール伯爵夫人は、その当主の幼なじみだったらしい。最近再会したようで、よく交流しているとの報告が上がっている」

「それならば、中立だったはずのノール伯爵家が既に王弟派に傾いている可能性は十分に有り得ますねぇ。ノール伯爵は美しき夫人にぞっこんであったはずなので」

 主に薬の解析や調合が必要となる任務を担当している先輩が、片眼鏡の位置を調節しつつそう言った。

 そんな、まさか。ノール伯爵家が。

 ならばアイリーンが、ネズミだというのか。身のこなしも普通の令嬢とそう変わらず、同業者であるようにはとても思えなかったのに――。

「ユリア」

 叔父の声に、ハッと顔を上げる。いつの間にか俯いて考え込んでいたようで、わたしは慌てて「はい」と応えた。

「アイリーン・ノール。……お前の同室だな」

「……はい、ボス」

「言いたいことはわかるな」

「はい」


 滅私。スパイに情は必要ない。

 国民の平穏のために、わたしたちはすべきことをする。

 初めはこんな仕事、勘弁してくれと思っていた。

 だが――向いていなくとも、わたしは自分にできることをしたいと、今はそう思う。


「アイリーン・ノールを徹底的に洗え。必要であれば、多少手荒な真似をしても構わん」

「了解」


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