第7話

 *




 短いウィンターホリデーが終わり、わたしを含め帰省をしていた学生たちは、一斉に授業開始日前日に、王立学園に戻ってきた。

 あのあと、零課ではそれぞれメンバーにクーデターを未然に防ぐための任務が課され、解散となった。わたしはアイリーンの監視、クルトはその補助と引き続き未来の分析。また、ノール伯爵家と王弟派の急先鋒であるディーヴァルド侯爵家との繋がりが発覚した以上、ノール家令嬢のアイリーンがネズミである可能性が高いが、まだ別にネズミが潜んでいるかもしれないと叔父は言った。そちらに関してはわたしたち二人で当たれ、とのことだった。


(はァ、気が重いなあ……)

 もしアイリーンが本当にネズミで、王弟派貴族としての尖兵になっているのだとすると、当然彼女はわたしの敵ということになる。……ただディーヴァルドと繋がっている家の娘、というだけならばまだしも、クーデターを助長するような行動を取っているところを確認したら、その場で捕縛――『処理』する必要だって出てくるかもしれないのだ。

 零課のスパイは、狙撃や暗殺を専門としているメンバーを除いて、出来うる限り殺人はしないことになっている。体術を始めとする各種の対人戦闘術を覚えるのは、あくまでも生き残るため、あるいは任務遂行のために必要な手札を増やすためだ。

 スパイの仕事は人を殺すことではなく、情報収集。専門家以外が殺人をすれば目立つ。それはスパイにとって避けるべきことだ――というのが叔父の考えだ。

 そのため、わたしは十年スパイをやっているが、一度も人を殺めたことがない。クルトもそうだ。

(けど、今回のような、とてつもなく切羽詰まっている場合は別だ……)

 せっかく出来た同年代の友人を、殺すなんてことにはなりたくない。

 暫くは様子を見てから、期を見て『お話』しようと思うが、せめて彼女がネズミであっても、あまり大それたことには関わっていないで欲しい。そう願うばかりだ。

 しかし、まだハンナや監視対象――アイリーンが自室に戻ってきていないので、少し暇だな。今日は特にやることもないし暇潰しにカフェにでも行こうか。……荷物の整理はまだ終わっていないが、あまり今やる気にはなれないし。レイモンドさんがいつの間にやら忍ばせたと思われる改良閃光弾――『いざという時に使ってね♡』というメッセージつきであった――を発見した時点で、荷物の整理をする気が一瞬で失せてしまったからだ。


 と、女子寮から本校舎まで来たところで、わたしはふと足を止める。

「……あれ」

 視線の先にいたのは、屋敷から寮に戻ってきたばかりなのか、大きな荷物を持ったシャルロットだった。華奢で愛らしい見た目に反して力持ちなのか、額に汗を滲ませながらも、彼女は平然として歩いていた。

「シャルロットさん」

「まあ、ユリア様。ごきげんよう」

 声を掛けると、シャルロットは花が綻ぶように微笑んだ。うん、今日も最強に可愛い。

 生徒会で一緒であるクルトの話だと、まだちょこちょこと嫌がらせをされているというような話であったが、特に怪我をしている様子もない。彼女に対する嫌がらせを全て把握できているわけではない上、ハインツ殿下に嫌われていることから表立って庇えないことへの罪悪感はあるが、元気そうでよかった。

「大荷物ね。少し持ち運ぶのを手伝いましょうか?」

「ふふ、ありがとうございます。でも、ユリア様に荷物を持たせるなんて恐れ多いこと、できません」

「まあ。わたくしこう見えて力持ちですのよ」

「あら、わたしだって力には自信があるんですよ」

 だから大丈夫です、と力こぶを作ってみせるシャルロット。あらそう、と言ってわたしは肩を竦め、扇子を広げた。シャルロットが可愛くて、思わずにやけてしまう口元を隠すためである。

「シャルロットさんはホリデーはご実家に戻ってらしたの?」

「はい! 久々に家族に会えて嬉しかったです。ユリア様もお家で年越しを祝われたのですか?」

「ええ。兄の婚約祝いも兼ねて、盛大に」

「そうでした、マティアス会長、ご婚約されたんですものね。素敵なホリデーをお過ごしになられたんですね、ユリア様」

「……ふふ。そうね」

 まあ、確かに、リタと兄の婚約祝いの席は楽しかった。婚約祝いの席『は』。……それ以外の時はずっと任務のことばかり考えていたので。

 ……ああ、そういえば、シャルロットにも聞いておきたいことがあることを忘れていた。

 異能を持っているのか否か。

 気になっていたので、さりげなく探りを入れてみようと思っていたのだ。

「ねえ、シャルロットさん。よろしかったら、この後――」

 そこまで言いかけた、その時。

 わたしは長年の訓練で手に入れた、常人よりも広い視界に捉えたものを見て、大きく息を飲んだ。


「ッシャルロット、危ない!」


「えっ、」

 シャルロットの、頭上。

 落ちてきているのは、拳大の石。

「ッ――!」

 考えるより先に、身体が動いていた。

 わたしは咄嗟にシャルロットを突き飛ばし、反射的に腕で頭を庇った。刹那、腕に激しい衝撃が走る。

 そして数瞬遅れて襲ってきたのは、激しい熱と鈍痛。


「ユリア様!」

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