第2話
「……はい?」
「聞こえなかったのか? 我が生徒会の一員である、シャルロット・マグダリアを虐げるのはやめろと言っているんだよ、ユリア嬢。これ以上はさすがに目に余る。私の顔にも泥を塗っているし、何よりシャルロットが傷つくだろう」
(何言ってんだ、この人……)
そんなことやっとらんわ。
わたしは池ポチャ事件から、シャルロットの周辺で大きな嫌がらせがないか、さりげなくチェックしているのだ。もちろん、見ていない時にぶつかられたりだとか、陰口を叩かれたりだとかはされているかもしれないが、できる限り気を配るようにしている。少なくとも、わたしやハンナ、アイリーンはいじめには無関係だ。
しかし、わたしが呆れ果てて黙り込んだのを、追い詰められたゆえの無言だと捉えたのか、レオナルドが「何とか言え、ユリア・ヴェッケンシュタイン!」と叫んだ。呼び捨て……。
クルトも、わたし以外誰も見ていないからと、ポーカーフェイスを崩して片手で顔を覆っている。
「……申し訳ございませんが、なんのことだかさっぱりですわ」
「しらばっくれるなよ、お前が主犯じゃないかって情報をくれた人間がいたんだ!」
「それを鵜呑みになさったのですか?」
「情報提供者の人柄を見て、少なくとも君よりは信用に足ると思ったよ。昔からワガママばかりで人の都合など考えもしない、君よりはね」
「……」
侮辱に次ぐ侮辱のオンパレードで言葉もない。
クルトはもはや、「王弟が売国奴で王子がこれならもしやこの国は泥船……?」みたいな顔をしている。……いや、今のはわたしの本音だな。だがクルトもおおむね同じ気持ちだろう。
もういっそ、国が崩壊する前に亡命でもしてしまおうか。ヴェルキアナだと殺されるかもしれないので、オリヴィエ大陸ではない新天地へ。
それにしても誰が情報提供をしたのだろう。そこも少し気になるな。わたしのことが着に喰わない人間が、わたしを陥れようとしたのだろうか。
「……シャルロットさんがそうおっしゃったのですか? わたくしに虐げられた、と」
「可憐で優しい彼女がそんなことを言うはずがないだろう。庇っているんだよ、加害者である君のことでさえも」
「…………」
当たり前だろうとでも言わんばかりのハインツ殿下。もう何をかいわんやである。
(はあ……断罪イベント回避のためには、ここでハインツ殿下の機嫌を取っておいた方がいいのかなあ……)
普通に嫌なんですけど……。
そもそも機嫌取りってどうすればいいんだ。彼の中で完全に『シャルロットをいじめた女』になっているわたしの話になんて、殿下は聞く耳を持たないだろう。そもそも、証拠もないのに印象だけでいじめの主犯だと判断するような王子様を相手に、どう立ち回ればいいと言うのか。というかこれ、このままいったら何もしていなくても断罪イベントに行き着かないか?
地獄の思いつきをしてしまい、気が遠のきそうになる。そんなことってある?
前途真っ暗。どうすんだこれ。神はわたしになんの恨みがあるんだ。
「ハンナも嫌がらせに関わっている可能性があると……! 本当に腹立たしい、俺の顔に泥を塗って」
「お待ちなさいな、レオナルド様」
さすがに聞き捨てならない。わたしは舌打ちをしたレオナルドを、鋭く睨みつける。
「さきほども思いましたけれど、貴方、自分の婚約者に対して随分な態度じゃなくて? ハンナさんはシャルロットさんをいじめたりなどしておりしませんわよ」
「うるさい! しかも、俺はあいつがシャルロットに絡むのをこの目で見たんだ。俺やハインツ殿下に近づくなんて有り得ない、身分が釣り合わないんだから無闇にべたべたするな、と面罵するところをな!」
「それは貴方が婚約者を持つ身で、かつ高位の貴族だからでしょう。殿下に関しては尚更ですわ。注意をするくらいであれば、むしろ親切の類でしょうに。……それに、ハンナさんは貴方を好いているのですから、多少のやきもちで言い方がきつくなることくらいあるのではありませんか? それが目に余るのであれば、ご自分が彼女に注意をすればよろしいでしょう。それを先程も『関係ない』などと突き放して……」
「庇うのか、やはりお前がシャルロットに嫌がらせを企んだ主犯なんだな!」
もう駄目だ、同じ言語を話していると思えない。
彼らは身分を抜きにしても、並みいる特待生をおさえてトップクラスの成績をとるようなエリートなのではなかったか。恋に狂うと人はこんなにも思考力が低下するのか。いや、前世の詩人いわくそれでは言葉が重複しているんだったな。なぜなら、恋とはすでに狂気だから。ハァ……。
「いいか、もう一度言う。もうシャルロットに手を出すのはやめろ」
「殿下……」
もう付き合ってられん。
この人の認識を変えるのは恐らくもう無理なので、とっとと他の方法を考えよう。レッツ保身。
創立記念パーティーの時に、わたしに味方をしてくれる人を増やすのがいいだろうか。いや、もっとシャルロットと仲良くなって、彼女に庇ってもらえることができればそれが一番かもしれない。
それに、冤罪で投獄されたとしても即日処刑になることはあるまい。いざとなったら零課に話をつけて、逃げ出せるようにしてもらおう。
そんなことを考えながら、さっさと立ち上がろうとしたその時。
「失礼。入ってもよろしいでしょうか」
柔らかな声とともに、ノックの音がした。
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