第3話 小悪魔系美少女は自重しない
月曜日の1限、俺は大学に来ていた。
「あー、だるい……」
この時間帯が1週間の中で1番ストレスがたまる。
それに加えてこの授業は経済学部の専門基礎科目。
経済学部の1年生の中ではすっかり有名人となってしまっている俺としてはかなり荷が重い。
教室の最後尾に座りスマホをいじっていると、前のほうからひそひそと話す声が聞こえてくる。
「イキリト今日もボッチじゃん」
「おい、あんまり指さすなって。バレるだろ?まあバレてもいいけど」
「アイツいつもボッチだけど寂しくないの?」
「おいやめとけって!でもあれだけやらかしたらなぁ……」
隠すつもりのない陰口に内心ため息をつく。彼らの言う通り、俺の自業自得だから仕方ないと諦めている。
ちなみに『イキリト』というのは俺のあだ名だ。
入学直後、浮かれまくっていた俺は男子校特有の激ダサファッションに身を包み学部の女の子に絡みまくっていた。
そして、当時の俺は黒イコールかっこいいと思い込んでいたので全身を黒に統一して、慣れないヘアワックスをつけていた。
今考えればかなり痛い奴だが、当時の俺は周りに女子がいるという環境にテンションがおかしくなっていたのだろう。
毎日のように女子に絡みまくった結果女子からは嫌われ、男子には敬遠されてボッチになり、そこでようやく気付いた。俺はイケてる奴ではないのだと。
それからは学部でもあまり目立たない人のファッションを真似し、なるべく存在感を消すようにしている。しているのだが……
「……おい、何してるんだ」
「こんにちは、こ・う・た・くん!」
わざわざ隣に人が座れないように俺が置いていた荷物をどけて隣に座ってくるこの女の名前は
赤茶色のショートヘアーが似合う、可愛い系の美少女だ。
経済学部の1年で美女ランキングを作ったら間違いなく最初に名前が上がるだろう。
人当たりも良く、清楚系美少女だとか天使とか言われている。
「もう、なんで私の席を空けておかないんですか!あ、ひょっとして私の席を取られないためにカバン置いといてくれたんですか?浩太くん優しい~」
「別にお前のために空けてたわけじゃない。というか下の名前で呼ぶのはやめてくれ」
「えー、だって浩太くんのほうから言ってきたんじゃないですかー。『俺のことは浩太って呼んでくれ(キリッ)』って」
「……1万円払うから忘れてくれ。マジで」
俺はイキリトだった頃、彼女に3回声をかけて見事に玉砕している。
四条さんからすれば俺はただの迷惑な陰キャだろう。脈なしとかそういうレベルではない。
それがイキるのをやめた途端、彼女のほうから話しかけてくるようになった。
本当にわけがわからん……
金目当てなのか、俺の黒歴史をイジるのが楽しいのか。
まあ、どっちにしろ彼女が俺に好意を持っているということはあり得ない。
「え、1万円で済むと思ってるんですか?」
真顔でそう言われ、俺はうろたえる。
「ほ、本当にごめん。でも俺あんまりお金持ってなくて……」
「私、このカバン可愛いな~って思ってるんですよー。ほらっ、これです。これ」
彼女が見せてくるスマホの画面に映っているのはいかにも高そうなエナメルの鞄。
というかこれ、よく見るとエルメスって書いてある。
恐る恐る金額を見ると10万円を余裕で超えていた。
こんなの買ったら俺が家賃を払えなくなってしまう。
「誰か買ってくれないかなー?」
「その、他のやつとかにして欲しい。ちょっとこれは無理だ」
「えー、私これじゃないとダメなんですよ」
「いや、本当に俺破産するから。マジで勘弁してくれ……」
「もう、仕方ないですね。じゃあこれで手を打ちましょう!浩太くんと私が一緒の授業は、浩太くんが私に教科書を見せるということで。これで昔のことは忘れてあげます」
どれだけ高い物を買わされるのかと身構えていた俺は思わず拍子抜けする。
「それくらいなら別にいいけど……」
「決まりですね!じゃあ早速、教科書見せてください」
四条さんはぐいっと距離を詰めてくる。肩と肩が触れ合うくらいまで。
って、さすがに近すぎるだろ。
「え、だってお前さっき教科書出してただろ?今日はそれ使えよ」
「それは幻覚ですね。浩太くん病院行ったほうがいいんじゃないですか?」
「じゃあそのカバン見してくれ」
「女の子の鞄を本人の許可なしに覗こうとするなんて浩太くんデリカシー無さすぎです。見損ないましたよ」
「どの口が言ってるんだよ……」
「と・に・か・く、浩太くんは私に教科書を見せればいいんです!異論反論は認めません」
「はぁ……。見せればいいんだろ?ほらっ」
俺は教科書を四条さんのほうに寄せ、中間くらいのところに置いた。
「ふふっ、よろしい。これからよろしくお願いしますね。浩太くん」
横から微笑んでくる彼女はやっぱり可愛い。
でも俺は絶対に騙されない。
こいつは清楚系でも天使なんかでもない。悪魔だ!
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