第2話 高嶺の花と朝ごはん
『西谷くんってちょっとアレだよねー』
――やめてくれ。
『あ、分かるかもそれ。西谷くんなんか頑張って背伸びしてる感じする』
――ごめん。ごめん。いくらでも謝るから……
『服も全然合ってないし、なんていうか――』
――ダサいよね
「止めてくれ!」
必死に手を伸ばした先は天井だった。あれ、俺何して……?
そうだ、昨日は牧野さんを家まで連れて帰ったんだ。それから――
「あ、起きた?おはよっ、西谷くん!」
後ろから聞こえた可愛らしい声に振り向くと、そこにはエプロン姿の天使がいた。
「へっ?」
「あれ、どうしたん。おーい、西谷くん大丈夫?熱でもあるん?」
茶髪ロングの天使は目線を俺と同じ高さに合わせ、コツンとおでこを合わせてくる。
「……ってうわっ!ま、牧野さん!?」
びっくりした俺は思わず後ずさってしまった。
「うん、牧野だよ。おはよっ、西谷くん」
「あ、お、お、おはようございます」
「体調は大丈夫?なんかうなされてたみたいやけど……」
「は、はい。なんとか大丈夫です」
「そっか、よかったー!結構心配やったんよ。じゃあ、着替えたらうちと朝ごはん食べよっか!」
牧野さんは部屋から出ていった間に寝巻から外出用の服に着替える。いつも部屋ではジャージなのだが、この状況で着るわけにはいかないだろう。
「どういう状況だ、これ?」
寝起きの回らない頭で現状を必死に整理する。
昨日、俺は牧野さんを家まで連れ帰り玄関で気を失った。それが朝起きると布団で寝ていて、食事用のテーブルには所狭しと食事が並んでいる。
心なしか部屋も綺麗になっている気がする。ゴミをまとめたポリ袋が隅に置かれているから、誰かが片付けたのは間違いない。
「全部、牧野さんがやってくれたのか……」
誰もが憧れる高嶺の花が俺の部屋を掃除してくれた上に朝ごはんまで作ってくれるなんて、まるで夢のようだ。俺は明日死んでしまうのだろうか?
「西谷くん、もう着替えたー?」
「あ、はい!着替えました」
俺は洋服棚の上にあったTシャツを引っ掴んで被る。
「入るよー。って、え、何そのTシャツ?」
「えっ?」
慌てて今着たtシャツを見ると、黒い柄にバカでかい白い文字で『個性』と書かれていた。
し、しまったあぁぁぁ!
これは前に秋葉原に行ったときにネタで買ったTシャツ。
お、終わった……。
俺が死んだ魚のような目をしていると――
「あはははっ!何それ、めっちゃ面白いんやけど!あかん、息苦しいわ!ふふっ。個性って……」
なんか牧野さんのツボにはまったらしい。笑ってもらえてよかったけど、なんか少し複雑な気持ち。
「ふーっ、あかんわ。西谷くんってこんなに面白い人やったんやね」
「いや、それほどでも……」
え、ナニコレ。俺、褒められてるの?
「じゃあ、朝ごはんたべよっか」
★
牧野さんと向かい合ってご飯を食べる。
大根の味噌汁にスクランブルエッグとベーコン、小松菜の胡麻和え、白ご飯という家庭的なラインナップ。
「これって牧野さんが作ってくれたんですか?」
「うん。簡単な物ばっかりやけど。あ、ひょっとして美味しくなかったかな?」
「そんなことないです、すごく美味しいですよ!ずっと食べてられるくらいで。俺、大好きです!!」
「もう、大げさなんやから……。でもありがと。うち、嬉しい」
そう言ってはにかんだ笑顔は、やっぱり可愛い。彼女が高嶺の花だということを思い知らされる。
そうだ、さっきから気になっていたことを尋ねてみるか。
「あの、牧野さんって関西の人だったりしますか?」
「あ、そうそう。うち実家が大阪なんよ。あんまり知らない人は標準語で喋ってるけど、仲いい友達はたまに関西弁になっちゃうんよね。幻滅しちゃった?」
「そんなことないです!む、むしろ魅力的だと……思います」
「そっか、よかった」
よかった?一体どういう意味なんだろうか。
まさか俺のことが好き、とか?
いやいや、そんなわけないだろ西谷浩太。
今のは言葉の綾で、決してそういう意味じゃない。
昔の俺だったら間違いなく勘違いしているところだったぜ。ふぅ、危ないところだった……。
その後は他愛もない世間話とか、大学の話でご飯を食べ終わる。
不自然なほどに自然な会話が続いていた。まるで、黙ってしまうことを恐れているかのように。
先に口火を切ったのは俺だった。
「牧野さん。なんで昨日の事、聞かないんですか」
すると、牧野さんはピタッと黙り込む。
「俺だって男です。あなたは1人暮らしの男の家に連れ込まれたんですよ?なんで――」
「キミが優しい人だから、かな」
俺の話を遮るように、目の前の美少女は呟いた。
「そんなの分からないですよ!貴方みたいな美人と同じ屋根の下で1晩過ごしたら、誰だって我慢できなくなるかもしれない。もしそうなったら――」
「もしそうなったら?」
牧野さんは挑発するような目で俺を見つめてくる。
「ふざけないでください!俺は真面目な話を――」
「ふざけてなんかないよ」
「えっ?」
「私、昔から勘は鋭いんだ、だから分かるの。キミはとても優しい人だって」
「あ、ありがとうございます……」
「ふふっ、よろしい。じゃあ改めて、昨日の事教えてくれるかな?」
大きめのクッションに腰掛け、俺は昨日起こったことの一部始終を牧野さんに話した。
須藤たちが牧野さんをお持ち帰りしようとしていたこと。俺が酔いつぶれた牧野さんを背負って下宿先まで連れて帰ったこと。さすがにトイレ内での須藤達の下衆な会話はオブラートに包んで話した。
「とまあ、こんな感じです」
「そっか。潰された私を助けてくれたんやね。ありがとう、西谷くん」
「あ、ははぃ……」
牧野さんが両手でふわりと優しく俺の右手を握り、うるうるとした目で見上げてくる。
声がうわずって思わず変な声が出てしまった。
憧れの高嶺の花と自分の部屋で2人きりというシチュエーションに心臓のバクバクが止まらない。こんなのいくつ心臓があっても足りないぞ……。
プルルルル プルルルル プルル
「あ、電話来てるみたい。ちょっと出ていい?」
「も、もちろん大丈夫です。全然出てください」
危なかった、あのままだったら俺死んでたかも……。
「うん、えっ!?ごめん、20分くらいかかりそう。うん、すぐ行くから!じゃあね」
「どうしたんですか?」
「今日友達と遊ぶ約束してたんだ。すっかり忘れてて……。ごめんね、このお礼は必ずするから!」
「あ、はい」
「じゃあまたねー!西谷くん!」
牧野さんはエプロンを外し、荷物をまとめて慌てて出ていった。
「またね、か……」
夢のような時間だった。というか夢だったんじゃないんだろうか?
ふと右手を握ると、まだ手の甲に残る温もりがこれが夢ではないことを教えてくれる。
須藤達は嫌いだし周りの人たちとも全然喋れないけど、牧野さんとまた喋りたい。
もうちょっとサークル続けてみようかな。そう思えた。
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