第8話 火入れ

 窯が完成したのは、吾らの集落の背後の斜面で栗が白い花を咲かせた頃だった。外壁を焼き締めするため、一杯に詰めた杉の枝を燃やした後、最初の窯入れが行われた。


 吾もその様子を見物に行った。女たちが作業場にしている家から、成形した土の器を運び出し、窯に詰めていく。窯の中に一人が入り、入口で受け取って、窯の奥に積んでいく方法だ。土の器の形は、甕、皿、浅鉢、深鉢など様々だった。乾かされた土の器は灰色をしていた。

 奥の半分に土の器を並べた後、前半分に松の木を切って作った薪が詰められていく。奥の方から壁を築くように積んでいくようだ。やがて、入口近くまで薪が積まれ、中にいた女が出てきた。さらに入り口から薪を投げ込んでいく。


 入口まで薪が積まれたところで火入れになった。カガツミと数人の女が、椀に入れた熾火と松葉の束を持ってやってきた。松葉を入口の薪の下に敷き、その上に笠の開いた松ぼっくりを置く。

 カガツミが入口の前にあぐらをかいて座った。目をつぶって手を合わせ、口の中で何かを呟いた後、椀を手に取り熾火を松葉の上に置いた。火吹き竹を手に取り、熾火に息を吹きかける。

 燃え上がった炎は松葉を包み込み、松ぼっくりを焦がした。すぐに松ぼっくりが燃え上がり、ぱちぱちと言う音と共に薪に火が移った。火はどんどん広がっていく。やがて、入口から白い煙が吐き出される。カガツミは立ち上がった。

「これで煙突から煙が出はじめたら一安心だ」

 カガツミの言葉に女たちは窯の背後に回る。吾も続いた。斜面に作られた窯の後ろ、一番高くなった場所に煙突があった。髪切虫かみきりむしの幼虫のような形をしている。その先端からうっすら立ち上った白い煙はすぐに濃くて太い煙の柱になり、空に向かって上って行った。


「煙突から煙が出だしたぞ。勢いよくな」

 入口のそばで立つカガツミに告げると、彼女は窯の入口を指し示した。

「こちらからは煙が出なくなっているでしょ。火が着いたら、入口から煙突に向かって風の流れができるの。風があれば火は勢い良く燃える。しばらくは様子見で大丈夫よ」

 カガツミと女たちはこの後の作業の準備を始めた。入口の周りに追加の薪を積み上げ、すすき茣蓙ござや鹿の毛皮でそれぞれが居座る場所を作った。


「火入れは二日二晩かかる。あたいたちは窯の周りに詰めて、交代で仮眠しながら火を守るんだ」

 火入れの仕事に興味を持った吾は、吾の分の毛皮や茣蓙を貸してもらい、火入れに参加することにした。


 夕暮れごろ、煙突の煙が白から透き通った灰色に変わった。

「煙が変わった。薪の投げ込みを始めるぜ」

 女たちはカガツミの指示に従い、入口から薪を投げ込んでいく。

「そこまで、投げ込みをやめろ」

 火の様子を見ながらの投げ込みと停止は延々と繰り返された。夜になり、女たちは交代で仮眠を取る。


 夜半を過ぎた過ぎた頃、吾はカガツミと二人で火の番をしていた。カガツミは鹿の毛皮にくるまり、窯の入口の前に座り込んで内部を覘き込んでいる。ゆらめく炎がカガツミの顔を黄色く輝かせていた。

「窯の火は赤子のようなものだな。四六時中、乳が欲しいと泣き喚く。様子を見ながら、世話を焼いてやらないと育ってくれない。周りの面倒などお構いなしだ。と言っても、あたいはまだ赤子を産んだことはないんだけどな」

 カガツミはそう言って笑い、吾もつられて笑った。

「いけない、火が弱くなった。薪を投げ入れてくれ」

 吾は慌てて薪を投げ入れた。

「そこじゃない。もっと奥だ。そう、そこでいい。奥の薪に重なるように。続けて投げ入れてくれ」

 吾は懸命にカガツミの指示に従い、火はようやく安定した。


 その後、吾は交代し仮眠を取ったが、カガツミはうつらうつらしながら、ずっと起き続けていたようだった。

 火入れは続いた。二日目の朝が明け、昼が過ぎ、夜が訪れる。その夜も火の番は続き、やがて東の空が明るくなった頃、カガツミは窯の火を眺めた後、窯の後ろに回って煙の色を眺め、すんすんと匂いをかいだ。

「よし、いいだろう。ここまでだ」

 カガツミの指示で女たちが窯の入口を石と泥でふさいだ。

「これで中の火は消える」

 カガツミの言葉どおり、煙突からの煙は勢いをなくし、やがて止まった。

「後は冷えるのを待つだけだ。あたいは帰って寝る」

 女たちの返事を待たず、カガツミは歩き出した。だが、四、五歩歩いたところで立ち止まって振り返った。

「ヒコネ様、今日はありがとう。あんたも帰って寝な」

 吾は苦笑しながら、カガツミの言葉に従った。


 三日後、窯出しが行われた。窯の入り口を開け、取り出された焼き物は茶褐色に変わり、その表面はつやつやと光っていた。カガツミによると薪の灰が降りかかり、融けてそうした表面になるそうだ。


 女たちは出来上がった焼き物を船に積み込み、食料との交換のため川の下流の集落巡りに出かけて行った。一行を率いるのはウズメと言うふくよかな体つきの女だ。吾はハズクとカザバネを一行に同行させた。女たちを乱暴な輩から守るため、そして、カザバネが帆を持つ船の操船を体験し学びたいと言ってきたからだった。

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