第7話 進展

 翌朝、かずら橋で待つ吾の許にやって来たのは、タギツにアヅミ、そして四人の女だった。彼女たちを連れて、川沿いを上っていく。途中でタギツから、イツキのかぶれが少しずつ引いてきていると聞いた。良いことだ。

 左右に巨大な壁のような斜面が連なる川原に到着した。斜面には多くの松が生えている。これを刈っても問題はないだろう。


 今回から女たち自身で木を切ると言うことなので、女たちを集めて木の切り方を指導する。一本の松を選び、まず、吾が木を倒す方向に三角の切り込みをいれ、その後で順番に女たちに斧をふるわせた、

「力ではなく、斧の重さを使え」

「腰を落とし、足を踏ん張れ」

「刃を入れようとしている場所から目を離すな」

「木が揺れるのを感じたら、一度手を止めろ」

 女たちは最初、要領を得なかったが、言葉をかけ続けるうちにだんだん様になって来た。


「ハーライオーロー」

 ドンッ

 最初の一本を共同で切らせた後は、木を指定して一人ずつ単独で切らせ、横に立って指導する。

 タギツは問題なくできた。アヅミはややへっぴり腰だが、背の高さを生かして斧に勢いをつけている。他の四人も前の二人を見て学んだのか、そつなくこなした


 全員が斧を使えるようになったので、吾の仕事は切ってよい松の指定と、別れて作業する女を巡回しての指導になった。女たちは皆、時折休憩しながらも熱心に働いていた。アヅミだけは吾が近づいていくと、手を止めて木の後ろに身を隠したりする。警戒は続いているらしい。

 そうして、その日のうちに百本近い松を切って、川に流すことができた。タギツによると、川の曲がりでは、残った女たちが川からの引き揚げをしているとのことだった。



 数日後、吾は窯づくりの続きを見ようと女たちの許を訪れた。

 小高い場所に行くと、窯は一回り大きくなっていた。竹と土の層を外側に塗り重ねたようだ。外壁の赤土は半ば乾いた状態だ。窯に寄り添ってカガツミが作業をしている。

「お早う、窯づくりは順調のようだな」

「ええ」

 振り向いたカガツミの顔には、鼻から頬にかけて泥で一筋の線が付いていた。

「二層目の竹と土を張り付けて、乾燥させているところだぜ。出てきたひび割れを泥で埋めているんだ」

 カガツミは赤土の泥が載った小さな板と木のへらを吾に示した。

「なるほど、手間のかかるものなのだな」

「ああ、だけどこの土ならいい窯ができそうだ」

「今日は一人で作業しているのか?」

「皆は畔づくりの準備をしているぜ。四軒の家の近くだ。行ってみるといい」


 吾は家が建つ場所に向かった。家の周りでは数人が松の幹から木の杭を作る作業をしており、出来上がった杭を運び出している者もいた。運んでいく先は目の前の湿原だ。

 見ると、十人ほどが湿原で杭を打ち込む作業をしていた。二人ずつで組になっている。一番近い組を見に行くと、それはイツキとアヅミだった。吾に気付き、イツキが手を振ってくる。


「ヒコネ様、いらっしゃいませ」

「イツキ、もう腫れは大丈夫なのか?」

「はい、いただいた薬草のおかげで、すっかり良くなりました」

 イツキは上衣うわぎと漆かぶれの際に着替えさせた筒袴を着ていた。彼女の顔、両手からは腫れはすっかり引いていた。

「それは良かった。で、その杭が畔と言うものになるのか?」

「はい、田んぼを作るには畔で囲って水を貯めないといけません。畔は同じ高さでないといけないので、まず杭を打って高さを決めていきます」

 イツキは足元から半分に割った竹を持ち上げた。人の背丈の倍ほどの長さで、間の節が抜いてあり、中には水が入っている。

「これを二つの杭の頭に乗せて、中の水が水平だったら、杭の高さが同じと言うことになります」

「なるほど」

「杭で高さが決まったら、その高さまで石を積み、土で固めて畔にするんです」

「これからが大変そうだな。何かしてほしいことがあったら言ってくれ」

「それなら……」

 イツキはそばで手持ち無沙汰な風情をしているアヅミをちらりと見てから言葉を続けた。

「この筒袴をもう一ついただけませんか?」

「大丈夫だが、二つあった方がいいのか?」

「あたしにじゃなくてアっちゃんによ。アっちゃんはよく言っているの。腰衣こしぎぬだと裾の乱れが気になって力を満足にふるえない、私の来ているような筒袴が欲しいって。これをあげられたらいいけど、大きさが合わないでしょ」

 イツキの言葉にアヅミに視線を向ける。足の長さも腰の太さも随分違う、これでは……と思ったところで、ぶしつけだったことに気が付いた。アヅミに顔をそむけられてしまっている。

「失礼した。望みであれば持って来よう。大きさは……、少し大きめぐらいを持ってくるのでこちらで手直ししてくれ。それでいいかな?」

 アヅミはゆっくりとこちら顔を向け、目を伏せたまま頷いた。

「お願い……、シます」

 小さな声だったが、どうやら気を取り直してもらえたようだった。


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