第6話 焼き物づくり

 集落の周りに蒔いた蕎麦の芽が育ち、丸い形の本葉も出そろった頃、焼き物の成形と窯づくりが始まると聞き、吾は女たちの許を訪れた。


 出迎えてくれたタゴリに作業場へ案内される。四棟建てた家の一つが作業場になっていた。

 女たちは焼き物にする土を器の形に成形するのにろくろというものを使う。ろくろは足で蹴って回転させる台で、土も一緒に回転する。土に手を当て、指で挟むようにして広げていくことで土をきれいな円形のうつわにできる。土が女たちの手の中で形を変えていく様子は不思議なものだった。時を忘れて見ていると、後ろからタゴリに声をかけられた。

「面白いものでしょう。ヒコネ様もやってみませんか?」

「いや、吾はやったことがないし」

「誰でも最初はそうですよ。どうぞお座りください」


 タゴリに押し切られ、ろくろの前に座って成形に取り組む。だがこれが難しい。ちょっと力を入れると土はぐにゃりと曲がってつぶれてしまう。

「力を入れすぎです。もっと優しく扱わないと。失礼しますね」

 タゴリは吾の手に自らの手を添えた。柔らかい手に導かれるまま、ゆっくりと手を動かしていくうちに加減がわかって来た。力を加えて形作るのではない。土が変わっていこうとする向きを手で感じ取り、それを手助けするように指を滑らせていくのだ。

 吾の手の中で土はきれいな円形になり、器の形になった。タゴリは添えていた手を外し、吾の向かいに座る。取り出した糸を器の形になった土の下に一周回し、両端を引くと土はきれいに切断された。タゴリは器を両手で持ち上げ、乾燥させるための台の上に移動させる。吾は両手を見つめ、手の中で形を変えていく土の感触を思い起こしていた。いままでに感じたことのないものだった。


「上出来です。ヒコネ様は才能がお有りですよ。どうでしょう、私たちの誰かと夫婦になってここの仕事をなされるというのは?」

 いきなり問いかけられてびっくりする。

「いいいい、いや、それは」

「ふふふ、今すぐどうかと言うことではございませんよ。そういうこともお考えに入れておいていただければうれしゅうございます」

 頭巾から覗くタゴリの目は笑っていた。


「それでは、窯づくりの現場にご案内しましょう」

 タゴリに連れて行かれたのは、家から少し離れた小高い場所だった。緩やかな斜面に、石を積んで円形の基礎が作られ、細く割った竹を組み合わせ結び付けて、肩の高さほどの丸い骨組みができていた。竹は地面側で、石の隙間に差し込まれて固定されている。

 周りには数人の女たちが待機し、辺りの地面には、握りこぶし大に丸められた湿った赤土の塊りや、指ほどの太さに延ばされとぐろ状に巻かれた赤土を載せた大きな笊が数多く置かれていた。


「よっ、来たね。それじゃあ始めようか」

 声をかけてきたのはカガツミだった。女たちが一斉に作業を始める。握りこぶし大の赤土を手に取り、骨組みの根元の部分に押し付け、くっつけていく。外側と内側の両方からだ。二人ずつが組になって両側から押し付け合い、赤土と竹を一体化させている。

 根元の部分が全て土で覆われ、一つの段になったら、その上の骨組みに赤土をくっ付け次の段を積む。女たちはこれを繰り返し、骨組みの天井の近くのところまで赤土を積み上げた。

 天井部分は作り方が違った。新たな竹を取り出し、両端以外の部分にとぐろ状の赤土をぐるぐると巻き付けている。巻き付け終わったところで、竹を曲げ、両端を積み上げた土の左右の上段部分に突き刺した。そして、赤土が巻かれた部分を天井の骨組みにかずらで結び付ける。赤土を巻いた竹を並べて天井全てを覆ったら、手で押して天井部分の土を一体化させていった。天井の裏側にも握りこぶし大の土を押し付けていって、骨組みを土で覆った。そうして、骨組み全体が赤土で覆われた。


「よし、今日はここまでだ」

 カガツミが全体を確認して作業終了を告げた。満足げな顔で吾の方を振り向く。

「これで土台ができた。まず、これで天日で乾燥させる。そうしたらこの外側にさらに竹と土を二層ずつ追加して出来上がりよ」

 湿った赤土で覆われた窯は、のっぺりした外壁のあちこちにうっすらと女の手形が浮かんでいた。正面に作られた入り口は人がかがんでようやく潜れるほど。その内部は真っ暗で、何か得体のしれない力を宿しているように見えた。


「皆、ご苦労様でした。どうです、ヒコネ様、立派なものでしょう」

「うむ、だが、まだ手間がかかるのであろう?」

「はい、さらに竹と土を積み重ねていかねばなりません。それに‥‥‥」

 タゴリは向きを変えて吾の正面に立った。

「窯が出来上がり焼き物を焼く時は燃料が必要になります。また、これから米を植える田を作るには土止めの杭が必要です。そのために木を切らせていただくお許しをいただけないでしょうか?」

「どんな木が要ると言うのだ?」

「幹に油を含む松が一番よろしゅうございます」

「松か。吾らは松葉を燃料にする。このあたりの松は切ってはだめだ。だが、川の上流であれば……」

「ありがとうございます。お許しをいただければ、松の木を切るのは私たちで行います」

「お前たちだけで行かせるわけにはいかない。吾も見守りに行く」

「ご配慮ありがとうございます。それでは明日はいかがでしょうか?」

「ああ、問題ない」

 こうして吾はまた、川の上流に向かうことになった。

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