第3話 上流へ
タゴリたちは定住のための活動を始めた。
最初は家づくりだ。タギツが助力を求めてきたので、配下たちと共に協力することにする。四、五人が住める家を四棟建てたいということであった。
まずは材料だ。家を建てるには杉や檜など真っすぐな木材が要る。
タギツに、木を切り倒すための斧と加工のための手斧を準備すること、女たちからも人を出すことを指示した。
伐採の日、吾が配下五人と共に川原に向かうと、タギツを含めた十人ほどの女が待機していた。
「お早うございます、今日はよろしくお願いします」
タギツがはきはきと挨拶してきた。
「お早う。今日は山に入る。吾らの指示に従うように」
「はい」
ヒサギから女たちに、準備してきた蛇除け棒、脚絆、
「山は足元が悪い。この草履に履き替えろ。藪には蛇が潜んでいる。脚絆を足に巻き、藪に入るときはこの棒で薙ぎ払い、蛇を追い払ってから進め」
「わかりました」
「伐採場所はこの川の上流だ」
「はい」
吾らは斧を背負い、女たちには手斧を持たせて、川沿いを上流に向かった。川幅はあまり変わらないが、傾斜は急になり、小さな滝と
「着いたぞ」
左右に巨大な壁のような山の斜面が連なり、川は中央を真っすぐに流れている。両岸にわずかな幅の川原があり、そこからすぐに斜面だ。斜面には背の高い木がずらりと並び、その多くは杉や檜のような真っすぐな幹を持つ木だ。
「立派な木がこんなにいっぱい……」
タギツも大樹が並ぶ景色に感銘を受けたようだ。
「川のそばの斜面には杉や檜そして松が多い。尾根を越えると樫や橡の木が増えるのだ。今日はこの斜面の木を切る」
「はい」
「吾らは斜面に登り、木を切り倒す。お前たちはそれを川べりに運び、枝を切り落として丸太に仕上げるのだ」
「わかりました。けれども、私たちは山の仕事の経験がありません。お手本を見せていただけませんか」
「そうだな。やって見せよう。ついて来い」
吾は右の斜面に向かった。川原のすぐ近くに生える一本の杉に狙いをつける。斧をふるい、まず川側に三角の切り込みを作る。そして反対側から幹に斧を打ち込んでいく。幹の半分ぐらいまで斧が入ったところで一度手を止める。そして、
「ハーライオーロー」
倒す方向に人の姿がないことを確認し、さらに斧を打ち込むと、杉はゆっくりと倒れ始め、勢いを増して川原に激突した。
ドンッ
少し離れた場所で見ていた女たちのところへ行き、強く言い聞かせる。
「今のが木を倒す前の掛け声だ。この声が聞こえたらすぐに逃げるのだぞ」
アカミミに片方を担がせ、切り倒した木を川原に運ぶ。根の側を岩の上にのせて、木が斜めになるように置いた。
「幹から出ている枝をすべて根元から落とし、家づくりに使う丸太にするのだ」
タギツから手斧を受け取り枝にふるう。勢いをつけて梢側から枝の根元に当て、枝を切り落とす。幹に沿って移動しながら、次々と枝を落としていった。
「こんな感じだ」
「ほーおっ」
女たちが歓声を上げた。
「最初からうまくはいかないだろうが、少しずつやって行けばよい。だんだんと要領がわかってくるはずだ」
そして切り出しが始まった。吾と配下五人は斜面に散らばり、それぞれが木を選んで倒していく。
「ハーライオーロー」
ドンッ
あちこちから掛け声と木の倒れる音が飛んだ。斜面から眺めると、女たちは五人ぐらいが組になって、川べりへの運搬と枝落としに取り組んでいた。タギツの姿もその中にある。皆、どたばたした動作だが、仕事はそれなりに進んでいるようだ。
運び出しのしやすさを考え、下の方の斜面から切り倒す木を選び、斧をふるう。鉄でできた斧はまっすぐに幹の中に食い込んでいき、速やかに木を切り倒すことができた。木の香りが心地よい。
「ハーライオーロー」
ドンッ
数本を切り倒したところで休憩にする。切り株に腰かけ、持参した竹筒の水を飲みながら作業の様子を眺めた。配下たちは順調に伐採を進めていた。女たちの枝を落とす手際もだいぶ良くなってきている。どうやら今日のうちに伐採の目処が立ちそうだ。少し安心して立ち上がり、肩をぐるぐると回してから次の木に向かった。
その後も作業は順調に進んだ。吾らはばらばらに休憩をとるが、女たちは組ごとにまとまって休憩をとっていた。枝を落とした木の幹に腰かけ、ぺちゃくちゃとおしゃべりをしている。仲が良さそうで結構なことだ。
昼を少し過ぎた時分、女たちは全員が集まって休憩をしていた。ひとかたまりになり、持ってきた荷物を広げ、何かを話してはけらけらと笑いあっている。何をしているのか気になって見に行くと、
「ヒコネ様、どうぞこちらへお入りください」
タギツに呼びかけられ、女たちの中に座らされた。皆、
「ヒコネ様もどうぞ」
タギツから同じものを渡された。
「むすびでございます。米を炊いて手で三角に握ったものです。
米とは船にあった穀物のことか。あれは半透明だったが、炊いたというこれは白くふっくらとしていた。粒同士がくっついてひとかたまりになっている。
「このように、手で口まで運んでお召し上がりください」
タギツの真似をして、口に運んで頬張る。かすかな塩味としっかりとした歯ごたえ、そして咬んでいくと口の中に甘味が広がる。
「うまい」
「おいしいですか。よかったです」
タギツは微笑み、ほかの女たちはくすくす笑った。
いつの間にか、吾の配下たちも斜面から下り、すぐ近くに来ていた。
「皆様もどうぞ」
女たちに呼びかけられ、配下たちも人の輪の中に入る。むすびをもらってくらいついた。
「なんだこれは」
「うまい、うますぎる」
「噛めば噛むほど甘くなる」
口々にむすびを褒めたたえる。
意地きたなく二つ目のむすびを欲しがる配下もいたが、中食は少しをお腹に入れるもので腹いっぱいになるものではない、これが持ってきた全てと言われたらあきらめるしかない。おとなしく仕事に戻って行った。
その後も作業は順調に進み、日暮れ前に二百本ほどを伐採し、その約半分の枝落としが終わった。
「皆、ご苦労であった。木の本数はこれで十分であろう。今日はこれで引き上げ、残りの枝落としと輸送は明日の仕事としよう」
吾の言葉に、皆、安堵した顔つきになった。慣れない仕事で大変だったのであろう。女たちと一緒に帰路に着く。
かずら橋のたもとで女たちと別れる。タギツが別れの挨拶にきた。
「ありがとうございました。今日はとても楽しかったです」
「お、おう」
女たちは吾らに手を振り、配下たちもお返しで手を振る。
集落への道で吾はタギツの言葉を考えていた。吾は木が倒れる瞬間はさわやかな気持ちになる。楽しいと言っていいだろう。だが、タギツたちの運搬や枝落としは単調な仕事で、楽しいとは思えなかった。女たちはあんな仕事を楽しいと思うのだろうか。
集落の入り口でツキベニに出会い、女はそんな風に感じるものかと聞いてみた。だが、ツキベニは、
「他所者の女が言った言葉を本気で受けとめるなんてどうかしている」
と、けんもほろろで、吾の問いには答えてくれなかった。
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