第4話 建造

 翌日、伐採した木の枝落としと輸送に向かおうとした吾らの許に、一族の男たち五人ほどがやって来た。自分たちも仕事を手伝いたいと言う。どうやら、配下たちからむすびのうまさを聞いて中食目当てで来たらしい。人手は多い方がいいのでこの者たちも連れて行くことにした。輸送作業のための鳶口とびくちを持って出発する。


 川の曲がりの川原で、タギツたちと合流した。

「「お早うございます」」

 一斉に挨拶してくる女たちに今日の段取りを説明する。

「枝を落とした丸太の輸送はこの川を使う。伐採場所から丸太を川に流し、川の流れでここまで運ぶのだ。流れてきた丸太をこの」

 鳶口を女たちに示した。

「鳶口でひっかけて浅いところまで引き寄せ、数人で持ち上げて川原へ運ぶのだ」

 女たちは鳶口を興味深そうに見つめる。


「引き揚げ役として、カザバネと……」

 連れてきた男たちを見回し、われの目を見て頷いたヤンバを選ぶ。

「ヤンバをここに残す。お前たちからも何人か引き揚げ役を出してくれ」


 タギツは居並ぶ女たちを見渡した後、吾に向き直って答えた。

「上流での枝落としの仕事はまだ残っています。私たちは皆そちらへ向かい、引き揚げ役はほかの女たちの中から選ぼうと思います」

「そうか、それで頼む」

 タギツは仮小屋に向かい、すぐに戻って来た。

「ここに残る女たちの中から引き揚げ役を五人手配しました。上流に出発しましょう」


 上流に向かう途中の三カ所で、男たちを一人ずつ残した。小さな滝ととろがある場所だ。丸太がそこで止まったら押し出すよう命じる。


 伐採場所に到着し、作業を始めた。吾ら男六人は二人ずつが組んで、川べりの丸太を抱えて川の中に入り、下流に向けて押し出す。豊かな水の流れの中、丸太はゆっくりと流れて行った。女たちは二組に分かれて枝落としを行っている。

 作業は順調に進んだ。昼過ぎには中食としてむすびを一つずつ受け取り、皆で輪になって食べた。タギツによると、途中の川沿いで作業している三人にもむすびを一つずつ届けさせたとのことだった。


 その後も作業を続けた。タギツが切り落とした枝も使いたいと言ってきたので、それも川に流すことを許した。女たちが枝を落とした丸太も川に流し、日暮れ前に全ての丸太を送り出すことができた。

 皆で川沿いを下流に向かって歩き、川の途中で詰まっている丸太がないか確認していく。途中の男たちも合流し、川の曲がりの川原に辿り着くと、そこには丸太と枝が山積みされていた。こうして伐採と輸送は完了した。


 三日目は丸太の切断に入った。丸太を家づくりで使う長さに切っていくのだ。目印を刻んだ竹竿を丸太に当て、切るべき場所に炭で線を引いて、斧で切断する。


 線を引く役割をアカミミに任せ、彼以外の男たちで切断していくことにしたが、今日も十人ほどを連れてきたため、手は十分足りそうだ。そこで我は女たちと共に、家づくりに使うかずらを採りに行くことにした。身の軽いハズクも連れて行くことにする。


 採取する場所は吾らの集落より少し上の緩やかな斜面だ。女たちを連れてかずら橋を渡り、集落の横を通って上がって行った。そこには栗の林が広がっている。下草はきれいに刈られ、他の種類の木は生えていない。

「手入れの行き届いた森ですね」

 タギツが左右を見渡しながら声を上げた。

「うむ、苗木を作って植え付けし、少しずつ増やしてきた。二十年以上かかってここまできたのだ」

 吾は登りながら答える。

「さらに上に広げようとしている。蔓を採るのはそのあたりだ」

 栗林は終わり、松やかえでなど様々な種類の木の生えた雑木林が現れた。木の下にはくずが生い茂り、そのつるが幹や枝に絡みついている。

「ここでかずらを採取する。だが、気をつけるのだ」

 女たちを少し離れた場所に連れて行き、一本の木を指さす。

「これはうるしの木だ。これに触ると皮膚が赤く腫れあがりひどく痒くなる。かくと水泡になり皮膚が破れる。絶対に触るな。この小さい葉が連なった形をよく覚えておけ」

 女たちはこわごわとうるしの木を見つめた。

「そして蔦漆つたうるしはもっとひどくかぶれる。漆と同じような形をした葉が、三枚ずつ一組になってつるのあちこちに付いている植物だ。これにも触ってはならない」


 注意をしたうえで、女たちにかずらの採取をさせた。女たちは木の下にはびこるつるを引っ張って巻き取り、根元を小刀で切断する。木の上高くまで伸びているつるはハズクが木に上って、先端をほどいて投げ下ろした。

 女たちは採取したかずらを束ね、栗林との境の斜面に集めていった。かずらがうずたかく積み上がり、そろそろ必要量が集まったかと思った時、林の中で悲鳴があがった。


 何が起こったのかと急いで駆けつける。一人の女が泣き顔でうずくまっていた。

「どうしたのです、イツキ」

 同じように駆けつけたタギツが問いただす。

「あたしの指が、手が、こんなに……」

 年の頃は十五、六か。座り込んだ娘の両手は真っ赤に腫れあがり、指は赤くぱんぱんに膨れ上がっていた。顔も赤くかぶれている。

うるしに触ってしまったな。掻いてはならんぞ。かぶれが広がるし、もっとひどくなる」

「でも、かゆい、かゆいんです」

 娘は指をかぎ爪のように折り曲げ、手をぶるぶると震わせる。

「ヒコネ様、どうすれば?」

 タギツが心配そうな顔で訊ねてきた。

「かぶれの元を取り除かなければならぬ。川がそばにあれば川の中で洗うのだが……。ここなら館が近い。館で手当てをする。娘、歩けるか?」

 娘はこくんと頷き、吾は娘とタギツと共に館に向かった。


 木柵の扉を抜け、中に入ったところでツキベニに出会う。

「ツキベニ、助けてくれ」

 だが、ツキベニは吾を無視して、吾の後ろのタギツに視線を向けた。

「へえ、それがあの……、ふうん」

 毒虫を見るような目でタギツを見る。だが、

「どうしたの、その子。まあ、大変じゃない」

 娘のひどいかぶれに気が付いたらしい。

「すぐに手当てをしないと。ついていらっしゃい」

 館の中に連れて行こうとする。

「我も……」

 ついて行こうとしたら。ツキベニに睨みつけられた。

「服をすべて着替えさせなければならないの。下衣したごろももね。ヒコネ様はここでお待ちください」

「あの……、私は?」

 ツキベニはタギツを目を細めて見つめ、息を吐いた。

「この後の手当の話をしないといけないわね。一緒に来て」


 三人は館に入り、吾は一人残された。

 しばらくして三人が出てきた。娘は吾らの衣服、筒袖の上衣に筒袴に着替え、顔と手足には包帯がまかれていた。包帯の下に薬草が巻かれているのが見えた。娘が来ていた服は、縄で巻かれタギツが手にぶら下げている。直接触ってはいけないと言うことなのだろう。


「ヒコネ様、すみません、私はイツキを一度連れて帰ります。戻ってまいりますので、栗林でおまちください」

「わかった」

「ツキベニ様、どうもありがとうございました。ご迷惑をおかけしました」

「気にしなくてもいいわよ。困ったときはお互い様だから」


 吾とツキベニは帰って行くタギツたちを見送った。その姿が見えなくなってから、ツキベニに話しかける。

「おかげで今日は助かった」

「どういたしまして」

 ツキベニの態度が穏やかなものになっているのにほっとする。

「最初、タギツのことを毒虫を見るような目で見ていたので……」

「毒虫?」

 口が滑ったことを後悔するがもう遅かった。

「毒虫で例えるなら、そう……居場所がわかっている毒虫は、居場所のわからない毒虫よりずいぶんましと言うことね。居場所さえわかっていれば、いざという時……

 言葉を途中で止め、ツキベニは身を翻して歩き去って行った。


 四日目にはいよいよ家づくりにはいった。

 十人を引き連れ、川の曲がりを訪れる。タゴリが吾らを出迎えた。タゴリは手首までの長さのゆったりした袖で足元までの裾の裳裾を着て、額を巻いた布を頭の後ろで結び、一方を後ろに垂らし、もう一方で口元を覆う頭巾をしていた。頭巾から覗くのは瑠璃色の三日月を描いている目の部分だけだ。


「連日のお力添え、感謝いたしております。今日もよろしくお願いします」

「うむ、今から家づくりにはいる。どこに建てればよいのだ?」

「こちらへ」

 タゴリに案内されたのは、土手から少し離れた場所で、小石混じりの砂が盛り上がり周囲より少し高くなったところだった。周辺は竹やぶになっている。

「この場所に入り口を南向きにして、四軒を並べて建てたいと思います。」

「よし、わかった」


 持参してきた道具で家作りに取り掛かった。

 アカミミが地面に縄張りをし、四隅の柱の位置を示す。その位置にヤンバが丸太を立て、三脚はしごに乘ったハズクが大槌で地面に打ち込む。四本が揃ったら、天辺てっぺんと膝の高さの位置に横木を渡し、蔓で括りつける。さらに、柱と柱の間に二本ずつ丸太を打ち込み、横木に括りつけた。これが入口と窓の横枠になる。

 そして、三脚はしごを中に持ち込み、各柱の上から斜めに丸太を持ち上げ、中央で結び付けて屋根の形を作った。これにも横木を渡して結びつける。これで骨組みができた。


 壁になる丸太の積み上げは残りの者と女たちで行った。まず、家の両脇の柱の外側に丸太を置き、蔓で括りつける。積み上げていくために、丸太の端の上面に手斧で三角の切り込みを入れた。二本の丸太の切り込みに合わせて家の前面と後面に丸太を置いて、同じ位置に切り込みを入れ、反転させて丸太同士を組み合わせる。その状態で上面にも切り込みを入れて柱に括りつけた。これを繰り返して壁を積み上げていくのだ。

 膝の高さの横木の上には丸太を並べて床にする。また、入口と窓がある部分は短い丸太を二本使って間に開口部を作った。積み上げは分担して行うことができたため、その日のうちに全ての家の壁の積み上げが完了した。後は、屋根の仕上げが残るだけだ。


 五日目、吾らと女たちは湿原に散らばり、屋根を葺くためのすすき千萱チガヤの茎と葉を刈り取って回った。昼過ぎまでに十分な量が集まり、屋根葺きに移る。

 すすき千萱チガヤをまとめて腕ほどの太さの束にし、蔓で括る。屋根の上に登ったアカミミとハズクに下から投げ渡し、二人は束を屋根ののきに近い部分から上に向かって積み上げ、蔓で横木に固定する。屋根の一面を仕上げたところで、女たちを屋根に上がらせ、二人が指導して女たちに屋根葺きをさせた。自分たちで屋根葺きができるようにするためだ。

 そうして、四棟の屋根が葺きあがり、家づくりが完了した。


 タゴリは感謝の言葉と共に、作業に使った斧や手斧をお礼として我らに差し出した。有用な道具を手に入れ、吾らは意気揚々と引き揚げた。

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