第2話 来訪

 他所者よそものの一行が現れたのは、桜の花が散ったのをしるしに集落の周りの耕地への蕎麦の種蒔きが終わった時分のことだった。


 見張り台に立っていたツキベニに呼ばれ、梯子を登って彼女の隣に立った。

 ツキベニが指さした先に、川を上って来る一隻の船が見えた。二本の帆柱が並び、四角い帆を張っている。ずんぐりした船体は上面に板が張られ、その上に屋根が作られていた。船の上には十人ほどの他所者たちの姿があった。


 船は吾らの集落から千歩ほど離れた、桑の木が土手沿いに並ぶ川の曲がりあたりで帆を下ろした。船から飛び降りた他所者が川の中を進んで岸に上がり、抱えていた縄で船を川岸の桑の木に繋いだ。船べりから川岸に渡り板が渡され、他所者が次々と降りて来る。どうやら停泊するつもりのようだ。それならば、意図を確かめに行かねばなるまい。


 吾は見張り台を下り、配下を呼び集めた。ミズチ、アカミミ、ヒサギ、ハズク、カザバネの五人だ。ミズチ、アカミミには弓を、ヒサギ、ハズク、カザバネには槍を持たせて同行させる。吾は鉄のつるぎを腰に佩いた。

 他所者が上陸したのが川の対岸側であったため、少し上流側に移動し、かずら橋で対岸に渡った。その後は土手沿いに進む。川原に茂る葦で吾らの姿は他所者からは見えないはずだ。川の曲がりに近づいたところで立ち止まり、木々の隙間から他所者どもの様子を窺った。


 他所者どもは船から荷物を降ろし、野営の準備をしていた。丸太と厚布を組み合わせて

小屋のようなものを作り、川原で火を熾してかめで何かを煮ている。人数は二十人ほど、みな女だ。成人を過ぎていると思われる者も顔に紋様を入れていない。海の彼方の国から来た者どもかもしれなかった。ハズクを兄者への報告に向かわせた後、われは他所者のもとへ向かう。この地に居座るつもりなら警告しなければならない。


 吾が近づくと、焚火の周りにたむろしていた女たちは一かたまりになって、仮小屋の近くまで下がった。唯一人だけが前に出て、吾の前に立ち塞がる。十七、八くらいの娘だ。顔には何の紋様もなく、髪を頭の後ろにまとめている。上衣うわぎは吾らと同様の筒袖のものだが、筒袴では無く一枚の布でできた腰衣こしぎぬを巻いている。どちらも艶のある柔らかそうな布だ。足には皮で作ったくつを履いている。吾は娘を警告を伝える相手に決めた。


われはこの地に住まうオシホミの一族の者である。この地の山の恵み、野の恵みは吾らが守護している。一夜の宿りを咎めはせぬが、その後は速やかに旅立たれるがよかろう」


 吾の言葉に娘は胸の前で手を合わせ、大きく頭を下げてから答えた。

「ご口上承りました。私は一行を束ねるタゴリの妹でタギツと申します。凛々しいお方、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「吾は族長オシホミの弟ヒコネである」

「ヒコネ様、私たちは彼方の国からいくさを逃れて来た者どもでございます。身を落ち着かせる地を求めて旅しておりますが、もとより土地の方々と争うつもりはございません。姉は今、仮寓かぐうの中で未来をております。それを踏まえて、明日、族長様にご挨拶に伺いたいと思いますがいかがでしょうか?」

「はて、未来を視るとは?」

「姉はときの巫女でございます。その土地の未来に起きることを、目の前に広がる景色のように視ること、他の者に視させることができるのでございます」

「ほう」

 不可思議な話だが、娘の堂々とした態度は、その力を信じているように思われた。明日、挨拶に来るというのならその時に確かめればよい。だが……。

「わかった。吾らの館は丘の中腹に建つ木柵に囲まれた建物だ。明日、訪ねて来られよ。その前に船の中を見せてもらってもかまわぬかな?」

「勿論です」

 娘は表情を緩めた。

「どうぞこちらへ。私がご案内します」


 渡り板を上って船に乗り込む。中にあったのは多くの焼き物や道具類、穀物が詰まったかめなどで、警戒した武器や潜伏者は見当たらなかった。甕の穀物を一粒つまんで娘に尋ねる。

「これは何なのだ?」

「米でございます。土地を選びますが、合った土地なら豊かな恵みをもたらします」

「ふむ」

 ふっくらとした形のそれは、これまで見たことがないものだった。



 翌日、他所者たちが館を訪ねて来た。人数は五人。手首まで覆う袖と足元までの裳裾の装束の女はタゴリと名のった。顔はタギツとそっくりで背格好も同じくらい。顔に紋様はないが、唇に紅をし目尻に瑠璃色の三日月を描いていた。髪はよくくしけずられ、鹿の角と光る貝で出来た飾り物を差している。残り四人は上衣うわぎと膝までの腰衣こしぎぬの衣装、木の背負子しょいこで荷物を運んで来た。


 タゴリたちは兄者の前に通され、吾は兄者の横に控えた。タゴリは持参した斧一丁と皿二十枚を贈り物として差し出し、ひざまずいて言上する。

「ご挨拶の品物です。どうぞお納めください」

 兄者は贈り物を調べ、満足げに頷いた。斧の刃はこの辺りではめったに手に入らない鉄製のもの。皿は焼き物で、満月のようなきれいな円形をしていた。


「戦を逃れて来られたと聞いたが……」

「はい、私たちの国は隣国の侵攻を受け攻め滅ぼされてしまいました。王宮で働いていた私たちは何とか逃げのび、この地に至った次第です。男たちともはぐれ、女ばかりになってしまいました」

「それはお気の毒に」

「どうかこの地の片隅に私たちを住まわせてはいただけませぬか?」

 単刀直入な申し出に兄者は困った顔を見せる。

「吾らも山の恵み、野の恵みでかろうじて命をつないでおる。簡単に受け入れられるものではない」

「ごもっともでございます。されど、川の曲がりの近くの湿原はお使いになっておられない様子。私たちはその近くに住処を作り、米を育てて暮らしたいと思います」

「米とは何じゃ?」

「湿原で育つ穀物でございます。昨日ヒコネ様に見ていただきました」

 兄者が吾に視線を向けたので、頷いておく。


「収穫までには長い月日がかかろう。それまでどうされる?」

「私たちは王宮で焼き物を作っておりました。この地には焼き物に適した土と燃料となる木がございます。この地で焼き物を作り、船で運んで食料を調達いたします」

「そんなことが出来るのか?」

「はい、私は未来を視ました。お望みであれば、それをご一族の方に見ていただきます。そこにおられるヒコネ様がよろしいでしょう」

 タゴリはそう言って平伏し、吾は未来みらいなるものに付き合わざるを得なくなった。


 タゴリの言葉に従い、共に未来を視るという姿勢を取る。吾は足を組んで座らされ、タゴリは立てた片膝と床につけたもう片方の膝で吾を挟みこむようにして後ろに座った。

「目をおつむりください。私は両方の手でヒコネ様の目を覆います。未来視に入りましたら声をおかけしますので、お目をお開けください」

 目を瞑ると、背にタゴリの身体が密着した。閉じた目に柔らかく温かいものが被せられる。タゴリの両手であろう。

「はい、どうぞ」

 タゴリの両手を感じたまま、目を開ける。

「おお」

 思わず声を上げた。ここは館の中のはずなのに、目の前に野外の光景が広がっていた。川の曲がりから少し離れた小高い場所に丸い塚のようなものが作られ、周りに数軒の小屋が建てられている。一つの小屋は壁が無く、切り揃えられた木の幹が積み上げられていた。そばの湿原には槍の穂先のような形の葉を持つ草が一様に生え育っている。

 塚の横に丸い穴があり、女たちがそこから多くの焼き物を運び出していた。この塚は一体?

かまでございます』

 吾の頭の中で声が響いた。何だ、これは?

『共に未来を視るものは声を出さずとも会話ができます。ご質問があれば頭の中でお考え下さい』

 ほう。では聞く、あの塚は何なのだ?

『焼き物を焼く窯でございます。あの中で焼くことで、固く上質な焼き物を大量に作ることができます』

 積み上げられた木の幹は何だ?

『焼き物は二日二晩続けて火を燃やし続けます。その間、下の穴から木を投げ込み続けます』

 それでは……


 吾は光景の中のものについて多くを訊ね、タゴリの説明を受けた。質問が尽きたところでタゴリは未来視を解き、吾は視たものについて兄者に説明した。

 兄者はしばらく考えた後、タゴリに川の曲がりの近くに住むことを許すと告げた。タゴリたちは手を取り合って喜び、兄者に礼を述べて帰っていった。


 吾は兄者に、簡単に許してよかったのかと問うた。兄者はにやりと笑って答えた。

「あの場所は大雨が降ればすぐに氾濫する場所だ。吾らがあそこに住むことはないし、蕎麦を植えても育たない場所だ。ならば、女どもに一度やらせてみて、うまくいけば吾らの一族に取り込み、失敗したら追い出せばよい」

「な、なるほど」

「暫くの間、お前が配下と共に奴らの面倒を見てやれ。吾らの領分を侵すことのないよう教え込むとともに、流れ者に害されないよう守ってやれ」

「承知」

 こうして吾は女たちの世話をする役目を仰せつかった。

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