005 『母親と思い出』
数日後、マチルダさんが手紙の打合せをするために再び我が家を訪れた。
僕はマチルダさんを席に案内してから、ミリーに目で合図を送る。
内容は、「アップルティー二つと、りんごジュース一つ」だ。
ミリーは僕のメッセージをちゃんと受信出来たようで、リビングの方へと向かって行った––––さて、仕事をしますか。
「マチルダさん、お話の前に少しだけお時間をよろしいですか?」
「……はい、大丈夫です」
マチルダさんは、僕の意図が分からず不安げな表情を浮かべる。
ここ数日間、きっとずっとそんな顔をしていたのだろう。
娘の前では、その顔を見せまいとしていたのだろう。
娘の記憶に、母親の不安そうな表情が残るといけないと思って。
僕だって、そう思う。
マチルダさんに、笑って欲しいと思った。
だから僕は、呼ぶ。もう一人の依頼人を。
「エイミちゃん、おいでー」
僕に呼ばれて、エイミちゃんは奥の扉から姿を現した。
当然、マチルダさんはびっくりしている。
「エイミ、どうしてここにいるの⁉︎」
「んっとねー! わたしね! ママにお手紙書いたの!」
エイミちゃんは満面の笑みを浮かべた。それを見て、僕も微笑む。
対してマチルダさんは、まだ僕の意図が分からず困惑しているようだ。
「あの、山田様……これはいったい」
「今回、依頼人は二人居たんですよ。一人はマチルダさん、そしてもう一人は、エイミちゃん」
マチルダさんはまだ現状を把握出来ていない様子で、僕とエイミちゃんを交互に見ている。
「エイミちゃん、ママにお手紙、読んであげなよ」
僕がそう促すと、エイミちゃんは元気に「うん!」と頷き、ポケットから手紙を取り出して読み始めた。
『ママへ
いつも、いっしょにいてくれてありがとう。
いつも、あそんでくれてありがとう。
わたしは、ママのごはんが大好きです!
でも、ママのことはもっと好きです!
たま子やきの百ばい好きです!
ママはいつも、わたしのことをぎゅってしてくれます。
そうすると、わたしもぎゅってして、あげます。
ママいつもありがとうって。
ママがとおい所に行ってもさびしくないように、わたしと、ママと、パパの、絵をかいたので、あげます。
ママがわたしのママになってくれて、わたしはとってもうれしいです!
ママはいつもわたしにごめんねって言ってるけど、ぜんぜんごめんねじゃないよ!
だから、ママもがんばってね! エイミより』
エイミちゃんは元気に手紙を読んでから、マチルダさんに、その手紙と、絵を渡した。
けれど、マチルダさんは、エイミちゃんが手紙を読んでいる途中からもう泣き崩れていたので、手紙を受け取ったあとも、涙声で「ありがとう」と言うので精一杯のようだった。
「ママー、大丈夫?」
マチルダさんはエイミちゃんの問いかけに、頷きながら、エイミちゃんを抱きしめた。
その場面を僕は写真に収めておいた。
流行りのフィルムに焼いて、手紙に同封しようと思ったからだ。
手紙と言うのは、文字だけでメッセージを伝えるものではない。
写真と言うのは、その時の記憶を呼び覚ましてくれる。
あと、香りも。
ミリーがトレーに乗せてきたアップルティーの匂いを嗅いで、僕は少しだけ昔のことを思いだした。
遠い昔、アップルティーにシナモンとミルクを入れるのを好んでいた母親のことを。
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