第22話 使徒様
民衆や兵達から見えるワッシュの姿は、神々しくありながら威圧感を与える。
風はほとんど無く、あたりで鳴り響いていた騒がしさが嘘のように静まり返っていた。
「私の名はワッシュ。
神によって生み出された使徒だ。」
「私は直接手を下しにきた。
・・・お前達ヒューマン族とゴブリン族の争いは十数年前から見てきた。
今から言う事は"神"による決定だ。心して聞け。」
(さらっと嘘ついたなワッシュ!)
怪訝な顔をする縞の横で、フレンシは「なるほどねぇ・・・」と小さく呟いた。
「今日よりこの国はゴブリン族へ返せ。
元の形へ戻さなければ災いをもたらすだろう。」
民衆と兵達の間でどよめきが起こる。
「もしこのまま略奪を続けていれば最悪の災いをお前達が襲っていただろう。
神はお前達ヒューマン族を救済するための最後の決断を下したのだ。」
ゴブリン族達の目に光が灯る。
「ヒューマン族は元の国へ戻り、今後ゴブリン族への強い干渉を禁ずる。」
「そしてゴブリン族。
お前達も同様に、ヒューマン族への強い干渉を禁ずる。」
他のゴブリン族達が驚くなか、フレンシは目をつぶりながらじっと聴いていた。
「私や神からすればヒューマン族もゴブリン族も同じ人間・・・種類が違うだけに過ぎん。
だが貴様らは見た目で区別し、切り離し、略奪しあうだろう。このままならばな。
ゆえに双方の種族は争ってはならない。奪ってはならない。殺してはならない。
もし破ったなら・・・私や神がどうするかぐらいは見当がつくだろう?」
ヒューマン族もゴブリン族も、皆一様に口を閉じる。
「森に棲む者達。お前達も森で暮らし干渉は禁物だ。」
「それから・・・
ヒューマン族の将軍、ヘンドルはフレンシ・カオーテによって討たれ、死んだ。」
ヒューマン族達に再び動揺が巻き起こる。
「よって、フレンシ・カオーテは丘の上の小さき家に住み国へ降りてくることを禁ずる。」
モースとマッシの表情が曇る。
「フレンシ。貴様の罪は・・・重い。」
ワッシュはわずかに言葉に詰まる。
「森に棲む者へ支援し続けることだ。最早償うことさえも・・・それしか、許されない。」
誰にも見えないが、ワッシュの額に一筋の冷や汗が流れる。
フレンシが、ほんの少し微笑みながら頭を下げた。
「・・・審判は下った。
今より全員に刺した操りの杭を解く。
私の言葉の通りに行動せよ。」
兵達が慌ただしく動き、統率者が指示を出すのが聞こえる。
縞が、フレンシへ声をかける。
「フレンシ・・・あんた・・・」
「さて、使徒様の言う通りにしなくっちゃあね・・・」
そう言ったフレンシの元へ、他のゴブリン族が集まってくる。
「カオーテさん!!」
「ついに、国を取り戻す事が出来たのですね・・・!!」
「わ、私達なんてお礼を言えばいいのか。」
次々に礼を述べる仲間達へ、フレンシが口を開いた。
「皆、大罪人である私に多く声をかけてはなりませんよ。」
「えっ・・・」
「いい?私は私怨で将軍を殺してしまった。
国が元に戻ったのはあの使徒様が来てくれたおかげよ。彼に感謝しなさい。」
「元に戻ったら、平和に・・・争うことなく、暮らしなさい。そこに私は要らない。
貴方たちがほんの少しでも"魔法剣士フレンシ"を想ってくれるなら・・・
その名に免じて、私のお願いを聞いてちょうだい。」
その言葉に、反論出来る者は居なかった。
静かに、数秒の間を置いてフレンシが振り向き、森の方へ向かってゆっくり歩きだす。
「さよなら、皆・・・
ありがとうね。」
「ワッシュ。」
「カーナ・・・いや、ハースか。無事でよかった、お前がやってくれたんだな。」
「・・・ああ。」
ハースは少し間を置いてから、ワッシュへ伝える。
「装置を直接破壊したのはカーナだ。」
「・・・何?」
「さっさとこいつの血まみれの両手、手当してやれ。
俺はお前の中に戻る。」
「ああ・・・。」
ハースはそう言い、ワッシュの肩に触れる。
身体を取り戻したカーナが我に返る。
「あっ・・・ワッシュさん。」
カーナは血まみれの両手を抑えながら苦悶の表情を浮かべる。
「僕・・・やりました。」
「そのようだな・・・
お前をみくびっていたらしい、すまない。」
「え!いいや、ハースが居なければ・・・僕一人じゃあそこまでたどり着けませんでした。」
(・・・)
ハースが、先程のカーナとのやり取りを思い出す。
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(これはお前の手柄だ、カーナ。)
(えっ、それは嘘だよハース。
君がいてくれたから・・・)
(だとしてもだ。)
(正直、俺はお前のことを弱っちい王族生まれの坊ちゃんぐらいにしか思ってなかった。
何も知らねぇで、お前を利用した。あまつさえお前の身体を使って逃げようともした。
そのせいで国に戻れなくさせたんだ、俺は。
・・・すまなかった。)
(ハース・・・)
(お前、ワッシュ達との旅が終わったらどうするんだ?)
(え?そっか・・・そんな先のことまだ考えてなかったよ、どうしよう。)
(・・・)
『おやハース様。まだいらっしゃったのですか?
最近はここに来ることが多いですね。』
少し四角い顔の、茶髪の柔らかい表情をしたメガネの男が入ってくる。
『ハバン・・・』
『また村の子供達と喧嘩したのですか?』
『ちげぇよ。
ただ・・・ここのソファーの座り心地が良いだけだ。』
『はっはっは。それは何よりです。』
『ハバン。
本当に俺は次期国王の候補なのか?』
『ええ、もちろんそうですとも。』
『・・・俺は王には向いてない。』
『ほう。それは何故です?』
『俺が国王の弟の息子で、直接の繋がりじゃないとか、そういうことじゃねぇ。
俺は言葉遣いも綺麗じゃねぇし、すぐ怒るし、喧嘩だってする。
国王は優しくないと、ダメだろ?』
『ふふ・・・ハース様は十分お優しいではありませんか。』
『どこがだよ!』
『どこも、ですよ。
でも確かに、喧嘩ばかりしていては国王は務まらないでしょうね。』
『そりゃそうだろ・・・』
『・・・私は、国王とは"誰かを救える覚悟のある者"だと思うのです。』
『誰かを救う、覚悟?』
『ええ。ハース様にはそんな経験はありませんか?』
『別に・・・俺は誰かを守るとかじゃなくて、悪者をぶっ飛ばせればいい。
・・・ハバンが危険な目に遭ってたら、そいつはぶっ飛ばす。』
『私ですか?』
『・・・俺が王宮の中で信用してる奴が誰なのか知ってるだろ。』
『ふふ、ありがたい限りです。』
『ハース様はきっと、覚悟を持つことのできる方だと思っておりますよ。
いつかたくさんの人間を救う・・・そう信じております。』
『堅っ苦しい。』
『おや、本当のことですよ?』
『うるせぇ。』
カーナの身体の中で、ハースは昔の事を思い出していた。
(ハースこそ、旅が終わったら・・・あっそうか、自分の国に戻るんだもんね。)
(・・・)
(あれ、ハース?)
(うるせぇ、お前少し眠ってろ。
意識を出し続けるのも消耗するだろうが。)
ハースはどこか遠くを見ながら、両手を見る。
血だらけの、しかし勇者の両手がそこにあった。
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それから、一週間が経った。
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