第20話 託された2人

戦闘が始まって5分。


「君は運がいい。


何故なら私の作り出した技術そのものを味わう事が出来るのだから。」


ハースが姿勢を低くしながら、ザグンの拳を避ける。


ザグンの拳が壁にめり込み、再び瓦礫をまき散らす。


「ずっと退屈していたんだ。


頭部の右側に加えて両足も戦闘で失ったものでね・・・毎日リハビリをしなくてはならない。」


ザグンが壁から手を抜き、ハースめがけて跳び上がる。


5mも跳び上がったザグンは、落下と共に振り上げた左足を振り下ろす。


ハースは右足で地面を強く踏みつけ、進行方向を逆にして走る。


ザグンの振り下ろした左足が地面を叩くと、大きな音を立て地面が割れ石や土が周りに飛び散る。


ハースが飛んでくる石や土を避けている最中も、ザグンは喋り続ける。


「そんな苦痛を考えたことはあるかね?」


ザグンが拳を構える。


「元々私は技術を使って戦闘に出る兵士だったのだよ・・・


こういった本来の動きをしている方が体が喜ぶのさ。」


ザグンが、ハースの居る場所より左側を向く。


(!?)


急激に加速したザグンは、一瞬でハースの横の壁に両足を着き、張り付く。


「なっ」


張り付いた体勢から再び急加速したザグンは、右拳を突き出しハースの胸部を狙う。


ハースは咄嗟に跳び上がり、宙返りになるようにして拳を避けた。


ハースの背中とザグンの放った拳の差、わずか5cm。


通り過ぎ、途中で止まったザグンが身体をひねりハースの方を向く。


「素晴らしい柔軟性だ!!!今のを完全に避けるとは思わなかったぞ!!!」


着地したハースは恍惚の表情を浮かべるザグンをにらみつける。


(まだだ・・・タイミングが肝心だ・・・)




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


(いいかカーナ。


さっき言った通り、俺が上手くやれたならすぐに動け。)


(う、うん。)


(あのクソ野郎とまともにやり合って倒すのは無理だ。


だから俺が奴に触れるまで待て。)


(わかった。


・・・出来る、かな。僕に・・・)


(出来るかじゃねぇ。やるんだ。


失敗したら、なんて考えるな。)




(てめぇなら出来る。)


(・・・!!)


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




(柄にもねぇ言葉ばかり出る。)


ザグンの攻撃を避けながら、そのタイミングを狙い続けるハース。


(するはずがない期待をしてる。)


地面にどんどん瓦礫が増えていく。


(だが・・・)




(こいつなら・・・!)


ザグンが、再び拳を構えた。


ハースはザグンとの距離を取る。


そしてその際に、ガラスとは反対方向の壁に背中が当たる。


「!」


「もうそろそろ終わりにしよう。」


ザグンが体勢をほんの少し下へ落とすのを、ハースは見逃さなかった。


(来る!!)


「なぁ旅行者よ!!!」


ハースは両腕の肘を折り曲げるようにして着ていた上着を瞬時に脱ぎ、屈む。


屈んだ体勢から左斜め前へ跳ぶようにして、ザグンの拳を避ける。


「ん!?」


ザグンの拳は壁にめり込み、空中にあった上着がザグンの視界を奪い、顔にかかる。


そして、ハースは避けざまに右拳をザグンの右わき腹に叩き込んだ。


「おっ・・・と。」


ザグンは微動だにしない。


「小細工は褒めよう。


だがこんなか弱いパンチで私をどうにかしようと思ったのかね?旅行者―――」


ザグンが顔にかかった上着を取り、振り向く。


(なに?


装置の方へ真っすぐ走っている。)


壁から抜いた拳を再び構えようとした。


(バカめ。


私の速度は身を持って思い知っているはずだろうに・・・)




構えようとした拳が、ザグン自身の首を掴む。


「!?」


(なっ・・・なんだ!私の意思ではな・・・)


(確かにてめぇは速い。ムカつく程にな。)


(!?)


ザグンの頭の中から声が響く。


「だっ・・・


誰だ貴様はァ!!!!!」


(俺か?


あいつの身体をさっきまで動かしてた奴だよ。)


「なんだと!?」




カーナは、必死に走る。


ガラスの向こうの装置めがけて、走り続ける。


「ハァッ・・・ハァッ・・・」


(今しか!!!


今しか無いんだ!!!)




ザグンは自分の意思とは勝手に動いた右腕に力を入れ、首から手を放す。


「一つの身体に二つの魂・・・


異世界とは本当に面倒だな・・・っ!!!」


(カーナやワッシュ以外の誰かの肉体に無理矢理入れねぇかと考えたが上手く行ったぜ・・・


だがもう意識が薄らいできた・・・!!)


ザグンはハースの意思に抗うように拳を構えようとする。


(カーナ!!!やれ!!!)




カーナは走りながら、右拳を握る。


ガラスが目前に迫る。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


(策はこうだ。


俺が奴の身体に触れ、そのまま魂ごと奴の肉体に憑りついて動きを止める。


その間にお前がガラスをぶち破って、装置を破壊する。)


(と、憑りつくって・・・


ってまってまって!!僕が装置を!?ガラスなんて破れな・・・)


(出来る!


思い出せ、お前の身体を俺が使ってる時のことを。)


(えっ)


(一点に集中して壁を壊そうとしたことが何度かあっただろう。


とにかくガラスの一点を狙って拳を叩き込め。)


(で、でもそれはハースがやり方を知ってるだけじゃ・・・)


(いいや。


何度もやった動きってのは身体が覚えてるもんなんだよ。


ガラスを破ったら装置にもう一発叩き込め!魔力さえ戻ればなんとかなるんだよ!)


(ううっ・・・そ、それしか無いんだよね?)


(他の策を考えてる暇なんてねぇよ!いいからやるぞ!!)


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




(拳を握りしめて、一点を狙って・・・)


カーナがガラスめがけて跳び上がる。


(叩き込む!!!)




構えた拳を、腕をひねり回転させるように伸ばす。


闘志のこもった表情のカーナが叫んだ。


「うおおおおおお!!!!!」






バリンと大きな音が地下空間に響いた。


分厚いガラスに、カーナの右拳がめり込み貫通した。


貫通した部分を中心にヒビが広がっていた。




(ま・・・まずい!!


ガラスが割れ切ってねぇ!!!)


「どれだけの厚みがあるのか予測しきれなかった貴様らの負けというわけだ!!!」


ザグンが、ハースの意思を完全に振り切った。


足に力を入れ、走り出したザグン。






貫通した、血だらけの手で、カーナは反対側からガラスに手をつく。


ガラスに張り付いた体勢のまま・・・




カーナは、声もあげず必死の形相で左手を握りしめ、もう一度拳を叩き込んだ。




二度目の衝撃に耐えきれなかったガラスが、貫通していた部分から大きな音を立てて割れた。


人が十分に通れるような、穴が開いた。


両手に、身体にガラスの破片が刺さったまま、カーナは割れたガラスの下部を踏み台にして再び跳ぶ。


目前に、制御装置。


そして―――――




背後に、怒りの形相でザグンが迫る。


装置を横から蹴ろうとするカーナの右足。


ザグンの左拳が、カーナの左わき腹を捉えた。

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