第16話 お前は強い

男がナイフをカーナの喉元めがけて振り下ろそうとした瞬間だった。


カーナの左足がナイフの持ち手部分を蹴った。


ナイフはカーナの後方へ飛んでいく。


「なっ」


カーナは床についた両手に力を入れ、身体全体を一瞬持ち上げる。


そして両腕を伸ばしながら、左足を瞬時に伸ばし男の胸部を蹴り飛ばした。


「がっ!」


男は後ろへのけぞる。


男を蹴り飛ばした勢いで立ち上がったカーナが顔を上げる。


ギラついた目に、鋭利になった歯。


(僕が、やったのか?


いや違う!これは―――)


「弱くなんかねぇよ。」


カーナの口が動き、カーナの意思とは関係なく喋り出す。


(ハース!!!)


「"こいつ"は弱くなんかない。お前にはわからねぇだろうがな。」


「何言ってんだてめぇ・・・?


よくも蹴りやがったな弱虫の分際でよ。ああ?」


男は懐からナイフを取り出し、二本のナイフを構えてにじみよろうとする。


だがハースは一切の躊躇も無く走り出し、男の目の前まで踏み込む。


「!」


男が両手のナイフで同時に攻撃をしかける。


ハースは一瞬で身をかがめ、ナイフが空を切った瞬間に男の顎に掌底を喰らわせる。


男がよろめく間も無く、ハースは男の腹を殴り―――


次に顔面に拳を入れ、殴り飛ばした。


男は壁に激突し、気を失う。


(ハース、なんで・・・)


「俺はワッシュの野郎に頼まれてここに居るだけだ。勘違いすんじゃねぇ。」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ワッシュとカーナが小部屋から地下へ落とされそうになった瞬間。


ワッシュは自身の中にいる魂であるハースへ語りかけた。


(ハース。


カーナが危険になった時にお前が助けるんだ。)


(なんだと?)


(今それが出来るのはハースしか居ない、最も長くカーナの肉体に魂を定着させていて・・・カーナの肉体に行き来が可能なのだお前だ!頼む・・・)


(そんな勝手に――――)


ワッシュはカーナに触れた時、ハースの魂をカーナの身体に戻した。




(何でまた、俺はこいつの身体の中に・・・)


ハースに、カーナの声が聞こえる。


(でも、でも・・・僕がやらなきゃ皆が危ないんだ。


やるんだ・・・やるんだ!)


(!)




(こいつ・・・)


ハースは、孤独に戦うカーナの姿を確かに見ていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「カーナ、地下への道を案内しろ。


俺自身は知らねぇ・・・こんなこと、さっさと終わらせるぞ。」


(わ、わかった。)


傭兵の男との戦闘で気付いた兵士がカーナを見つける。


「侵入者が居たぞ!!!」


「口だけ野郎共が・・・」


流れるように兵士へ近づき、顔面や首を狙って拳を叩き込むハース。


(そこを右で、左側二つ目のドアに入って!)


カーナの声に返事をする事無く、迫る兵士をなぎ倒しながら言われた通り進む。


(なんて強さだ・・・兵士達が武器を構える間も無く倒していく。


僕一人だったら無理だった・・・ハースが居なければ僕は・・・)


「・・・」


ハースは表情を変えず、地下への道を進んで行く。




地下二回、機械制御室。


内部にいる兵士は騒然となっていた。


部屋のドアが外から開けられ、入って来た兵士の上官であろう男が怒鳴りつける。


「貴様たち何をしている!!!何故、何故・・・」




「何故旅行者があの部屋から堂々と現れて逃げているのだ!!」


「も、申し訳ありません!!!」


「違う!!何故なのかと聞いている!!」


顔面蒼白になりながら兵士は話す。


「そ、そのですね。ありえない事が、起きまして。


旅行者の、金髪の男が、半透明になって部屋の壁から入ってきたのです。」


「・・・は?」


機械制御室に居る他の兵士も首を縦に振る。


「そして、スイッチやレバーを手あたり次第押すなどして破壊していき・・・」


上官の兵士が制御装置を見やる。


よく見ると、レバーのいくつかが不自然にねじ曲がり、折れかかっていた。


「な・・・」


すると、部屋のドアを開け一人が入ってくる。


「やぁお前達。機械を見せなさい。」


「!!


ざ、ザグン様!!」


男は、頭の左側が鉄で出来た機械のようなものになっており、肉と機械が太いホッチキスで止められているように見える。


瞳は黄色く、やや縦長の顔に黒い短髪。


赤いマントを羽織り、中には兵士達のものよりも濃い茶色の軍服を着ていた。


慌てて部屋の隅へ避けた兵士達を見やることなく、ザグンは制御装置を見る。


(本当に手あたり次第か?


どのみちこれを壊すとは・・・ふむ。)


「ザグン様、これはですね・・・」


「いい。もう外から聞いていた、実際に複数人が見ていたのだろう?ならそれが事実だ。


終わった事を気にして動けなくなるのは愚か者のやることだ・・・そう思わんか?」


ザグンは上官の男を見やりながら言う。


「!!は、ハイッ!」


「よろしい。いいか?お前達はこれから使える機械とそうでないものを確認して侵入者の殲滅を第一に考えることだ・・・」


ザグンはそう言うと、部屋を出て行こうとする。


「ど、どちらへ行かれるので?」


兵士の問いに、ザグンはニヤリと笑いながら言う。


「"保険"をかけに行くだけだ。お前たちは気にするな。」


ザグンは部屋を出ると、早歩きでどこかを目指す。


(あの老婆は将軍が相手をするだろう。特に問題にはならん。


問題は旅行者の方だ・・・久々に運動できるかも知れないなこれは。)


ザグンは笑いながら、とある部屋の中にある梯子を降っていく。




「捕らえろ!!!あの金髪の男だ!!!」


ワッシュは廊下を走り抜けていく。


(かなりギリギリだったが、霊化したのち機械を手あたり次第動かして元居た部屋の床を再び動かす事に成功した。


クリエイターの真似事をするのは少々癇に障ることだったが・・・現状打開出来た点では良しとしよう。)


角を曲がり、進もうとすると奥から3人の兵士が出て来る。


(後ろからも来ている・・・ん?)


3人の兵士を倒そうと走っている最中、自分の足音にワッシュは立ち止まる。


(ここの床だけ薄い。ならばいけるか・・・)


即座に右腕を振りかぶり、床を殴りつける。


大きな音と共に床が割れ、石があちこちに飛ぶ。


ワッシュはそのまま下へ落ち、着地する。


「ここは・・・礼拝堂か。」


ワッシュが振り返ると、女神の像が優しく手を広げていた。


上の階からけたたましい声がする。


(皮肉な事だ・・・貴様らの崇拝するような神は存在しない。)


ワッシュはドアを開けて部屋の外へ出る。


そこは大広間になっており、奥の大きな扉から兵士が何人も入ってくる。


高さは二階分あり、二階部分にあたる通路が部屋を取り囲むように造られていた。


通路は全て大きな柱で支えられており、窓は無く壁画が並んでいる。


二階部分の通路に約20名程の兵士が弓矢を持ち、ワッシュへと構える。


「撃て!!!」


その掛け声と共に、弓矢があちこちから放たれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る